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野良犬と生存者-4




 少女は六角棗、男は遠山剣護(とおやま・けんご)と名乗った。



「六角っつー事はこの場所(ヘキサゴンシティ)を作ったとこの関係者だったりすんのか?」


「その通り、自慢じゃないけど私の実家は六角グループを支配する六角家の立派な一員なの。直系じゃなくて傍系だけどね」


「そうかいそりゃ良うござんしたね」



 紫煙を吐き出しながら適当に相槌を打つ。


 話を振ったのは兵衛自身だが、正直どうでもいい情報であった。世界有数の巨大企業グループのお嬢様という身分がこの異常な状況で何の役に立つというのか。



「自分で聞いておいて何よその言い草……ああもう、とにかく水と食料を分けてあげるから付いてきなさい。こっちもそっちに聞きたい事もあるしね。

 た・だ・し! 他に生き残ってる人達に絶対迷惑をかけるんじゃないわよ! 怪我人も沢山いるんだから、無闇に騒いだり乱暴な真似をしたら今度こそ叩きのめしてあげるわ!」


「へいへい分かりましたよっと」



 両手を上げて降参のポーズを示すと、棗と名乗った少女は兵衛に背を向けて歩き出した。兵衛もその後を追う。


 コンビニを出て改札前を横切る。ガラス張りの屋根から見える夜空へ浮かぶ月は2つのままだった。


 照明が点いては消えてを繰り返していた店内と比べると、天窓越しに差し込む月光は光量にやや劣るものの安定した明るさに覆われている。


 チカチカとちらつく店内から離れた事により、2人は兵衛が頭部に傷を負っている事に遅ればせながら気付いた。



「怪我しているのか」


「ああ、けど出血は止まってる」


「頭部の怪我は後遺症に注意すべきだ。無事な生存者の中には医療関係者も混じっているから彼に診てもらえ」


「そうかい」



 兵衛が手錠で拘束されていた時に繋いであったのは救急用のストレッチャーだった。もしかすると棗と剣護が言う医療関係者は兵衛が手錠をかけられた事情を知っているかもしれない。



(チッ、早まったか?)



 そう危惧を抱くと、そんな考えに抗議するかのように兵衛の空きっ腹が疼いた。空腹に負けた兵衛は渋々と2人の後に続く。


 歩いた時間はほんのわずかだった。棗と剣護が案内したのは改札を挟んだ先にある駅長室の扉だったのだから当然であろう。


 棗が扉を叩いた。扉の向こうから重たい物を動かす音が聞こえ、少しのタイムラグののち室内から扉が開けられた。


 2人の後に続いて兵衛が駅長室に入ろうとするとおもむろに棗が振り返る。



「駅長室は禁煙よ。そもそもさっきから気になってたけど、未成年の学生が何堂々と喫煙してるのよ!」


「気にすんな。大体よ、こんなクソみてぇな最中でモク(タバコ)の1本ぐらい吸ってなきゃやってられっかっつーの」


「このような異常な状況で心を落ち着ける為に一服するのは構わん。だが中には子供もいる。せめて子供と同じ空間で吸うのは控えてもらおう」



 仕方なく兵衛は口元のタバコを足元に吐き捨てると荒っぽく踏み潰した。流石に逃げ場のない地下空間でのボヤは彼も御免なので念入りに揉み消しておく。







 六角シティポート駅の駅長室は学校の教室程の面積を有する空間だった。


 利用客向けの窓口も兼ねているのでに対応する為のカウンターが設置されており、カウンターの向こう側は駅員用のスペースとなっている。ここの照明は若干薄暗いが点滅する事無く安定して室内を照らしていた。


 彼らが事務処理をするのに利用されていたであろうデスクや休憩用のソファーといった家具は、この異常事態へ対処すべくほとんどがスペースを空ける為に壁際に固められるか、バリケードを構築する資材として駅長室唯一の出入り口である扉のそばへと移動されていた。


