牙王猛進
牙王猛進
あれから二週間ほど経った。二日間立て続けの激闘が夢だったかのように、平穏な日々が続いていた。あれからというもの、機械屍の反応も一切なかったのだ。
しかし、陽真たちは立ち止まらなかった。陽真はほぼ毎日エデンガード基地に出向き、騎導獣の戦闘教練に励んでいた。これは陽真自身が必要と感じ、行っていた。
エデンガードの施設最下層には広大な地下空間があり、ここならサラマディオスが何十体いたとしても、狭いと感じないだろう。
強化ガラスで仕切られた高い位置の小部屋に、陽真たちがいた。
「よし、サラマディオス。掌に炎を集めるんだ」
がらんどうの空間に、サラマディオスだけがいる。戦人態のサラマディオスは指示通りに纏った炎を右手のうえに集める。
「……今だ‼」
号令と共に、サラマディオスは掌を前に向ける。蓄積された炎が一直線を描き、彼方へと飛んでゆく。
「――完成だ!」
陽真は喜びの声を上げる。同室にいた西ヶ丘・北咲の両名も同じだ。
今はここで、いわゆる〈新技〉の開発を行っていた。基礎訓練だけではなく、サラマディオスの新戦法の開発も、これからの戦闘には必要なものだからだ。
「凄いっス! 炎が! ばーって!」
「これは驚いた。たった二日で技を練り上げるなんて」
興奮するハクと冷静な北咲。対照的だが、同じく驚いているようすだ。
「北咲さん、今のはどうでしたか?」
「熱量も申し分ないし、これなら実戦でも問題なさそうだ。改善点があるなら、チャージの時間短縮くらいかな」
「じゃ、次は名前を決めるっス」
「名前って、いまの技のですか?」
「モチロンっス‼ 名称が『腕からの火炎放射』とかじゃ、カッコつかないっスよ。それに名前があったほうがイメージしやすい。つまり、早く行動に移せるって事スよ」
ハクの言う事ももっともだ。イメージを受け取ることによって騎導獣は行動するのだから、待機時間を短くすれば、こちらが有利になるのだ。
まして実戦ならば、生死の分け目ともなり得るのだ。
「と、言ってもなあ……」
「じゃ、オレがつけてもいいっスか?」
ハクが自信満々に陽真に問う。
「それならお願いしますよ、ハクさん」
「そうっスねぇ……、《強炎槍》はどうスか? 『強い炎の槍』ってコトで」
「《強炎槍》か……よし、それにしましょう!」
かくして、サラマディオスの新技は、「強炎槍」と名付けられた。
「陽真君、サラマディオスも喜んでるみたいだよ」
「――お前も嬉しいか?」
ガラス越しに陽真が声をかけると、サラマディオスは嬉しそうに吠えた。
次の日。昼休みの校舎の屋上。
いつもの如く、陽真は昼食のパンをかじる。
「うーむ……」
しかし、陽真の脳内は新技の案でいっぱいだ。
(あの炎をどうにか活用できないか……?)
「おーい、ハルマー」
(射撃に使えたんだから……)
「……陽真くーん?」
(いっそ格闘に転用するか……)
「……竜杜陽真――――――ッ‼」
「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ あ、明! いきなり大声出すな!」
「もう三・回・目!」
明の絶叫により、陽真は我に返った。それほどまでに陽真は没頭していた。
「まったく……。最近の陽真、ヘンだよ」
「そ、そんなに変、かな……?」
「そーだよ! あの日、ドラゴンの写真見せてからの陽真、よく考え込むようになった。前はそんなの全然なかったのに」
「き、気のせいだって……」
「むう……」
どうにか、乗り切れたようだ。
「……それより、俺を呼んだってコトは、まーた変なゴシップでも拾ってきたのかよ?」
「ご名答」
「…やっぱり」
相も変わらず、明は自慢げにゴシップトークを始める。陽真自身、この間までは「また始まったか」と思いながら笑い話のように聞いていたが、先のドラゴンの写真の件もあり、タダの冗談と取れなくなっていた。
「で、今回はどんな話だ?」
「チョット待ってネ。えっと……あ、コレコレ」
明は慣れた手つきでスマートフォンを操作する。そして、画面にこう表示された。
神園町に潜む、巨大な影! 人類滅亡のカウントダウンは近い!
