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4話 だから気にするなよ。楽しいからやるんだよ

【4話 だから気にするなよ。楽しいからやるんだよ】


 コッペのイメチェンより始まった驚天動地の一日から、あけて翌日。水守さんより、LIMEグループに連絡があったのは、この日の試験からようやく解放された午後二時過ぎのことだった。

『学校が終わり次第、そちらに向かうね。五時頃には着けると思います。場所の準備はお願いしてもいいかな?』

 続けてコッペ。

『今日はユキちゃんのお部屋が空く日なので、そこを提案します』

 待った。どうしてコッペが僕の家の都合を知っている。

『前回までの私は、七月二日にユキちゃんのお部屋で必死にループの証明をしてたからです』

 愚問だった。確かに今日の僕は夜中まで一人で留守番予定だ。

『奈々宮くん、お願いしてもいいの? 私は別にどこでもいいよ』

こんなのずるいぞ。ここで僕が断ったら、前回の僕に負けた感じがするじゃないか。

『歓迎しますよ。おみやげ不要です』

 まったく!


   ***★


 僕の家は、山の中腹に位置するこの学校から、ローカル線の駅ひとつ分を下った住宅地にある。誰がどのような事情で学区割りをしたかは知らないが、ずいぶんと酷な通学路を設定されたものだ。


 決してゆるくない勾配を、コッペと二人でゆっくりと下ってく。

 こいつと一緒に下校するなんて、中学にあがって以来はじめてのことかもしれない。


 空は快晴。アスファルトの放射熱に揺らぐ空気。光と影の際立つコントラスト。眼下には豆粒のような町並み。遠く水平線には、美術の授業で見たバベルの塔のように圧倒的な存在感で天にむかいそびえ立つ、高い高い雲。



 ほら、夏がはじまる。



 期末試験中の、いつもより一時間だけ早く解放される特別感が、僕の気持ちを高揚させていた。試験結果なんて、知ったこっちゃないぜ。


 僕とコッペは途中に立ち寄ったコンビニで、お菓子と飲み物をしこたま買い込んだ。準備は万端だ。

「おじゃまします」

 誰もいないと知っているはずなのに、律儀にも僕んちの玄関に向かってお辞儀するコッペ。

「これからお部屋の掃除するんでしょ? ここで待ってるよ」

 まあその通りだけどさ。律儀な奴だよ、ほんとにお前は。


 五分ほどかけて体裁だけ整え、改めて六畳間の我が城に来客を招き入れる。


 コッペは特にキョロキョロすることもなく、当たり前のように僕のベッドに腰を下ろした。妙に手慣れてる。まあ、いいさ。でも、なんだかやけに気恥ずかしい。


 僕は椅子に腰掛けて、隣の部屋から持ってきた座卓の上に大量のお菓子をばらまき、会議の準備を整える。『大事なことはお菓子とともに』。これは僕とコッペの間に生まれたコンセンサスだ。


「新しい循環者を見つける方法」について。議長は僕。」

「でさ、他にも循環者がいるとすればさ、それこそ宝くじの法則に気づきそうなもんじゃない?」

 チョココーンの袋を開けながら尋ねる僕にコッペは、

「でもね、私より後ろにループのスタートがある人は、私や江梨子さんの最初の行動に気づけないから」

 そう言って、鳩ビスケットをつまむ。

「それより、良かったの? 循環者探しよりも、ユキちゃんのしたいことをしてくれたほうが私も嬉しいよ」

「なんでさ。循環者探し、すっごく面白いと思うけど」

「そうなんだ?」

「だから気にするなよ。楽しいからやるんだよ」

 安心したような笑顔を見せるコッペ。もちろん僕は嘘をついてる訳じゃないぜ。

 そうだよ、コッペ。お前は笑ってるほうがいい。笑い死にするくらい楽しませてやるさ。



「やっぱり探すならネットかな。引きこもりだとしてもネットは使うだろうし」

「そうだね。そこは江梨子さんにも確認しようよ」

「それ、なんだけどさ。水守さんって信用していいと思う?」

「ユキちゃんは、私のこと心配してくれてるんだね。でもね、大丈夫だよ」

「ほんとかよ」

「これでも私、色んな経験してきてるんだから。とりあえずは信じて動いてみようよ」

 色んな経験、ね。なら、異論はないさ。


 議長からしてすぐに脱線し、コッペ議員がすぐ反応してしまうため、結局いつものバカ話で気づけば二時間が過ぎていた。山と積まれたお菓子の袋を半分ほど開けたあたりで、チャイムが鳴った。


 玄関口まで迎えにでる僕ら。薄水色の制服姿で日傘を差し、微笑みを浮かべる水守さんは、昨日よりも涼やかに見えた。




「――そうね、色々書き込みしたわよ。それこそ宝くじ関連の掲示版から、オカルト、科学技術、SF、SNSと、海外の裏取引系の匿名ボードまで」

 とは、キノコ派の水守さん。裏取引ってなんだよ。


 さすがにコッペが来た時のようにはいかないので、一つきゃない椅子を水守さんに勧めて、僕はコッペ率いるベッド上のタケノコ陣営に移動する。やっぱり山より里だよな。

「掲示版に気になるお返事はなかったんですか」

 と、これはコッペ。

「残念だけれどね。私だって一応は何人かとやりとりはしてみたのよ」

「どの界隈の人と?」

 僕の問いかけの意味は水守さんに通じたようで、

「オカルトの人に技術系掲示板の人。二人とも全っ然、話が通じなかった。他にも気になる書き込みを見つけたことがあったけれど……」

「気になる、書き込み?」

「八月のはじめの頃かな。その時見つけた掲示板の話題がループとか時間旅行が出てくる作品についてだったの。その中で『心当たりのある循環者は次の周回に指定のメールアドレスまで連絡を』って急に話に割り込むような書き込みがあって」

