救世会編18
その恐怖から30分後、俺も復活した忍も飲みに参加できるような、比較的大人しい場になった。そこで話題となるのはもちろん、奏がここに避難するほどの件についてだ。
ちなみに、奏は隣の部屋で寝ている。今日の検査で疲れているのかもしれない。
「で、うちのバカ息子様は、また厄介な件に首突っ込んでるみたいね」
「うちの忍を使ってもいいけど、ギルドの上層部とぶつからないように気をつけてよね。私、人に頭下げるの嫌いなんだから」
「そんな偉そうな態度だから、同じ課の人達に怖がられるんだよ」
余計な一言のせいで、忍は酒瓶で気絶させられることになる。意識を取り戻してからまだ5分も経っていないというのに。息子への暴力に躊躇いがなさすぎる。元婦警、現ギルド職員とは思えない。
そのしばらく後、アルコールに意識を奪われた俺の母親は、その忍を枕にして寝た。1人危険人物が減ったのは嬉しいが、まだ油断するわけにはいかない。早いところ漣さんにも酔いつぶれてもらわないといけない。そうしないと、俺の体はハンプティダンプティみたいにぐちゃぐちゃになりかねない。忍の悲惨な姿を眼に焼き付けながら、俺はそう誓った。
‘ギルド犯罪取り締まり法の改正が、本日国会で決議されました。今回の件が決議されたことにより、ギルド内部に・・・’
俺がどうやって漣さんを酔い潰すかを考えている最中、テレビからそんなニュースが流れてきた。最近、法案改正のニュースが多い。ころころと法律が変わるのはいかがなものかと思うが、こればかりは仕方ない。何故なら、魔法なんてものが出現したせいで、今までの法律では対応できないようになってしまったのだ。特に防衛、自衛行為についての改正法案が多い。
デバイスを開発した国である日本は、その技術を目当てにしている国に常に狙われている。今まで通りアホ面さげてろくに行動しないわけにはいかなくなった。第二次世界大戦を経て、平和の象徴とまで言われた我が国も、今ではそこらの国と同じく、普通に自衛、防衛を行う国になっている。デバイスなんて物騒なものを、市民が普通に持ち歩いているのがその証拠だろう。
「ちっ、また法案が変わったの?いい加減にしてくれないかしら」
「状況が状況だから仕方ないですよ」
「他にも近々変わるわしいわね。追加の法案もあるみたいだし」
「らしいでしすね」
「銃器取り扱い法やら、暴力団対応法やら、宗教団体に対する法律やら」
「宗教団体に対する法律?」
「えぇ、今週中ぐらいに法案通るみたいなこと聞いたわよ。昨今過激になってきた、あるいは、テロリスト共の隠れ蓑になっている宗教団体に対する法案。このままいけば可決は確実だとかなんとか」
「聞いたことないですね。そんな法案があったとは」
風紀委員という立場上、そういうニュースなどは普段から事細かにチェックしているのだが、漣さんの口から聞いた宗教団体に関する法案は聞いたことがない。俺のチェック漏れというやつかもしれないが、そうでない場合もある。
「漣さん、もしかしてその話って・・」
「あぁ、そうだった。これ結構な機密事項だった。過激な組織が邪魔するのを防ぐためやらなんやらで。けどまぁ、大丈夫でしょう。いざとなったら、そこで寝ている馬鹿息子が調べたってことにして。そうすれば、私に責任が回ってくることはないしね」
「あんた本当に忍の親かよ!」
自分のミスを息子に投げつけるな!