「なっ……‼」
驚いて当然だ。これはゴシップなんかじゃない、事実なのだから。
「明、コレって…?」
「うん、先々週のあの事故のことだよ。」
あの事故――陽真がサラマディオスと出会った、あの夜だ。
その夜の出来事はエデンガードの情報統制により、大規模な交通事故として報道された。エデンガードとしては騎導獣や機械屍を公にして、無用なパニックを起こしたくない、というのが目的だという。陽真も詳しく知らされてないが、「穏健な口封じ」とやらをしたらしい。
「わたしもあの時は避難してたからよく見えなかったケド、相当な被害だったみたいね。幸い、死傷者もあまりいなかったようだけど……」
「あ、あれだけデカい事故だったからな……」
実はあの場にいました、などとは言えるはずがない。陽真はどうにか誤魔化すだけだ。
「で、その事故のことなんだけど……じつは『怪物』の仕業、かも知れないって」
「……は?」
「怪物よ、カ・イ・ブ・ツ‼」
「カイブツ、ねぇ……」
「ここによると、記録には残せなかったけど、巨人を見た! って目撃証言が多数あるんだって。なかには『竜と巨人が戦っていた』なんていう人もいるとか」
「へぇ~、竜か……」
明のほうか、このサイトのほうか。妙に鼻がよくて困りものだ。
「……で、陽真」
「な、なにか?」
「……もしかして、何か知ってる?」
「え?」
すごくイヤな予感がした。これ以上の答弁は、自殺行為になり兼ねない。
興味津々(きょうみしんしん)で目をキラつかせている明は、もう止まらない。
「お、俺は……何も知らない。ただそれだけ、だ」
「……あやしいなー」
「あ! 次は移動教室だろ? はやく準備しなきゃ!」
どうしようもなくなり、陽真は一目散に逃走。
これ以上明に隠せるかどうか、陽真は正直不安だった。
その日の放課後。陽真はどうにか明に見つからずに下校できた。
明の性格上、興味を持つとドンドン食いつくが、他に興味が向くとコロッと変わる。陽真にできるのは、明に早く別の興味対象を見つけてもらうのを願うだけだ。
「さすがに……尾行は、ないよな」
自分の後方に明がみえないことを確認し、ホッと一息。
付いて来ようものなら、エデンガードへは出向けない。
どうにか警戒しながら町へ、日動研のエデンガードへと進路をとる。
そんな時、
「だ、誰かぁ!」
「引ったくりだ!」
陽真の右から悲鳴が上がる。その方角から黒っぽい服の男二人組が自転車で突っ込んでくる。自転車で二人乗りをする男たちがこちらへ迫ってくる。
「――くそっ!」
陽真の性分、放っておく選択肢はない。
陽真の前を通り過ぎる寸前。陽真は道端に捨てられたビニール傘を手に取り、力いっぱい振り回した。すると自転車の男に命中、バランスを崩して盛大にすっ転ぶ。
しかし、男たちは予想よりしぶとく、自転車とひったくった鞄をその場に捨て、一目散に走る。その速度は自転車の時より速いんじゃないかと思えるもので、陽真には到底追いつけない速度であった。
陽真はそのまま全力疾走で追いかけるが、差は開くばかりだ。しかし……、
「待てえーい!」
2人組の進路上に、作業服姿の巨漢が立ちはだかった。
2人組がその大男を通り過ぎようとした、その瞬間。
「止まれ……ぇ!」
大男が二人を掴み、高々と持ち上げたのだ。
「ドっ……せいっ‼」
そして、掲げた男どもを、そのまま放り投げた。
悪党もこれで諦めたようで、立ち上がる気力もないようだ。
「これに懲りたなら、悪事なんか二度とするな!」
その後、ようやく陽真が追いついたときには全て決着がついていた。
陽真は肩で息をしながら、助力してくれた大男に礼する。
「手助け……ありがとう、ございます」
「ハハハ、お安い御用だ」
被害者の男性も無事に鞄を取り戻せたようだ。
「御二方……本当に、ありがとう」
「さっきは、ありがとうございました。俺だけじゃ逃がしてた……と思います」
公園のベンチに腰掛け、陽真は先ほどの大男に改めて礼をいう。
「さっきも言ったろ。お安い御用だって、なっ。」
自販機の前から、缶ジュースをパスする。
