救世会編9
「で、お嬢さん、この馬鹿に何の用事があったんだ?」
「お嬢さんではありません。私には救世神という立派な名前があります」
「そうだそうだ。ちゃんと名前で呼んでやれよ」
「「・・・」」
神という名が恥ずかしいものだと思っているのは、どうやらこの場では俺と四亜だけみたいだ。俺は四亜と視線を合わせてアイコンタクトを取ろうとするが、四亜はこの状況に混乱しているみたいで、こちらに目を合わせる余裕がないみたいだ。
仕方がない。ここは先輩として俺が率先せねば。
「えっと・・神ちゃんでいいのか?」
「お好きなように」
「じゃあ改めて、神ちゃんは何でこの馬鹿を訪ねたんだ?」
「それは・・」
「四亜思ったんですけど、神ちゃんって何か呼びにくくないですか?」
肝心なところで我を取り戻した四亜は、どうでもいい疑問を投げかけてきた。無視してもいい内容だが、さっきの件もある。怒らせるのはまずいと思った俺は、四亜の質問に答えることにした。
「そうか?けど他に何かあるのか?」
「神様?」
「それはなんか・・」
抵抗がある。
なんとなくだが。
「構いませんよ。神ちゃんでも神ちゃんでも神ちゃんでも」
「「・・・」」
存外と素直な子だ。
普段から神様として扱われている彼女は、‘ちゃん’づけで名前を呼ばれるというのが嬉しかったのかもしれない。
「で、神ちゃんは何でここに来たんだ?」
「勉強です」
「勉強?」
以外な言葉が出てきたので、俺は少し戸惑ってしまう。神なんていう、全知全能みたいなイメージを被ったやつの口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「はい。私は義務教育をあまり受けておりません。小学校に通っていた時期もありましたが、それも3年生までです。なので、忍さんに学校生活のいろはを教えてもらおうと」
なるほど。なかなか筋の通った話だ。しかし、
「先生選びを間違えてるんじゃないか?こんな生活不適合者の脳内に、学校のハウトゥーが詰め込まれている訳ねぇだろ。こいつに教われるハウトゥーは、‘誰でもわかるハッキング’ぐらいだ」
もしくは、牢屋まで最速で行けるハウトゥー。
「失礼だな。俺はきちんと義務教育は受けていたぞ。そこの箱入り神様より、学校ってやつを知っているつもりだが」
お前が真面目に学校に通っていたのは高校までで、大学に入った今は違うだろ。最低限の単位だけ取って、後はヒッキー決め込んでるじゃないか。そんなお前に何ができると言いたいが、本題はそこではない。
「続けて質問だ。何で忍のこと知ってたんだ?知り合い・・っていう雰囲気でなさそうなんだけど」
「その通りです。私は彼と初対面です。彼の母親が私の知り合いなんです」
「漣さん何か悩み事でもあるのか?救生会に入信する程追い詰められていたなんて」
「救世会絡みの件で母さんと面識があっただけだ」
「まぁ、こんなドラ息子持ったら仕方ないとは思うが」
「おい、俺の話は聞いてたか馬鹿野郎」
「漣さんの苦労話はさて置いてだ。本当、教師は選んだ方がいいぜ、神ちゃん」
「そうですか?では誰に?」
俺はパスだ。
忍のことをボロクソに言った手前あれだが、俺も手本になるようなキャンパスライフを送ってきたとは言い難い。ならば消去法で四亜になるが、夜な夜な怪しい服装でBL本を買うような女を、学校生活初心者の手本にしていいものなのか。しかし、この中でまだまともな部類に入るのは、四亜だけだというのもまた事実だ。だけど・・うーむ。
忍も俺と同じ思考に至ったのか、複雑な顔で思案しているようだ。
「煙間先輩、忍先輩、どうしてとてつもなく複雑そうな表情をしているのかを、ぜひとも四亜に教えていただけませんか?」
「落ち着け四亜。その手に持っている予備デバイスを今すぐ降ろすんだ」
「消火器は部屋を出て右のとこにもう1本あるから。後よろしく」
「この部屋の主はお前だろ!」
「覚悟してください」
「ちょ!マジでタイム!」
俺の必死の助けが天に通じたのか、思わぬ助け船が出された。これにより、俺とこの部屋がローストされるという運命から逃れたわけだが、どうやら命が助かったと言える状況ではないらしい。
「アラーム音・・ですか?」
「おーい、忍さんや。ここの警備システム、石川県内では1番ではなかったかい?‘このマンションは泥棒が決して入ってこれない’、みたいな売り文句だったと思うのだが」
「それもどうやら今日までらしいな。侵入者がこの部屋に到着するまであと1分程。各自、自分の身は自分で守ってくれ」
そう言って忍は調整が済んだと思われるデバイスを四亜に投げ返し、自らのデバイスを机の中から取り出す。
指輪型のデバイス、テリンダS-300mc1000。量産型デバイスの1つで、使える魔法は防御系のみ。小学生でも使える、一般人の護身用だ。自分の身は守るが、侵入者との戦闘は参加しないという腹積もりらしい。そのふてぶてしさに腹を立てる間もなく、扉を蹴破り侵入者7人がこの部屋になだれ込んで来た。侵入者は全員白いフードを深くかぶっていて、当然のように武装をしていた。持っているデバイスはグロウレッド17 mc1250。病院に侵入してきたやつらの持っていたものと同じだ。彼らはそれを俺達に向ける。
病院の時といい、この件に携わってからまだ1日も経っていないというのに、またも襲撃を受ける羽目になってしまった。後手後手に回るのはあまり好ましい展開とは言えないのだが、こうなってしまっては仕方ない。
「結構な人数だな。人狼ゲームでもやるか?」
指輪を右手の人差し指に着けながら、忍は悠長にそんなことを言う。
「四亜、あれ苦手です」
「なら四亜ちゃんは俺の腕の中に避難しても・・」
「結構です」
「お前ら結構余裕あるじゃねぇか」
俺は煙管をくわえ、煙を吐く準備をするが、煙が俺の口から零れるようなことにはならなかった。