「循環者、って相手が言ったんですか?」

「そう。でも、その人が呼んだ言い方がしっくりきたから、私はそれを真似してるだけなの」

 なるほど。

「ただ、その時掲示版にもメールにも連絡してみたけれど、返事はもらえなかったのよ」

「次の周回ってことは、次回ループした時に送れってことですよね、多分」

「そうね。だから六月に目覚めた後、真っ先にそのアドレスまでメールを送ってみたんだけれど……宛先不明で送り返されてきちゃった」

 普通ならいたずらと考えるとこだけど。

「掲示板の方はどうだったんですか」

「それもね……その掲示板がどこにも見つからなくって。記憶には自信あるんだけどな」

 水守さんは、肩をすくめる。


「前の周回で、メール自体は相手に届いてたんですよね?」

「そんなこと、私にはわからない。でも、多分」

「今の話だと、少なくとも水守さんが最初にメールを送った時、宛先は生きていたはずです。それがループの後には宛先のメールアドレスそのものが存在しなかった」

「うんうん」

 コッペが頷く。

「考えられる可能性は二通りあって、その人が八月までのどこかのタイミングでそのメールアドレスを取得する場合。それから、八月を過ぎてもメールアドレスを取得しない場合です」

 僕の言葉に、コッペが追随する。

「わかった。そのメールアドレスに毎日メールを送り続けてみれば、その人が循環者か、わかるんだ」

 そうさ、コッペ。相手が循環者でなければ、八月の頭にはそのメールがまず間違いなく取得されるはずなんだ。逆さに返せば、周回毎に気分でメールアドレスの取る取らないを選択できるのは、循環者しかいない。

 どうやら循環者出ない人間も百パーセント同じ行動を取るわけではないみたいだけど、二度に一度違う行動を取るようなものではないだろう。


 僕らはこれから毎日そのアドレスあてに、メールを送る。最初はおそらくあて先不明で戻ってきてしまうだろう。八月に入る頃までにメールが届かないままであれば、そこで少なくとも循環者の存在が証明される。もし、メールが届いたのなら、改めてコンタクトを取ればいい。メールが届いたにも関わらず返事が無ければ、これはもう、いたずらと思う他ない。

「そっか……そうよね。その頃は、コッペちゃんの存在に気がついた頃で、そっちに夢中で気付かなかった」

 バツの悪そうな顔をする水守さんだけど、循環者の存在が確定的な証拠を掴めば、そちらに気がむくのはしょうがない話だと僕も思う。

 やるべきことは決まった。でもさ水守さん。そのメールアドレスって覚えてる?

「昔々の話だけれど、覚えてるわよ。私、本当に記憶には自信あるんだから」

 彼女は鞄から手帳を取り出すと、大きめの可愛らしい字でメールアドレスを書き示す。



 ―― gate@library.babel ――



 門、図書館? jpやcomならともかく、『babel』なんて聞いたこともないぞ。

 どうやら、どこでも作れるフリーメールアドレスの類ではなさそうだった。

「それじゃ、水守さんは、昔見たっていうWEBサイトを引き続き探してみてください」

「わかったわ」

「あとは三人で、このメールアドレスに連絡を毎日一通ずつ送ること」

「なんだか楽しみだねっ。ね、ちょっといい?」

 コッペが、こつ、こつと僕と水守さんのこぶしに、自分のこぶしを当てる。

 なんのつもりなんだい。

「えっ。映画とかでこういうの見たことない?」

 なにそれ、青春! 超かっこいい。


   ***★


 この季節とはいえ、さすがに日も落ちかけた夜八時。僕らは家から十分ほどの道のりを歩いて、最寄り駅に向かう。


 なんとなく、このまま解散してしまうのが惜しくて、三人の誰もさよならを切り出さない。

 僕らは帰宅ラッシュで、にぎわう改札の人いきれを避けて、裏手にある川沿いの公園に移動した。


 涼しい風に身をまかせていると、水守さんは突然、ぽん、と手をあわせた。

「ね、毎回奈々宮くんのお部屋を借りるのも悪いし」

 貸すなんて言ってないぞ。

「夏の間、この近くに、おうちを借りちゃおうかな、って思うんだけれど」

 マジか。

「二人のお部屋も作れるくらい、大きなおうちがいいよね」

「賛成!」

 おい、コッペ。

「じゃあ、次の週末に早速下見しましょうね。3LDK以上の一軒家、あなたたちも探しておいてね」

 そう言って、ウインクする水守さん。

 いくらお金があるとは言っても、発想がぶっ飛びすぎだろ。


 でも、まあ。生涯一度くらい、こんな無茶苦茶な夏休みがあったっていいんじゃないか。

 僕は、先ほど伝授されたばかりのこぶしの挨拶を、コッペとかわして、帰途についた。



 その晩僕は、大きな庭付きの家で、みんなと花火をする夢を見た。

7月2日(火)の話です。謎がばらまかれていきます。一応回収予定はたってます。

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