「オレは源悟、十賀源悟だ。何でも屋やってんだ」
「あ、俺は竜杜陽真です」
「おう。ま、そのジュースはオゴリだ。遠慮なく飲め!」
源悟と名乗った大男は、ベンチにドカッと座り、ペットボトルの緑茶を飲み干す。
「陽真……だっけ。さっきのスイングはナイスだったぜ」
「こっちこそ、十賀さんに助けられましたよ。」
「そこはお互い様……って事だ」
「――そういえば、十賀さんはこの辺りの人なんですか?」
陽真はアルミ缶のプルタブを開け、源悟に問う。
「ああ、神園産まれの神園育ち。何でも屋は――――去年あたりから、だ。昔っから『人の助けになりたい』って思ってて、将来もそうしたいって考えてたんだ。けど、オレ馬鹿だから大学もいけなくてさ。それから色々とやって、今のオレなりの答えが、この何でも屋なんだ」
源悟はかつての自分を思い出し、微笑んでいた。
そんな彼の顔は輝いていて、先ほど会ったばかりの陽真にもわかるほどに「心優しいひと」と感じられるような、そんな雰囲気だった。
「じゃあ、十賀さんはこの町のヒーロー、みたいな人なんですね」
「……実際は、『雑用屋』のほうが近いかもな」
二人は意気投合し、楽しく語らった。
そして、数分後。
「おぉ、もうこんな時間か。悪ぃな、つき合わせちまって」
「いえ、別に急いでる訳じゃないですから」
「詫びといったらナンだが、オレの車で送ってってやろうか?」
「いえ、いいですよ。大して離れたとこじゃないですから」
「――なら、無理強いはしねぇ。ここでお別れだ」
「はい。――あ、十賀さん。ジュース、ごちそうさまでした。」
「いいってことだ。お互い、縁があったらまた会うかもなー!」
源悟は手を大きく振り、あっという間に遠くなっていった。
「……面白いひとだったな、十賀さんって」
一気に静まり返った空気の中に、陽真はひとり佇んでいた。
彼――十賀源悟という男は、不思議な存在感のある人物だった。
エデンガードの施設への入り口は神園町内にいくつも存在する。普通の町なみに偽装し、いくつも点在している。
ゲート内には移動装置があり、そこから日動研地下の本部へ移動できる……といった仕組みだ。それは地下鉄やケーブルカーをかなり小さくしたようなもので、町中から本部の入り口へとまるで蜘蛛の巣状に敷き詰められている。
陽真はいま、そのひとつに乗っている。デパート地下の電話ボックスから入り、三分も待たずに本部の入り口――通称「ターミナル」へ到着する。
無論、この装置は一般人には使えない。エデンガードの隊員・職員のみが存在を認知し、利用できる。正式入隊したわけではない陽真には仮のIDが交付されているため、通常と同じく利用できた。
ここ二週間ほど通いづめだった陽真には本部の道筋をある程度覚えていた。慣れた足取りで今日もいつもと同じく地下五階・司令室直結の待機室へ向かう。
待機室。明るい色調の壁や家具、観葉植物やら水槽まであって、大きな家の居間やホテルのロビーにも似た雰囲気だ。司令室のメンバーは一日中司令室に籠りっきりではなく、度々ここでくつろいでいるのだ。
今日も陽真が入ってくると、ノートパソコンを前にしたハクと資料に目を通す戌門がいた。
「やあ、陽真くん。いま学校の帰り?」
「こんにちは。戌門さんがここにいるなんて、珍しいですね」
「今日はチョット、予定があってさ。」
戌門は陽真が本部へくるときは、滅多に待機室にいない。彼はよく司令室や格納庫に行ったり来たりで、陽真が訪れる午後三時以降にここにいることは稀だった。
「予定……ですか?」
「うん。実は騎導士が一人、帰ってくるんだ」
「騎導士……ってことは、海外に行ってたっていう……」
「そ、その通り。君にも紹介しようと思ってね」
「でも、非正規隊員には騎導士は秘密じゃなかったんですか?」
「その件は先程、OKをもらったよ。審議の結果、陽真くんへの公表は可能になったって」
「――ありがとうございます」
「……まあ、彼の性格上、隠し事はしないと思うけどね」
噂をすればなんとやら。話題の人物が入室してきた。
