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野良犬と生存者-3



 兵衛へと襲いかかった少女は彼女の身の丈よりも長い得物で武装していた。


 長柄の先端部に幅広なU字型の金具を取り付けた刺又(さすまた)である。


 発祥は江戸時代と歴史は古く、長さを生かして距離を開けつつ先端の金具で相手の動きを抑え込む為の捕り物道具として用いられてきた。今でも不審者対策として学校や駅などに置かれており、兵衛は知らないが少女が使うこの刺又も元は駅の備品だ。


 だが少女による刺又の扱い方は、本来の刺又のそれとはかけ離れていた。


 ちんちくりんな背丈(とついでに胸元)からは想像できない鋭い踏み込みを見せつつ、金具の先が床に擦れるほどの低い位置から弧を描く軌道で刺又が襲いかかる。狙いは兵衛の足元。


 予想を超える身のこなしに驚きを覚える兵衛だが、彼も彼で少女の踏み込みと刺又の攻撃にしっかり対応していた。


 必要最低限の動作で刺又の軌道上へモップを移動させる。


 次の瞬間、軽金属同士がぶつかり合う澄んだ音が荒れたコンビニの店内に鳴り響いた。


 音に反してモップの柄を握る手に走った衝撃は予想以上に重い。防いでなければ脛を直撃し、足を刈られて転ばされるか激痛と痺れで動けなくなっていたであろうと容易に想像がつく程の手応え。


 体格差を考えると、余程しっかりと地面を踏み締めながら無駄なく力を得物へと伝えない限りここまでの威力は出せない。



(このチビッ子、見た目はチンチクリンのくせにやる(・・)タイプか!)



 そこまで考え、1度受けただけでどうしてそこまで理解できるのか? と己に対し新たな疑問を抱いた兵衛であったが、少女が奇襲を受け止められた事に動揺を見せず次の攻撃モーションに移ったのでまずはそちらの対処に専念する。


 少女は受け止められた刺又を一旦引くのではなく、手首を使って得物を捻った。二股の金具部分がモップの柄を挟み込む。



「せぇい!」



 気合の声を発しながら全身の捻りを生かし、少女は逆袈裟に刺又を振り上げた。


 彼女と兵衛がぶつかり合っている空間は左右をカウンターと商品棚に挟まれ、その幅は人がすれ違うのがやっとの幅しかない。


 にもかかわらず、少女が振るった長大な刺又は周囲に引っ掛かる事無く、風切り音を伴いながら見事に振り抜かれた。


 狭隘な空間で長物を支障なく扱うその技量。間違いなくこの少女はそれなり以上の腕前と修練を持つ武術経験者だと兵衛は確信する。


 このままでは巻き上げられたモップに腕を引かれて致命的な隙を晒す羽目になる。


 だから兵衛は躊躇いなくモップを手放した。



「なっ!?」



 同時に今度は兵衛の方から少女に向かって踏み込み、二又になった金具の内側へ。懐に入られると対処がし辛くなるという長柄の弱点を突く。


 刺又の内側に入り込んだ兵衛はまず金具の根元を手で掴んだ。これで動きを封じると刺又を掴んだまま柄に沿うようにして一回転。隠し持っていたタクティカルペンを順手で握り、少女へと突き出した。



「――――っっっ!」



 突き出したタクティカルペンの先端が少女の眼球まであと数センチという距離まで近付いた刹那、兵衛は動きを止めた。


 少女の方も刺又を振り抜いた直後のポーズのまま制止している。その目は文字通り目前まで迫った切っ先に怯んだ様子を見せず、毅然と睨みつけていた。


 武器を目前に突きつけられているのは兵衛の方も同様だった。少女に同行していた男が彼女の背後から突き出した警棒が、兵衛のこれ以上の踏み込みを封じていた。








 男の見た目はハッキリ言ってイケメンである。アイドルを思わせる女顔の美青年だ。


 顔が整っていれば体型も整っており、身長は兵衛より高くおまけにモデル体型の見本のように手足が長くスラリとしている。照明の下でややパーマがかった茶色の髪が浮かび上がった。


