1話
帝国カース・デプス。崇高なる皇帝ノア・アルクスによって治められるこの国は雄大なる活気を誇っており、生息する国民は多大の慈愛を持ち合わせ、寛大な優しさに満ち溢れている。近頃は国一色が平和そのもので、治安も他の国に比べて最高クラスで整っている。
そんな素晴らしい環境が揃っている国で労働したい人間は数多く存在し、俺が志望する宮廷の番兵にも定員は50人だというのに600人以上が応募している始末だ。倍率は脅威の12倍。受かるのはまさに至難の業といったところだろう。
ちなみに俺が産まれてからずっと生活している村エンプティは、帝国から約30km以上離れている。人口は200人程度で、お世辞にも賑わっているとは言い難いごく普通の村だ。俺はこの村で両親と妹と4人で生活している。別に不自由があるわけではないが、帝国のほうがなにぶん給料が高いので親孝行も兼ねてひとっ稼ぎしたいというのが目的だ。通勤するわけにも到底いかないので帝国に移り住むつもりだが、果たして仕事が見つかるのか……。迷っていても仕方がない。面接は5月下旬と明記されていたことだし、今現在は4月12日。1ヵ月以上猶予があるんだから、しっかり準備して本番に挑むしかないか。
そして約1ヵ月後の5月21日の朝。玄関で念入りに靴紐を結ぶ。こけたらいやだしな。
元から兵士を目指していただけの事はあって、剣捌きには結構自信がある。鍛練も怠らず努力してきたので、後は本番で力が発揮できるようにするだけだ。
「お兄さん。今日からもう帝国に出発しちゃうんですよね」
妹のリリィ・ルガイド。昔っから仲が良く、何かと俺に優しくしてくれる素直な子だ。
「おう。朝から緊張しっぱなしだぜ」
「ははは、大丈夫ですよ。1ヵ月も前から頑張ってたじゃないですか」
へー、見ていてくれたのか。そう言ってもらえると心強い。そうだ、俺は大丈夫。多分。
「移動に2、3日かかるからな。ちゃんとたどり着くかどうかの方が不安かもしれん」
「えぇっ!?」
あぁ、しばらくこの村ともお別れか。移動も合わせて往復8日といったところか。面接は2日連続で行われるらしいし。
「まあ、とりあえずやれるだけの事はやったと思うし、何とか頑張ってみるわ」
「お兄さん、ファイトです!」
妹の声援によりやるき度20up。
「あ、そういえばお兄さん」
「ん、どうした?」
「私朝からお弁当作ってたんですよ」
それは有難い。ばんばん金使ってたら途中で尽きて餓死も有り得るからな。
「ありがとう。列車で食べることにするよ」
「はい。しっかり自分の力を出しきって頑張ってくださいねっ!」
そろそろ行くか。現時刻7:22分。家から駅まで徒歩5分で、列車は45分発だ。そこそこ余裕があるが、油断は禁物。途中でトラブルに巻き込まれる可能性もあるし、早めに出るのが定石だろう。
「じゃ、いってきまーす」
「いってらっしゃいっ!」