「只今戻りましたー!」
「――長旅ご苦労」
その時、陽真はふと彼の顔を思い出す。その声は、彼の声と瓜二つ――――もとい、同じだったからだ。
「なあ、戌門。噂の騎導士は今日来てんのか?」
「うん、そこに座ってる――赤い服の」
ほう、と返答した声の主が、こちらへと歩み寄る。
「お前が噂の――って、陽真じゃねえかよ」
「……また会いましたね、十賀さん」
「紹介するよ。彼がエデンガード所属の騎導士――十賀源悟だ」
「ははははは! よろしくな」
大きな手で、陽真とガッシリ握手する。いかにも力強そうな掌だ。
「しっかし、『縁があったら』なんて言ったそばから再会たぁ、たまげたぜ」
「? 源悟、君は陽真くんと会ってるのか?」
「つい先ほど、町中でな。陽真と共に悪党をとっちめたばかりだ」
「ひと月ぶりの日本で、大変だねえ」
自信満々な笑顔を見せる源悟。その横で呆れ笑う戌門。
「前に戌門さんから聞きましたけど、十賀さんはしばらく海外に?」
「そうだ。ロシアとか中国の山奥とか……けっこうキツかったぜ」
「機械屍は各地に出没するからね。僕たちが度々海外に依頼されて、援護しているんだ」
「なるほど……」
「そういえば……源悟」
「ちゃんと……ここに」
源悟はリュックから「何か」を取り出す。片手サイズの立方体ガラスケースの中に、液体と金属の破片が入っている。
「十賀さん……これは?」
「――機械屍の破片だ」
いわれてみると、金属の色合いが似ている。
「まったく、ロシアのおっさんは注文が多かったぜ。こっちは戦闘中だってのに破片が、破片がーって」
「でも、これのおかげで、重要なデータが手に入るんだ」
見てくれは、何の変哲もない金属の破片にしか見えないが、これの存在で人類の明暗が変わるかもしれない。それ程のものだろう。
「じゃ、源悟。これを博士のとこへ持ってってくれ」
「……それ、マジでいってんのか?」
「勿論」
その一言で源悟のテンションが下がっていくのを陽真は感じ取った。
「そうだ、陽真くん。君はまだ博士に会ったことないだろう? なら源悟と一緒に行っておいでよ」
「博士、ですか。……どんな方なんですか?」
「まあ、行ってみればすぐにわかるよ」
「博士」の研究室は地下八階のフロアにあるらしい。
陽真は源悟と一緒にその研究室へと向かっていた。
「……なあ、陽真。博士には気を付けた方がいいぜ。よくイカレた人間を『頭のネジが抜けている』っていうけど、アイツは『頭のネジ穴ひとつに何本もネジを詰め込んでいる』って感じの変人だ」
「まさか……」
陽真は源悟がからかって冗談を言っている、と思っていた。この時までは。
「着いたぜ」
足を止めたところには、司令室と同じような大扉と、「特別研究室」の文字。
ここが目的地のようだ。
陽真は、その得体の知れない部屋へ足を踏み入れる。
そこは、ただ一言「カオス」と表せる空間であった。
乱雑に精密機器が配置され、ところどころにホルマリン漬けの生物標本が並び、雑誌やら缶詰が床から天井まで積まれている。さらには玩具とかも転がっていて……はっきりいって異常な光景だ。
「……うわあ」
「相変わらず、ひでえ景色だ」
二人とも唖然とするのは当然であろう。
「おぉーい、博士―。例のブツ持ってきましたよー……と」
いかにも嫌そうに源悟が呼ぶ。
「――やあ、待ちかねたよ」
突然背後から声がした。驚き振り返ると、そこには男が立っていた。
「……どうしてアンタはいつもいつも後ろからでてくるんだ、博士!」
「愚問だね。面白いからじゃないか」
ボタンを全部留めた白衣を着たその男が、「博士」とやらなのだろう。
すると、白衣の男が陽真の至近距離へ接近する。
「――初めて見る個体だ。見たところ日本に生息するタイプか……」
「あ、俺、竜杜陽真、と、言います……」
ジロジロと見られ、陽真はどうも落ち着かない。
「タツモリ・ハルマ……あー、君か。最近話題の新入り騎導士というのは」
「あなたが、博士……なんですか?」
「如何にも。私の名は人呼んでドクター・グレムリン。敬意を込めて『博士』もしくは『ドクター』と呼んでほしい」