 若い女性なら一目見ただけで黄色い声を上げるであろう甘いマスクとは対照的に、一本芯が通って腰の据わった眼光と雰囲気が男から放たれている。


 微塵の震えもなく向けられた警棒の先端、いつでも本気で兵衛へ打ちかかれるよう身構える佇まいに滲む気配から、男もまた強者であると本能的に理解させられた。


 女衒の皮を被った剣豪、なんて表現が兵衛の脳裏を過ぎる。



「双方そこまでにしておけ。貴重な生存者、それも五体満足な者同士でやり合って得なんぞ無いだろうが」


「喧嘩を売ってきたのは向こうの方よ!」


「すまねぇなチンチクおっとすまねぇ今のなし」


「よっぽど痛い目に遭いたいようね……!」



 兵衛の口は本人の予想以上に軽い上に迂闊なようだ。



「そこまでにしておけ、と言ったぞ。そちらの男はむやみに挑発するような言動を控えろ。(なつめ)、お前もついさっき自分で言った言葉を忘れたのか」


「今は後悔してるわよ……とりあえず、武器を下ろしてちょうだい。傷つけるつもりは本当にないから」


「……2対1でこのまま続けても何の得もねぇ、か」



 兵衛は突き出した手を下ろし、タクティカルペンを少女の眼球から遠ざけた。


 同時に最低限の警戒として男の警棒の射程範囲外まで後退を行う。それから改めてたった今自分と戦った少女をまじまじと観察した。


 極めて小柄な体格に相反するかのような強気な性格に相応しい、太い眉と吊り上がった目尻を持つ少女もまた率直に言って美形だった。


 今時珍しいおかっぱ気味のショートカットに整えた漆黒の髪。古典的な日本美少女、というのが第一印象だ(ただし性格は除く)。


 下手をしなくても小学生に紛れても違和感がなさそうな体躯を濃紺のセーラー服で包んでいるが、シンプルながらも高級な布地で誂えられた学生服はその布地の色から汚れは目立たないものの、所々ほつれを見せている。


 ちなみに男の方は動きやすさと頑丈さを両立させたカーゴパンツに白のポロシャツ姿だ。


 こちらは色合いの問題で、灯りが明滅を繰り返す中でもほつれだけでなく、幾つもの乾いた血痕が服にこびりついているのがハッキリと見て取れた。


 男に目立った怪我は見られない。血痕は返り血によるものであろう。血の汚れは相当な修羅場を経験した証と言えよう。



「まず聞いておくけど、ついさっきそこのシャッターを動かしたのは貴方かしら」



 とんだファーストコンタクトとなったがこの2人は目覚めてからゾンビ以外に初めて出会うまともな人間だ。情報収集も兼ねて、茶化しは抜きに質問に答える事にする。



「ああそうだ」


「向こう側は生きた屍が大量にうろつき回ってたのによく無事だったわね」


「まぁたまたま、な。こっちからも聞いておきたい事があるんだが構えわねぇか?」


「構わない、言ってみろ」


「この店に置いてあった食い物を持ってったのはオタクらなのか?」



 兵衛が尋ねると男女は一瞬顔を見交わした。



「色々と思うところはあるけど教えてあげるわ。確かにこの店に置いてあった食べ物や使えそうな品物を道去ったのは私達よ」


「ファック」



 思わず天を仰いだ兵衛の姿に対し、少女は優越感混じりの笑顔を浮かべながら平らな胸を張った。



「ふふん、安心しなさい。せっかく数日(・・)ぶりに現れた生存者だもの、多くはあげられないけどちゃんと水や食料は分けてあげるわ。無礼な物言いや私に武器を向けた事も水に流してあげる。私の慈悲に感謝しなさいよ」


「――ちょっと待て」



 聞き逃せない言葉があった。


 背筋と額に冷たく気持ち悪い汗が浮かぶのを自覚しながら、兵衛は改めて尋ねる。



「教えてくれ、今何日だ(・・・・)。ついさっきそこのシャッターの向こう側で目を覚ましたばっかなんだ。

 だから頼むから教えてくれ――このクソったれなゾンビ騒ぎが起きて今日で何日になるんだ(・・・・・・・・・・)?」



 不意に2人の表情が歪む。まるで認めたくない現実に無理矢理直面させられたかの如く。


 懇願するように投げかけた兵衛の問いに答えたのは男の方だった。






「……4日だ。死者が蘇り、夜空に2つの月が浮かぶようになってから今日で4日目になる」







手が痛いのを抜きにしても執筆速度と体力の低下をひしひしと感じる今日この頃です。

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