幕間:ファーストコンタクト
海の上で小船に乗った2人の男が呆然と固まっている。
「……どう思う?」
「どう思う、って聞かれても……」
2人は漁師であった。
日の出と共に目覚めると顔を洗い、簡単な朝食を取ると自分達の船に網と餌と漂流した場合に備え真水と食料を多めに積み込み、日課である漁へと出た。ここまでは普段と変わらなかった。
異変に気付いたのは、潮の流れと風に導かれるまま漁場へと向かう途中であった。
正しいルートを進めているか確認すべく、視覚強化の魔法も使って陸地側の風景と太陽の位置から現在地を照らし合わせる。
天候1つで命がけな稼業である漁師らは、この作業を毎回欠かさぬ日課としていた。
そして漁師らは気付く。昨日確認した時から陸の様子と太陽の位置に、ほんの僅かなズレが起きていたのだ。
1人だけなら勘違いかもしれないが、相方も違和感があると同意したとなれば気のせいでは済まされない。
記憶違いや判断ミスが命の危機に繋がる仕事とあって、彼らは変化に敏感であった。
一介の零細漁師である彼らは、貴族や商人の船みたいに羅針盤や六分儀といった手の込んだ代物を簡単に入手できない分、殊更己の感覚と経験を重視している。
「雲の流れ方や風の吹き方は変わってない。天候も昨日と同じだ。潮の流れの方が変化してるんだなこりゃ」
「たった一晩で潮の流れがいきなり変わるものか?」
大の男が2人、波に揺られながら首を捻る。
そこへ地元の漁師仲間を乗せた船が複数近付いてくる。どうやら先に海に出ていたようだ。
櫂と帆を巧みに操り、2人の漁師が乗った船へとピタリと寄せると、すぐさま海の男達は相談を始める。
「お前達も気付いてたか」
「あったりめぇよ。ガキの頃からどれだけここの海で過ごしてきたと思ってんだ」
「こっからもうちょい沖合いの方は潮の変化はないみたいだ。おかしくなったのはここいらの海一帯じゃなくて陸地側が原因じゃねーかと思うんだが」
比較的浅瀬な海域で発生した崖崩れや大型船の沈没、時には海底火山の隆起によって海面下の地形が変化し、潮の流れに影響を与える事例はなくもない。
「けど潮の流れまで変えちまう程の事って一体何だ?」
「とにかく調べなきゃなんめぇ。今日は仕事は休みにして手分けして何が起きたか探してみっか」
「んじゃ俺らは村に戻って村長らに報告してくるわ」
「俺達は流れが変わった潮を遡って原因が何なのか探ってこよう」
即断即決の見本とばかりに漁師らはさっさと役割分担を終えると、自前の船に乗って四方に散る。
2人を乗せた漁船は潮の流れに捕らわれたり、水面下の岩礁や海の魔物に巻き込まれないよう注意を払いながら船を向かわせる。目指すは変化した潮流の大元だ。
そうしてどれだけ船を走らせただろうか。
太陽の角度が頂点を越えて再び水平線へ傾き始める程の時間が過ぎた頃、とうとう2人の漁師は潮の流れが変化した原因と思しき存在へと辿り着いた。
最初それが何なのか、漁師にはまったく理解が出来なかった。
2人はしばし呆然と佇み、今自分が見ているものが現実の存在であるのか疑った。
最初の発見から何分も過ぎた後、目の前の光景が実物であるとようやく認識出来てから最初に口から出た言葉が、冒頭の台詞である。
「こりゃあ城なのか?」
「城なんてもんじゃねぇ。こりゃ街そのものだ」
昨日まで何もない砂浜が存在した場所に、突如として謎の街が出現していた。
正確には砂浜の目と鼻の先に謎の陸地が何処からともなく生え、その上に巨大な都市が乗っかっている。何がどういう原理でそんな事になったのかさっぱり分からないが、一帯の潮の流れに影響が出るのも納得出来るぐらい巨大な島だ。
漁師の片割れは視力強化の魔法を発動する為、大きく息を吸い込んで大気に含まれる魔素を体内に取り込んだ。
胸に溜め込んだ魔素を目へと移動させ、集中するイメージで発動。強化された視力で謎の陸地の詳細を確認していく。
見た事も無いぐらい大規模かつ謎の素材で作られた港や倉庫街といった港湾施設。
漁師らの常識からは信じられないぐらい幅の水路らしき部分には、どうやって浮かんでいるのか見当もつかない鋼鉄製の大型船の姿もある。
ズラリと並んだ特大の鋼鉄製の風車と陽光を受け止めてギラギラと輝く謎の板。生半可な領主の屋敷とは比べものにならない、とても巨大な建物がいくつも並んでいるのも見て取れる。
極めつけが陸地の中心部に聳え立つ、常識外れに高く巨大な塔だ。これまた謎の素材で出来ていると思しきその塔は、おとぎ話に出てくる悪い魔法使いが君臨するという悪魔の塔も真っ青の威容でもって君臨していた。
「こりゃあとんでもないぞ……」
それ以外に表現できる言葉が思いつかない程の異常事態であった。
「今すぐ船を引き返さねぇと。この事をすぐに村の皆や領主様に知らせんだ!」
視力強化で謎の大都市を見回していた漁師が異変に気付いた。
「やっべえぞ、水路みてぇな所から何か出てきた!」
「何かって何だよ!?」
「俺に分かるかぁ! 帆も櫂も無しに凄い速さで走ってきてんぞ!」
黒塗りの船が数隻、漁師らの常識からは考えられない速度で海上を突き進む――2人が乗った漁船めがけてまっしぐらに。
「「ひいぃ~~~~!!!?」」
思わず船の操作や海に飛び込んで逃げる事も忘れて凍りついた漁師らの口から裏返った悲鳴が海上に迸る。
やがて日が完全に沈み、再び日の出を迎えてからも、原因を探りに行った2人の漁師は生まれ育った漁村へと戻ってこなかった。
……これが謎の島の人々とこの世界の住民とのファーストコンタクトだった。