「はい、そうします……」
さっき源悟が言っていたことは、あながち間違っていないようだ。
「それにしても、キミはなかなかに面白そうだねえ。あの赤き騎導獣とのコンビネーションは上等な芸術のようだったよ。それに、あそこまでの速さで変異までモノにしてしまうとは……この先が楽しみでならないよ。そうだ、今度キミの脳波をスキャニングさせてくれ。いいや、それだけじゃない。DNA、血液、その他に――――」
「わかったわかった! データやらは後にしてくれ。こっちはコレを届けに来たんだよ!」
「……これは失敬、源悟氏。」
ドクターは源悟から機械屍の破片を受け取ると、早急に装置に組み込む。赤・黒・青・黄・緑・白……様々な色のケーブルがひしめき合う中でドクターは淡々と手順をこなす。その動きを見る限り、科学者としての腕は相当なようだ。
陽真と源悟には何をしているのか――そもそも、この機械群の使い方すら到底理解できなかった。
「――これでセットは完了した。あとは結果が出るまで待機……と。その間にこちらを……」
「あの、博士。これは何を……?」
「ダメだ。ああなった博士はもう何も聞いちゃいねえよ」
陽真たちをほったらかしに、博士は機械操作に没頭する。
「じゃ、オレたちも戻るか……」
ピピピ……ピピピ……ピピピ……
「? 十賀さん、これは……?」
「あ、通信か……」
源悟が通信機をとると、戌門が連絡を伝えた。
『源悟、陽真くん。一度こっちへ戻ってきてくれ』
「おお、言われなくても戻るとこだよ」
『なるべく早めに来てくれ。――機械屍の反応だ』
「‼ 機械屍か……!」
「急ぎましょう、十賀さん」
二人は博士と研究室を後に、司令室へと向かった。
機械屍の反応をキャッチした司令室では、緊急のブリーフィングが行なわれていた。
「ハク、マップを」
「ハイっス」
テーブルに地図を出力する。日本の、関東地方のあたりだ。
「いま確認された機械屍は東京都から南南東の無人島で感知されたッス。地上に出るタイミングは推定で本日二十時前後。直進した場合、およそ五時間ほどで日本列島に上陸することになるッス」
「司令、作戦は?」
「もちろん、迎撃だ。奴を島内から一歩も出さずに無力化する」
「了解!」
「聞いたね、陽真くん、源悟。僕たちのやることは機械屍の出現位置へ向かい、それを倒すことだ。今回は前の戦いのような状況を想定し、二体の騎導獣でポイントへ向かう」
「聞いたぜ。あの機械屍どもが数で攻めてきたんだってな」
「うん。今回もまた複数の機械屍との戦闘になるかも知れない。それに、不測の事態に備えて、一体はここで待機とする。」
「では、メンバーはどうするんです?」
「今回、僕とケルべラグはここで待機する」
「え……⁉ 戌門さんが待機?」
「そう。無人島のほうへは陽真くんのサラマディオスと、源悟のベヒモッドにお願いしたい」
「ベヒモッド……十賀さんの騎導獣ですか」
「おお、オレのベヒモッドは動きは少々のろいが硬さとパワーは自慢だぜ!」
「それに……源悟、ベヒモッドは水中戦もできたよね?」
「ああ、そうだ」
「……それが理由さ。」
戌門は無人島の地図を広げる。
「ご覧のように、ここはあまり広くない。だから、地上より水面での戦闘が想定される。僕のケルべラグではこの狭い地上と水中では真価を発揮できない。だけど、飛行可能なサラマディオスと水中でもデメリットのないベヒモッドがこの作戦では適任だと、僕は判断したんだ」
「なるほどな……」
「陽真くん、源悟、この作戦……やってくれるか?」
「はい、もちろん!」
「上等だ! 機械屍なんざ、ぶっ壊してやる‼」
「ありがとう、二人とも……。頼もしいよ」
「――よし、作戦開始だ! 西ヶ丘・南乃は司令室でスタンバイ。戌門はここで待機。陽真君と源悟は出撃準備急げ!」
「――了解!」
東の号令が司令室に響く。熾烈な戦いが――また、始まろうとしていた。
時刻は十九時五十分前後、陽真と源悟、そしてサラマディオスとベヒモッドは孤島にて待ち構えていた。
「……あと十分ほどか」