 壁際に集められたデスクは物置として使われ、コンビニから根こそぎ調達した食料品が大雑把な区分に分けられて積み上がっている。


 駅員用スペースの奥にも扉がいくつかあるが、それらは駅員専用のトイレや給湯室用であって外部へは通じていない。


 室内にいる人間は10名ちょっと。男女の比率は半々で、数名の怪我人が床に横たわったり壁にもたれかかったりしている。


 負傷していなかったり、あるいは軽傷で自分の意志で動ける人間達は、棗と剣護に連れられて兵衛が室内に現れると一斉に注目の視線を浴びせた。


 一見何処にでもいそうな(ただし異様に目つきの悪くて頭に傷を負った)学生服姿の少年へと生存者らが向けた視線に籠められた感情は様々だ。


 興味、心配、安堵――中には負寄りの感情も含まれている。特に色濃いのは諦観混じりの絶望の感情だ。兵衛は敏感に感じ取った。



「彼はどうしたんだ?」



 そう尋ねたのは、1つだけ作業用として利用すべく壁際に寄せられずに残されていたデスクに向かう体格の良い男性だ。


 救急隊員の格好をしているので、彼が剣護の言っていた医療関係者なのだろうが、大柄な体格といい腕まくりされた救急服から覗く両腕の膨らみ具合といい、どちらかといえば重量級の格闘家かスポーツ選手と言われた方がしっくりくる外見である。


 もしくは軍人、それも最前線で活躍する兵隊か。


 救急服は赤黒いシミに汚れ、厳めしい顔には疲れが浮かんでいたが、他の生存者に比べると暗鬱さは薄い。強固な意志と決意の持ち主である事がまなざしと雰囲気から読み取れた。



「地下通路の方から逃げてきた新しい生存者だ。頭に怪我をしている。診てやってくれ」


「頭部か……分かった。そこのベンチに腰掛けてくれるかな」



 とりあえず言われた通り扉近くに設置されていた待合客用のベンチへ腰掛ける兵衛。すぐ横では動ける生存者がデスクや棚を積み上げて扉を塞ぎ直していた。


 救急隊員姿の巨漢が足元に置いてあったオレンジ色の救急バッグを手に兵衛の下へやってくる。


 カウンター内から出て陰に隠れていた腰から下が見えるようになった事で、巨漢が命を救う職種の人間らしからぬ装備を身に着けているのが露わになった。


 ――レッグホルスターに収められた拳銃。


 腰にも制服警官用に警棒や無線機、手錠を携帯する為に使用するデューティーベルトを巻いていた。


 バックヤードで発見した装備類を持ち去られた警官の死体を自然と思い出した。ただしレッグホルスターとの干渉を嫌ってか、腰のベルトから拳銃ケースは外されている。


 兵衛の視線に合わせる形でしゃがみ込んだ巨漢の左胸に名札が付いているのが見えた。


 雑賀三六(さいが・みろく)、というのが巨漢の名前らしい。



「君、自分の名前は言えるかな」



 胸元からペンライトを取り出しながら三六が尋ねる。



「武名兵衛。先に言っとくが俺が覚えてるのはそんだけだ。後は綺麗さっぱり頭ん中から吹っ飛んじまってなーんも思い出せねぇんでね


「何それ、アンタ記憶喪失って事?」


「そーいうこったな」



 半信半疑の目で棗が兵衛を見た。わざと真面目くさった表情を作って首肯する。



「一時的な記憶の混濁……? よし武名君、このライトを目で追ってくれ。めまいや頭痛、吐き気はないかい?」


「たまに頭の傷が痛むのと猫の餌を食うか迷う程度に腹が減ってる以外は元気だぜ」



 コンビニで見つけた猫用の缶詰はちゃっかり学生服のポケットに確保済みだ。それなりに重量があって金属製の容器なので、鈍器代わりに使えなくもない。



「何でも今日になるまでずっと意識を失ってたそうよ」



 兵衛と棗の発言を聞いた三六は後ろを振り返ると「誰か彼の分の食事を用意してあげてくれ」と声を上げた。



「血は自然に止血、傷そのものは骨までは達していない。骨の損傷もないが、4日近く昏睡状態に陥っていた上に記憶の混濁がみられる程のダメージを頭部に受けたとなると、本来は病院での精密検査が必要なんだが……」



 あいにくここは地下駅の一画。CTだのMRIといった精密検査用の機材がある筈もなく、設備がある地上の病院に運ぼうにもシャッターとゾンビという障害が阻んでいる。


 ペンライトを使いながらの簡単な視診・触診を経て巨漢の救急隊員が出した結論と処置は、経過を見つつ傷口を消毒しガーゼとテープで傷口を保護という必要最低限の内容であった。そもそもこの状況ではそれで精一杯だ。





 ともかくこうして兵衛は生存者らとの合流を果たしたのである。




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