野良犬と生存者-2
前回の宣言にもかかわらず遅い&短くて申し訳ありません。
おのれ腱鞘炎…
コンビニのバックヤード内に並ぶ幾つもの死体。
それらは正しい意味での死体であった。つまり地下通路で兵衛が遭遇し、彼に噛り付こうとしてきた生きた屍の同類ではない、という意味だ。
バックヤードに並べられた死体は、完全に生命活動を停止していながらうろつきまわったり生者を貪ったりする事無く、床に横たえられたままピクリとも動く気配を見せようとしない。
文字通りむせ返りそうな死臭で充満したバックヤードへ足を踏み入れる。念の為、手近な位置の死体を何体かモップで強めに突いてみた。
結果は無反応。大丈夫そうなので死体の動向から周辺の状態へ注意の対象を移す。
兵衛がざっと見回してみた限り、全ての死体の頭部に一定以上のダメージを受けていた。
つまりここに並ぶ死体は1度はゾンビ化し――そしてもう1度死んだ。正確には殺された。
2度目の死を与えられてからバックヤード内に運び込まれたのは間違いなかった。これだけの数のゾンビを狭いバックヤードの中で相手取ったにしては不自然な程に室内が荒れていない。
共通点は他にもある。ご丁寧にどの亡骸も目を閉じてあった。これをやったのが単独か複数かはさておき、感傷的な性格の持ち主のようである。
死体を検分していく。ある死体は頭蓋の一部が大きく陥没し、またある死体の頭部は中身が露わになるほど激しく破壊されていた。
対照的に、頭部にポツンと人差し指の直径ほどの穴だけ穿たれた損傷の少ない死体も何体かある。
だがその穴は後頭部まで貫通するぐらい深い。むしろ兵衛はそちらの死体に興味を惹かれた。
頭部に穴を穿たれた死体の正体、それは射殺体だ。
弾数はどうあれ、生きた死体を死んだ死体に戻した人物は銃器を所持しているのは間違いない。これは重要な情報だ。手に入るかどうかはともかく強力な武器とその所有者が存在する事は確かなのだから。
等しく頭部に損傷を受けている点を除くと、今兵衛の目の前に並ぶ死体はどれも特徴がバラバラだった。
老若男女、私服の死体があれば制服を着た死体もある。制服を着た死体もこのコンビニの店員から駅員、何らかのイベント用らしき衣装を着た者。
果ては警察官や救急隊員の姿をした死体もあった。
(やけに警官の死体が多いな)
兵衛にとっては残念な事に、警官と救急隊員、駅員の死体からは何かの役に立ちそうな所持品が根こそぎ奪われていた。
特に警官の場合は、どの死体も各装備品をまとめてぶら下げるベルトごと持っていかれている。当然ながら拳銃や警棒といったまともな武器は手に入らなかった。
兵衛は「チッ」と舌打ちを漏らすと注目を死体からバックヤード全体に移す。
点滅する照明の中、死体に足を取られない様にしながらの探索は中々神経を使う作業であったが、残念ながらこの部屋も先客の手によって目ぼしい物は持ち去られていた。
「ファック!」
無駄な労力を費やした事への憤りに悪態が勝手に口から飛び出したのも無理はあるまい。
その直後だった。
音が――否、声が聞こえたのは。
『ほらまた聞こえたわ! あれは間違いなく人の声よ!』
若い女の声。ここまで兵衛が出くわしたゾンビが発していたような意味の無い呼吸音とは大違いの、確かな意志が感じられる人間の声だ。
『大きな声で騒ぐな。それに警戒も怠るな、生きている人間であってもこちらに友好的とは限らないぞ』
『それぐらい分かってるわよ』
別の声も聞こえた。こちらは男の声だ。声の聞こえ具合から発した人物が兵衛の方へ接近しつつあるのが分かった。
(どうする?)
簡単なやり取りしか聞こえなかったが、2人の男女がそれなりに理性的な人物であるのは間違いない。同時に男の方はコンビニから聞こえた声の主、すなわち兵衛の事を敵対者として警戒している事も感じ取れた。
……このまま出て行くべきか否か迷う。
生きた屍ではなく、ちゃんとした人間と遭遇できるチャンスに、喜びよりもまず警戒を抱いた理由は兵衛自身にもよく分からなかったが、少なくとも喜び勇んでノコノコと飛び出す気にはならなかった。
兵衛がバックヤードで外部の動向を伺っていると、地面を踏みしめるかすかな物音がコンビニの入り口で生じた。2人のどちらかもしくはその両方が店内に入ってきたのだ。
唐突に新たな光が店内を照らす。集束された円形の光が瞬間的に闇に包まれた店内を切り裂いた。相手は懐中電灯も所持しているのだと分かった。
「誰か、そこにいるんでしょ。危害を加えるつもりはないの、返事をしてくれない?」
呼びかけに対し無視を続けたら相手に不信感を与えかねない。決断するなら今だ。
接触を試みるか拒否するか――
(仕方ねぇ、か)
地下通路で目覚めて初めて遭遇する生きた人間だ。
事の経緯どころか自分の記憶すら覚えていない兵衛にとっては貴重な情報源となりえるし、前後の状況を踏まえるとコンビニにあった食料を持っていったのも彼らの可能性が高い。
「わーった、今出てく」
接触した方がメリットが大きいと判断した兵衛はゆっくりとバックヤードから出た。
一応いざという時の備えとして、モップは相手に見えるようあからさまに構えつつ、タクティカルペンは向こうから見えないように隠し持っておく。
バックヤード近くからでは商品棚が邪魔になって相手の姿が確認できなかった。棚が邪魔にならない位置まで移動すると、ようやく相手の姿が視認できるようになる。
そして。
兵衛は反射的にこう口走った。
「これでいいかチビッ子――ワリィ口が滑った」
「前言撤回ブチ殺してあげるわ」
顔が兵衛の胸元よりも更に下に位置するほど小柄な少女は、物騒な宣言と共に兵衛へと襲いかかるのであった。