「珍しいですよね、機械屍の出現を待ち伏せるなんて」
「いいや、お前の来る前はこっちが普通だった。珍しいのは最近みたいに突然出てくる方だ。とりあえず……少し休憩だ」
陽真たちは騎導獣から降り、木々の中で身を隠していた。
「初めて見ましたけど、これがベヒモッドですか……」
陽真の横には、騎導獣が鎮座していた。サラマディオスに並ぶ巨体の騎導獣――それが源悟の騎導獣、ベヒモッドだ。
水晶体の色は黄色で、その外見は大型の陸上生物のような丈夫そうな肢体を持ち、一本の角と巨大な牙と顎を持ち合わせている。言うなれば、サイとカバとゾウの融合体といえる。
神話でいわれるベヒ―モスのような姿だ。
「コイツがオレの相棒、一心同体のパートナーだ」
「どことなく、十賀さんと雰囲気が似ていますね」
「ハハハ、よく言われてる」
乾パンをかじりながら、陽真たちは束の間の休息を満喫する。
「――十賀さんは、どうして騎導士に?」
「……人の力にも、限界ってのがあったからだ」
深刻な顔で、源悟は語る。
「前に一時期、世界中を旅しててさ。そん時に一度だけ、機械屍と遭遇したんだ。一般人のオレなんかじゃ太刀打ちなんかできなくって、逃げるのに精いっぱいだった。あの時は小さな村にいたんだけど、ヤツのせいでほぼ壊滅した。」
「壊滅……」
「その時に、オレは思ったんだ。人を助けたいなら、戦わなきゃいけない時もある。守るだけじゃ、守れないものだってあるんだ、って」
「……」
「その機械屍はすぐ後にきた騎導獣によって破壊された。その時に来た騎導士に頼みこんで、どうにかオレはエデンガードに入った。それから騎導士の特訓をして、それから半年くらい――今から一年近く前に、やっとベヒモッドと出会ったんだ。あの時は嬉しかったなあ……」
「それから、何でも屋も始めたんですか?」
「そうだ。戦い以外でも人を助けたいと思って始めたのが、あの何でも屋なんだ。オレにとっちゃ『騎導士』も『何でも屋』も、オレなりの人助けのカタチなんだ」
「それが……昼にも言ってた十賀さんなりの答え、なんですね」
「まあな」
やはり、この十賀源悟という男は、真に優しい人間なのだ。そう陽真は実感した。
ピピピ……
出撃前にも聞いた、通信機の音だ。
「はい、こちら陽真」
『……陽真クン、源悟クン、聞こえる?』
「はい、問題はないです」
「こっちもオッケーだ」
『そろそろ時間よ。警戒して』
「――はい」
「……来やがったな、鉄屑野郎!」
時刻、十九時五十八分四十二秒。――――その時が、来た。
突如、島の地表が揺れる。それと同時に地面に亀裂が走り、巨大な影が這い上がる。
――――機械屍だ。
「機械屍、目視確認しました」
『二人とも、敵の増援を考慮して、エネルギーの消耗に気をつけてくれ』
「了解です、戌門さん」
機械屍はゆっくりと足を上げて、歩みを始め、想定通りの方角へ進み始める。
「陽真、サラマディオスを回り込ませろ。先手はオレが行く!」
「――任せます!」
陽真は即座に機械屍の進行方向へとサラマディオスを飛ばす。それと同じくして、ベヒモッドは正面へ突撃する。
「ぶちかませぇ!」
「グオオオオオオオオオ‼」
ベヒモッドは地鳴りのような咆哮とともに、機械屍に衝突する。島の空間に大音量の金属音が響き渡る。
共に、機械屍の巨体が、宙を舞った。
「陽真、今だ!」
「……よし! サラマディオス、撃ち落とせ!」
「ガオオオオオ!」
向こう側に位置するサラマディオスの火炎弾が、虚空の機械屍を狙い撃ちにする。容赦のない連撃に、機械屍にはなす術などなかった。
「ようし、落ちてこい!」
そのまま自由落下する機械屍。だが、真下にはベヒモッドの鋭い牙が待ち受ける。
その牙は、機械屍の身体をたやすく貫通した。ベヒモッドの象牙のような牙は機械屍の中心を捉え、突き立っていた。
「……これで一体」
貫通部分の穴か全身にヒビが入り、自重に耐え切れなくなった機械屍の身体は、ベヒモッドの頭上でバラバラに砕け散った。
これだけ簡単に機械屍を破壊した事実こそが、ベヒモッドの力量の証明であった。
