プロローグ
この世界に魔法なんて馬鹿らしいものが出現してから早10年。すっかり日常にも魔法が馴染んでいた。
10年前、突如として世界中の人々の体内には魔力、マナ、魔素というようなもの(呼び方は様々だが、ここでは魔素とする)、簡単に言えば魔法を使うためのガソリンみたいなものが現れた。一説によると、もともと人類は魔素を持っていて、それを突然知覚できるようになったという説もあるが、詳しくは現在もわかってない。
魔素を使うことにより、遠くのものを浮かす、何もない所から炎を出す、空を飛べるというような、とんでもびっくりアクションが可能になった俺達人類。そんな人類が魔法を使って最初に行った大きな動き、それは戦争だ。国同士が争うような大きな戦争にはならなかったが、各地のテロリスト、古くからある魔法信仰組織、胡散臭い宗教団体が行動を起こした。それは平和の代名詞みたいなこの国、日本も例外ではない。
しかし、血と臓物の臭いが辺りを覆い、人々の悲鳴がそこら中に響き渡る・・・みたいなことはなかった。世界中で魔法なんてものを手に取り戦おうとした人達には、大きな大きな勘違いがあった。それは、 現段階での科学力というやつだ。今現在ならいざ知らず、10年前の魔法なんてたかが知れている。
個人差があるのだが、物を浮かせるといっても、精々10kgまでの物を少し移動させられるくらい。
炎を出すといっても、自分を中心とした半径1m圏内。しかも、人を即死させられるほどの熱を出すには、2分から5分程のチャージ時間がいる。
空を飛べるといっても、時速10kmが限界で、滞空時間が10分ほど。おまけにあまり高くは飛べないという欠点がある。
そもそも、魔法を使うと体力と精神力が著しく削られるので、長時間の戦闘には向かない。
こんなもので銃やらミサイルやら戦艦に挑んだ、お茶目でドジな彼らの末路は決まっている。敗北だ。ボロボロのギッタンギッタンだ。この件で世界中の政府に反抗する組織の4割は潰れたらしく、各国の政府は両手を挙げて、シャンパンを開けて、踊りたくなるほど喜んだそうだ。そう、この件に関しては。
この後、各国は自国の行政改善に手一杯になる。主に日本が。何せ、銃には劣るといっても、道具なしで人を殺せるだけの力を全国民が手にしてしまったのだ。こんな緊急事態は政府としても放ってはおけないだろう。早急に手を打つべきだ。そう当時の政府は考えていた。
一方、魔法という自分達が把握しきれない、未知の、畏怖すべき、恐ろしい力を手にした国民達は、
「らっしゃい、今なら魔法でキンキンに冷えたビールがあるよ。兄ちゃん、買っていってくれよ」
「もらおうかな」
「おい新人、そんな細腕で引っ越しの手伝いなんてできるのか?」
「大丈夫です。僕、魔法で物運ぶのだけは得意なんで」
「なら安心だ」
「奥さん、隣の佐藤さんなんですけどね。また魔法を料理に使って失敗したらしいですよ」
「またやってたんですか?もしかして、昨日の爆発音は」
「そう、それですよ」
存外と逞しかった。
順応するのに1か月もかからなかった記憶がある。当時10歳の俺は、子供ながらに人間の順応能力に呆れたものだ。しかし、世の中そう甘くない。呑気な展開だけではない。
魔法が出現してから半年後、魔法を使った強盗、殺人、誘拐などの事件が一気に増えたのだ。警察も魔法を使う事件をどう扱うか決めかねている最中の出来事だったので、混乱は大きくなる一方だった。魔法を使った事件の証拠集めの難しさ、法律でどう裁くべきか、どのように捕まえるべきか。警察がまともに機能するのに、そこから1年以上の月日が必要とされた。
その頃だったはずだ。世界代表クラスの馬鹿が、この国の総理大臣になったのが。多くの政治家が堅苦しく、眠くなるような演説をしている中、彼はこう言ったのだ。
