救世会編
2年後。
「さて諸君、今年もこの時期がやってきたぞ!1週間後、馬鹿共の馬鹿騒ぎに私達は付き合わされる羽目になる!覚悟はいいな!?」
「「「「はい!!」」」」
入学式10日前、三日月 御森は風紀委員の集まる会議室でそう叫ぶ。彼女はこの大学の4年生で、ここに集まる風紀委員達の長だ。短く赤い髪が特徴的で、常に厳しい目をしているのだが、その凛々しい態度はこの大学の男共を夢中にさせている。ドSな感じがたまらないらしい。
踏みつけられたい女性学内1位。
罵られたい女性学内1位。
ご主人様にしたい人学内1位。
このように、ドSの3冠を欲しいがままにしている方だ。それはもちろん、風紀委員の活動にも影響している。ここ、会議室に集まっている49名の風紀委員は、俺みたいな一部を除き、三日月先輩の奴隷、もとい兵士として動いている。中には昔の武士のような忠誠心を持ち合わせている奴もいる。三日月先輩のためなら、その場で切腹も辞さない覚悟というやつだ。
そんな武士道クソ食らえと言いたいところだが、それを可能とする程、三日月先輩の女王様としての資質、もとい、カリスマ性が凄まじいのだ。さすが2年生後期から風紀委員の長を任されるだけはある。
「煙間先輩、これはいったいなんのイベントなんですか?」
圧倒的なカリスマ性というものを目の前にしている時、隣から小さな声が聞こえた。
「毎年恒例の行事で、三日月先輩の言った通りの馬鹿騒ぎだ」
俺が風紀委員の一員になったのは今年からなのだが、以前から何度も風紀委員と共に行動する機会が多かったので、この件が毎年恒例になっていることを知っている。
「もう少し詳しく話してくださいよ」
俺の隣にいる銀髪の女子、この大学の1年生になる予定である越名 四亜は、俺の服の袖をつまみながら説明を求める。小動物を思わせるその仕草に、俺は思わずキュンとくる。
キュンとはきたが、表には出さない。俺にも先輩の面目というやつがあるのだ。
「都会ならともかく、こんな比較的地方の大学は、テロリスト予備軍や変な宗教団体の恰好の的なんだよ。明るく初々しい新入生と一緒に、変な奴らもわんさかこの学園に入る。俺達の役目は、そこいらを呑気に散歩しているルーキー達の警護だ。一番厄介なのが、新入生の約5割は無警戒で地雷原を歩くような馬鹿共だっていう点だな」
実際、一昨年は地雷を踏んだ馬鹿共をたくさん見た。俺は地雷を踏むことはなかったが、腐れ縁の親友が地雷を踏み、それに巻き込まれた経験がある。しかも、踏んだ地雷は超特大サイズだった。冗談でも比喩でもなく、この町の4割が吹っ飛ぶ寸前まで追い込まれた。
そんな俺にとって、このイベントはトラウマ以外の何ものでもない。できることなら関わりたくないのだが、そうはいかない事情がある。それは、俺が風紀委員の一員であるということに他ならない。
前年度、とある事情で後学期の授業のほとんどを欠席した俺は、進級ができないという現実に直面していた。ぶっちゃけ進級はできなくてもいいとも思っていた。だって、この学校でやりたいことなんてないんだから。そんな心構えで、馬鹿面下げて学校からの留年通知を待っていた俺だったが、
「お兄ちゃん、進級ぐらいきちんとしなさい!」
「いや、でもな・・」
「でもなもへもなもありません!」
「へもな?」
「奏知ってるよ。お兄ちゃん、風紀委員に入らないかって誘われてるんだよね?そんでもって、風紀委員に入れば単位も進級も何とかなるんだよね?」
「嫌だよ。あんなめんどくさいところに入るのなんて、俺の柄じゃねぇ」
「柄も鱈もありません!もしお兄ちゃんが風紀委員に入らなかったら」
「入らなかったら?」
「うぅ・・奏・・うぅぅ・・泣いちゃう」
「やらいでか!!」
という止む負えない事情から、俺は風紀委員に入るという選択をする羽目になった。妹の涙が俺の人生を変えた。良いか悪いかはさて置いて。
おかげで進級できたわけなのだが、雑用2年間(風紀委員としての活動)という宿命を背負うことになってしまったのだ。選択に後悔はないが・・・嘘ついた。
後悔してる。
めっちゃしてる。
これでもかというほど。
「残りの5割はなんですか?」
四亜の質問で、俺は回想から現実へ連れ戻される。
「ん?」
「5割は警戒心のない人で、残りの人達は?」
「あぁ、2割は普通の警戒心を兼ね備えた常識人。2割はさっき言ったテロリスト予備軍や変な宗教団体。残り1割がお前みたいな優等生だよ」
「優等生だなんて・・・四亜は優等生なんかじゃないですよ」
四亜は顔を真っ赤にしながら、手をぶんぶんと振って否定する。
照れてる顔も可愛いな、こんちきしょう!!
「風紀委員の特別新入生枠に入ったお前が、優等生にカテゴライズされないわけないだろ」
そう、四亜もこの学園の新入生だ。さらに言えば、彼女は入学1ヵ月前に風紀委員に決まっており、入学式前のこの集会にも集まってもらっている。特例として。エリートとして。
「そこ、無駄話しない」
三日月先輩のチョークが、俺の顔面目がけて飛んでくる。ただのチョーク投げならまだしも、この先輩は容赦なくチョークに魔法をかけていた。風紀委員名物である先輩のその魔法は‘チョークスリーパー’と呼ばれるものだ。名付けた人のネーミングセンスを疑いたくなるが、チョークで相手をスリープ(気絶)させることを考えれば、存外に間違った名付け方ではないだろう。
まともにそれに当たってしまうと、ゴールデンウィークまで俺はベッドに拘束される羽目になる。それは勘弁願いたいので、俺はすぐさま机の下に隠れて難を逃れる。チョークが当たっただろう後ろの壁は、見るも無残に粉々だ。
本当、魔法が現れてからろくなことがない。
「三日月先輩、今のは学則違反では?」
「大丈夫。誰もこの場面を見てないから」
辺りを見回すと、他の風紀委員は全員そっぽを向いていた。学園の風紀を守る組織の裏を見た俺は、肩を落としてため息を吐く。
「さて、明日はツーマンセルで動いてもらうわけだが、今隣にいる奴と組んでもらうことにする。シフトは今日の夜にでも全員に連絡しておく。何か質問のある奴はいるか?」
三日月先輩のその言葉を最後に沈黙に包まれる。
「異論なしとみた。では、解散」