「一撃で、貫通なんて……」
「陽真! もう一体来るぞ!」
「え⁉」
「ベヒモッドの鼻はよく利くんだ。……次、デカいのが来るぞ」
『……その通りよ、レーダーも巨大な反応を感知したわ』
「それなら……!」
「ああ、……来るぞ!」
先程以上の地震と共に、新たな機械屍が出現した。外見は変化のない通常タイプだ。しかし、サイズが異なっていて、目測で通常の機械屍五~六体分の質量はある。
『また……新型ッス‼』
『やはり、複数の出現か……‼』
『未知のタイプよ! 二人とも、細心の注意を!』
「で、デカい……!」
「気圧されるな陽真! デカくたって同じ形なら、対処は同じだ!」
先ほどと同じく、ベヒモッドは突撃する。またしても巨大な金属音が響くが、結果は違った。
「な……に?」
確かに、ベヒモッドの突進は命中はした。だが、巨大機械屍には傷一つつかなかった。ただ大きくなっているだけじゃなく、硬度も増していた。
「十賀さん、避けて!」
「――――――くそっ!」
停止したベヒモッド目がけ、巨大な拳が迫った。拳はベヒモッドの横腹に入り、ベヒモッドは真横へ吹っ飛び、海岸線のあたりまで押し出された。
「だ、大丈夫なんですか⁉」
「……なんとか、な。ベヒモッドの頑丈さに助けられたな」
あれだけの威力で吹き飛ばされたにもかかわらず、ベヒモッドはしっかりと立っていた。
「……よし、陽真。戦人態で一気にやるぞ」
「解りました。――――サラマディオス、変異だ!」
「ベヒモッド、お前も本気だせよ!」
号令と共に、二体の騎導獣は戦人態へと変異を行う。
両騎導獣ともに、瞳は闘志で満ち溢れていた。
「陽真、オレに名案がある。」
「わかりました、乗りましょう!」
巨大機械屍は、のしのしと騎導獣たちに迫る。
「……わかったか、陽真」
「……はい!」
相談を終え、「名案」を実行に移す。
「サラマディオス、飛べ!」
先行するのはサラマディオスだ。サラマディオスは爆炎を浴びせつつ機械屍の真上に飛び、そこで静止する。サラマディオスを対象に定めた機械屍は、光線を放った。
(来た……!)
機械屍の怪光線を、ヒラリと回避。光線は空へ消える。どうやら大きくなった分、余計に速度が落ちたようで、光線の予備動作もかなり時間がかかっていた。放ったところで、その光線は今のサラマディオスには余裕で回避できた。
空中で囮になるサラマディオスとそれを狙う機械屍。機械屍の意識は、完全に空のみに向いていた。
「――今です!」
「よっしゃ!」
注意がおろそかになってる機械屍の片足を、ベヒモッドはガッシリと掴む。
「んなくそぉー!」
そのままベヒモッドは前進し、機械屍のバランスを殺す。片足をとられた機械屍はその巨大な体躯を地表に打ち付ける。機械屍が転げ落ちたのは海岸線の砂浜。立ち上がろうとするも機械屍はその重みにより、ズブズブと砂の中へと沈んでゆく。機械屍の身体は浅瀬へと埋まり、満足に動くことすらできなくなっていた。
「よし、まんまとかかった!」
これこそが、源悟の「名案」であった。
「最後の仕上げだ!」
ベヒモッドは唯一水面に出た機械屍の頭頂部に乗り上げる。そして、自らの固有武装――――身の丈ほど長さのある大槌を取り出した。
「――――どっせい‼」
ベヒモッドは大槌を振り下ろし、機械屍の頭頂部を何度も叩く。すると、徐々にその強固な装甲にヒビができ始めていた。
「――陽真! 一発決めてやれ‼」
「はい!」
サラマディオスは機械屍の真上に陣取る。
(このチャンス、見逃せない……! なら――――コレだ‼)
サラマディオスは右手に巨大な火の玉を作り出し、エネルギーを集める。それを感知したベヒモッドは手を止め、後退する。
「いけぇぇぇ‼ 強炎槍だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
瞬間、サラマディオスの右手の炎エネルギーが凝縮され、閃光となってヒビの中心めがけて直進、機械屍を天辺から貫いた。
上部から火炎を叩き込まれた機械屍は、全身からまばゆい光を放ち、大爆発を起こす。
