マコちゃんは八方美人
「どっちが好きか、マコちゃんが決めてよ!」
感情的になったヨシナリは、強い口調で迫った。マコは困ってしまう。
「ええっ……だって、あたし……」
身体をモジモジさせながらマコは上目遣いにヨシナリを見て、その隣のマサキにも視線を送った。
ヨシナリとマサキ。二人のうち、どちらかを選べと言われても、マコは簡単に答えを出せない。
そんなマコをいつも優等生発言の多いマサキが身を挺してかばった。
「やめろよ! マコちゃんが困っているじゃないか!」
マサキにそう言われると、ヨシナリはまるで自分が悪者になったような気分にさせられた。当然、ヨシナリは反発を強める。
「お前だって、マコちゃんがどっちを好きなのか、ハッキリさせたいだろ!?」
ヨシナリはマサキに食ってかかった。今にも手が出そうな感じだ。元々、ヨシナリにはそういった粗暴なところがある。
一方、マサキは理知的で、争いごとには関わらないタイプだ。おまけに足が長くてカッコイイ。
当然、女の子の間でマサキは圧倒的に人気があった。マサキに告白する女の子も多い。そのときの照れた仕種も可愛いと評判だ。
それに比べると、ヨシナリはヤンチャな面と自分勝手なところが目立ち過ぎる。気に食わないことがあると、人や物に当たることが多く、そのせいで女の子たちから敬遠されていた。
でも、そんなヨシナリに対しても、ただ一人、マコだけは分け隔てなく接してくれる。ヨシナリにしてみれば、マコだけは自分の味方だ、とこれまでずっと信じてきた。
それなのに、マコも他の女の子同様、マサキのことが気にかかっていたとは――
「おい、マサキ! お前はどうなんだ!?」
ヨシナリはマコを責めるわけにもいかず、怒りの矛先をマサキに向けた。その剣幕にマサキは押され気味だ。
「な、何が?」
「マコちゃんのことに決まってんだろ! お前、他の女の子とも仲良くしてるじゃないか! 知ってんだぞ、オレ!」
ヨシナリは拳をグッと握った。マコを他の女の子と同列に扱っているなら許せない。マコは特別なのだ。マサキの返答次第では殴りかかるつもりだった。
いきり立ったヨシナリの様子に気づき、マコはその腕をつかんだ。
「ヨシナリくん、暴力はやめて!」
マコに懇願されると、ヨシナリもその手を強引に振り払うことは出来なかった。しかし、マサキを睨みつけることは決してやめない。
マサキは一度、息を呑み込むようにしてから、
「ボクは……マコちゃんが好きだ」
と、ハッキリ言った。それを聞いたマコが、信じられない、といった顔でマサキの方を振り返る。
「マコちゃん、他の女の子と比べても可愛いし、優しいところもあるし……」
そんな風に面と向かって言われたのは初めてだったらしく、マコはポッと頬を赤らめた。逆にヨシナリはカッとなる。
「何だとぉ!? オレの方がなぁ、マコちゃんとの付き合いが長いんだぞ!」
ヨシナリは怒鳴った。マコが制止していなければ、とっくに顔面パンチが炸裂していただろう。
だが、一見、大人しそうなマサキも、その程度の恫喝では引き下がらない。
「そんなの関係ないよ! ボクなんかマコちゃんとキスしたもん!」
キス――それを聞いたヨシナリは、一瞬、頭の中が真っ白になりかけた。
「う、ウソつけ! マコちゃんがお前なんかと、そんなことするもんかぁ!」
「ホントだよ! ウソだと思うなら、マコちゃんにも訊けばいい!」
ヨシナリは動揺しつつ、すぐ隣のマコを見た。マコはヨシナリから顔を背けて黙っている。否定しないのが答えだ。
マコのファーストキスをマサキに奪われたヨシナリは歯ぎしりした。もう顔が真っ赤だ。
「だ、だったらオレはなあ、マコちゃんと一緒にお風呂に入ったんだぞ! いいだろう!?」
ヨシナリは負けじと暴露した。つまり、それだけ親しい間柄だ、というアピールだ。
一瞬、怯んだマサキだったが、
「ぼ、ボクなんか、一緒に遊園地へ行った! お弁当も食べた! ――あのときは楽しかったよね、マコちゃん」
と、すかさず反撃。
すると――
「オレなんか、誕生日にプレゼントをもらったぜ!」
負けず嫌いなヨシナリも声高に自慢した。
しかし、マサキも黙っていない。
「僕はマコちゃんと寝た!」
ついに飛び出した爆弾発言。
これで勝負ありかと思いきや――
「そんなの、オレだってあるもんね!」
と、ヨシナリも平然と返し、結局、両者は睨み合いになった。
「うぅぅぅぅぅぅっ……!」
二人の間に入ってケンカをやめさせようとしていたマコは、今にも泣き出しそうだった。
「やめて、ヨシナリくんもマサキくんも……あたしは……あたしはどっちも好きなの……だから……」
苦しそうに真情を吐露するマコを見て、ヨシナリとマサキは睨み合いをやめた。マコに泣かれるのは、二人にとっても本意ではない。
「ご、ごめん、マコちゃん……」
「ボクら、そんなつもりじゃ……」
「………」
気まずい空気が流れた。
だが――
そんな重苦しい雰囲気を破ったのは、年上の女性の声だった。
「マコちゃん、ヨシナリくん、マサキく~ん、お迎えが来ましたよ~」
その声を聞いた途端、三人は今までの揉め事などなかったかのように、コロッと表情を変えた。
「ママ~!」
三人の園児たちは、それぞれの母親のところへと元気に駆け出した。