「まずはお約束として魔法学校を創設しようか。後は・・ギルドとかそういうの。魔法学校がない魔法ものも面白いと思うよ。思うけど、僕はファンタジーには魔法学園が絶対に外せないファクターだと考えているんだよね。いいなぁ、今の子は。そのうち、クラスの気になるあの子は実はエルフ・・みたいな展開もありえるわけで」
以下省略。
このふざけた演説を聞いた国民達の反応は、俺にとっては予想外のものだった。
好評価。圧倒的指示を得た。
その後彼は余裕で国会議員に当選し、とんとん拍子で総理大臣にまで成り上がった。そして、マニュフェスト通りに魔法学校の創立のために動き出した。
その馬鹿の名は天童 忠義。55歳でこの国の総理大臣兼国立魔道学園統括を担う、史上最大の行動力を持つ馬鹿だ。あの頃の俺に投票権がないのが悔やまれるくらい。
馬鹿だ馬鹿だと言い続けてはいるが、彼の残した結果は無視できないものだ。
魔法学校の設立および、魔法教育の基礎作成に大きく貢献。
魔法を使用した犯罪を裁く法律の創案。
魔法を使用する犯罪者を取り締まる組織、‘ギルド’の創設(警察を元にしている)。
自衛隊への魔法を行使しての戦闘、自衛行為の訓練促進。
魔法研究への莫大な援助。
極め付けは、日本、中国、インド、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ロシアなどが加盟している魔法国際連盟の創設に大きく貢献。
これだけ見れば大したものだと思うが、それでも、俺はあの馬鹿総理大臣を尊敬することができない。何故ここまで俺があの総理大臣が嫌いなのか、それに関する話は長くなるかもしれないので、ここでは語らないでおこう。
とりあえず、世界の今はだいたいこんな感じだ。
ここで、魔法が出現してからの、俺の周りと俺自身の変化について語らせてもらおう。
俺の名前は東条 煙間。2047年現在の年齢は20歳。今は石川県国立魔道学園に在籍している。学部は魔法医療学部所属だ。俺が医療学部を目指したのには理由がある。
俺の妹、東条 奏は昔から持病を抱えていた。肺が弱いのだ。たまに呼吸ができないという症状が5年前から起こり、2年前までその症状は続いていた。医者からは不治の病と言われており、さらには余命がもって6年というおまけつきだ。俺と母親はとてつもない絶望に陥ったが、奏は俺達に心配かけまいと、いつも笑顔でいた。それが、俺の心をより強く締め付けた。
ここまで言えば大体想像がつくとは思う。
俺は可愛い妹の病気を治すために医療の道を志し、それはもう必死に勉強をした。しかし、受験する前の年、俺の努力は無に帰すことになる。俺の目指した学園の受験制度が変わってしまったのだ。正確には、目指した学部が医療学部から魔導医療学部に変わってしまった。
これにより、受験科目の変更、魔法実践経験優遇制度などが俺の肩にのしかかる。そこから地獄の勉強、勉強、勉強。地獄の実戦訓練、訓練、訓練。何度ゲロを吐いたのか覚えてないほどに。
自分で言うのはなんだが、必死の努力のおかげで大学に合格した。魔法のせいで受験には苦労させられたが、現在の科学では解決できない分野、医療魔法ならば、奏の病を治せるかもしれない。そうポジティブに考えていた。
そんな俺に訪れた予想外パート2。それは、
「よかったわ。本当によかった」
「うん。私・・・これからも生きられるよ」
大学入学から3か月後、魔法による医療技術の進歩が、奇跡的に俺の妹を救ったのだ。それはとても喜ばしいことだが、同時に、俺が入学した理由がなくなった瞬間でもある。在学し続ける理由がなくなった瞬間である。
とてつもなく嬉しいニュースと、とてつもなく脱力するニュースを同時に受け止めるのは、当時18歳だった俺には厳しかった。
そんな俺は今、大学生活をぐだぐだと過ごしている。目的もなく、ただただ卒業のために。