禍々しい巨体は跡形もなく粉砕し、轟音とともに消し飛んだ。
「……やったぁーーーーーー‼」
「機械屍反応、消失確認。後続反応、検知なし。……お疲れ様」
戦闘が一息つき、司令部も胸をなでおろす。
「……また、あの少年に助けられたな」
「はい。ですが……」
「やはり、気になるのか」
「はい。ここ三回の機械屍の行動は、それまでに例のないモノばかりです。戦闘中の突然変異、集団行動、大型個体、それに――この短期間での異常な出現数……。どれも異質です」
「うむ。何かが起きているのかも知れんな……」
特別研究室。
ドクターは小型モニターで今回の戦闘のチェックをしていた。
「ふふふ……やはりサラマディオスは素晴らしい。これで実戦三回目というのだから――――まったく、面白過ぎる……!」
モニターをOFFにし、またしても研究に没頭する。
(あの機械屍……もしかして、彼の……? これは、更に面白くなりそうだ)
無人島。あれだけの爆発があった後とは思えぬほど、島は静寂に包まれていた。
「お疲れさん、陽真」
「どうも。……十賀さんの名案のおかげですよ」
二人は腰を下ろし、喉を缶飲料で潤す。
「――陽真、お前はどうして騎導士になった?」
「……俺は、甘い覚悟となりゆきでオラクルデバイスを手にして、偶然サラマディオスの騎導士になっただけかも知れません。でも――誰かを護りたいという気持ちは嘘じゃありません。あの時、みんなを護りたい、誰も傷つけたくないって思ったのは本当です。だから、俺はそうするために騎導士になった。――それが、あのとき俺が出した『答え』なんです」
「……なるほど」
源悟は、ぽんと陽真のあたまに手を置いた。
「おまえの覚悟、気に入ったぜ」
「……ありがとう、ございます」
『二人とも、早く基地に帰投しなさい』
「……よし。陽真、帰るか」
「そうですね。南乃さんに怒られますよ」
二人は互いに騎導獣に乗り、神園町へと帰って行った。
(陽真、おまえはあの『答え』が出せただけ、十分立派な人間だよ)
翌日の朝。日常はいつも通りに訪れる。
昨日は床に就いたのが零時以降だったため、陽真は寝不足のままの登校だ。
「ああ、眠い……」
アンニュイな陽真の事など知らずに、後ろからは平常運転の大声。
「おっはよー、ハルマ!」
「おう、明か。」
「『おう』ってなによ。『おう』って」
「頼むから、朝は静かにしてくれぇ……」
明から逃げる陽真の前に、白い車がクラクションを鳴らす。
「おう、陽真じゃねーか」
「あれ、十賀さん⁉」
「おまえ、寝不足か?」
「はい、でも、なんとか……」
「おおーい、ハルマー」
源悟と話す最中でも、明はお構いなし。
「ハルマー、誰と話して……あれ?」
「ああ、この人は……」
「……源悟兄ちゃん」
「……明?」
「え?」
陽真は一瞬、沈黙する。そして、理解した。
「あ、明……この人って……」
「うん、十賀源悟。あたしのお兄ちゃん」
「と、十賀さん」
「ああ、こいつは妹の明。」
「……マジ?」
そういえば、どことなく似てるような気がしないでもない。陽真はそう思った。
「陽真……おまえ、明の知り合いだったのか?」
「ああ、同じクラスでな……」
源悟は先ほどと打って変わって、かなりの小声で話す。
「なあ、陽真。騎導獣やエデンガードの事は明には言わんでくれよ。秘密なんだ」
「大丈夫、俺だって言ってませんよ。あのオカルトマニアにバレたらどうなるやら……」
「お前も苦労してんだな……」
「ねえ、何の話?」
明がヒソヒソ話に割って入る。おそらく二人にっとっての最大の脅威だろう。
「お、お前……! 勝手に入んな!」
「そーいえば、源悟兄ちゃんは陽真とどこで会ったの?ずいぶん仲いいけど」
「そ、それは今度はなすよ。じゃ、オレは用事が……」
車を走らせ、源悟は一目散に去る。
「あー、行っちゃった。なら……ハルマ?」
「あ、もうこんな時間だ。明、先言ってるぞー!」
「コラー! 待ちなさい! 全部教えなさーい‼」
今日もこうして、にぎやかな朝がやってきた。