「正真正銘、腹を痛めて産んだ、可愛い可愛い我が子よ」
「可愛い我が子の頭に酒瓶叩きつける母親なんて聞いたことねぇよ」
「愛の鞭ってやつよ。ところで、何かひっかかることでもあったの?」
漣さんは新しい酒瓶を開け、2つのグラスに酒を注ぎながら俺にそう聞いてきた。蓮さんが潰れる前に俺が潰されてしまうかもしれないが、もらった酒は空にするのが俺の流儀なので、黙って渡された酒を喉に流し込む。
「俺が抱えている案件にピンポイントな話題だったもんで。詳しく聞いてもいいですか?」
「機密事項と言ったばかりなんだけど」
「漣さんが話さなくても、俺は忍に調べるように頼みますよ。‘どっちにしろ’ってやつです」
「・・・優秀な息子を持つのも考え物ね」
漣さんはため息を1つ零し、俺に法案についての詳細を話し始める。
「法案とは言ったけど、テロリスト狩りをしたいだけのギルド上層部の思いつきよ。大した案でもなく、大した作戦もなく、ただただテロリストをこの国から追い出す。または狩り尽くす理由。それが今回の‘宗教団体調査法案’」
「具体的な話を聞いても?」
「具体的もなにも、言った通り、文字通り、日本中にある宗教と名の付く団体全てを調査する法案よ。テロリストみたいな、暴力的な団体と繋がりがあるかどうかを調べるだけ」
「だけ・・・ですか。本当にそうとは思えないんですけど」
俺の予想は正しかったらしく、漣さんは煙草に火をつけながら話を続ける。
「そうね。けど、それだけじゃない。日本国家、もとい、官僚のクソ野郎共の得にならない団体を潰すという目的もあるわね。だから、政治に携わる上の方々への‘贈り物’を怠らない宗教団体は、今回の法案で潰すのは難しいわね」
だと思った。
ギルドがいかに政界に圧をかけようと、彼らは彼らの損になることは絶対にしない。大事な金づるを逃すなんてことは絶対にしない。
俺も煙草に火をつけて、ため息をニコチンと共に吐き出す。
「大した法案ですね」
「まったくもってその通りよ。けど、胡散臭い団体を何個か排除できると考えたら、そこまで悪い法案でもないわよ。‘いきなり全部は無理。今回は何個かで妥協しましょうよ’と言うのが私の意見なんだけど、今回の件はそれだけじゃ終わらないの」
「その言い方、なんだか思ったより厄介そうなんですけど」
「ギルド上層部の誰かが、独断でこの法案が通るという情報をばら撒いてるのよ。それはもう、声を大にして」
「そんなことしたら」
そんなことしたら、警戒したテロリストが動き出してしまう。国外に逃げるとかなら可愛いものだが、頭のネジが緩んだやつらが暴れ出すという可能性もある。その場合、全国で同時多発的に、とんでもないドンパチが起こること間違いなしだろう。そうなったらいくら屈強なギルドと風紀委員が対応したとしても、3桁以上の死傷者は出るはずだ。そして、これこそがギルド上層部の誰かとやらの狙いだろう。
今回手が出せそうにないテロリストに宗教団体調査法をちらつかせて挑発する。そして何か事件を起こさせる。そうすれば、ギルドは何の縛りもなく、市民を助けるためという大義名分を得たうえで動けるのだから。
「頭のネジが緩んでるのは、なにもテロリストだけの専売特許じゃないってことよ」
「どうやらそのようで。ギルドも大変そうっすね」
「わかってくれる?馬鹿が上にいるっていうのは、組織のテンプレートってやつなのかもしれないわね」
俺のところの大将も馬鹿だが、蓮さんの上司ほどではない。そう考えると、俺は上司には恵まれているのかもしれない。いや、こんな厄介な件を丸ごと投げつけてくるような人を、理想の上司みたいな枠に入れることは難しい。
今度上司の愚痴をつまみにして、蓮さんと飲み明かすのもありかもしれない。
「聞く限り、純粋な正義はギルドになさそうですね」
「純粋な正義なんてもん、毎年新人達が買い占めてるわ。毎年毎年売り切れ状態なのよ」
「大人気ですね、新人に」
「そりゃあそうよ。それを買いにギルドに入った子達ばかりなんだから」
正義だけを持ったギルド職員が何百人もいるなんて、そんな夢見がちなことは思ってはいなかったが、どうやら俺が思っているよりも少ないようだ。治安がよければ理想やらなんやらは気にしない俺ではあるが、その事実には少しがっかりする。その事実を知ったうえで、俺は漣さんに対して1つの疑問を持った。
「それじゃあ、漣さんはなんでギルド職員なんてしてるんですか?」
「聞きたい?」
「聞きたいですね」
逮捕するよりもされるのが似合うこの人が、なんでギルド職員なんてやっているのか気になるのは当然だろう。正義なんてガムの紙にくるめて捨てるようなこの人が・・・
「1発いっておく?」
「何でですか!?」
酒瓶を俺に向けて振り上げる漣さんに、俺は思わずのけ反り両手を挙げる。我ながら情けない態勢だと思うが、この圧を前に堂々とした姿勢を取れる程、俺の肝っ玉は大きくない。




