3話 早く行こうって言ってんの!
【3話 早く行こうって言ってんの!】
じゅん かん しゃ。
「そう、循環者。あなたたちが、なんて呼んでるかはわからないけれど、言っている意味はわかるよね?」
それは、わかるさ。わからないのは、何故水守さんがコッペのことを探し当てることが出来たのか、だ。
そんな偶然あるだろうか?
ループって存在はそんなにもありふれているものなのか?
この人を信用してもいいのだろうか。
「それ、僕にも見せて」
僕の袖口をようやく離したコッペから、水守さんのくじ券を受取り、自分の手持ちの券と照合する。
規則性は見えない。でも、ただひとつの例外を除き、二枚とも同じ配列で並ぶ七つの数字。
水守さんが僕らの数字を覗き見て、後からチケットを購入した可能性はゼロではない。
けれどコッペの耳まで真っ赤になったクシャクシャの顔を見る限り、これが本当の当たりクジであることを疑う余地はないのだろう。
コッペはうつむいていた顔をわずかにあげて、
「あのね……私これまで同じ境遇の人を何度も探したんです」
震える声で言った。
「……うん」
「でもどこにも見つからなくって」
「うん」
「……もう絶対、私一人しかいないんだって思ってて。探すことも諦めて。でも!」
水守さんはコッペに手を重ねて頷く。
「でもね、もう一人じゃないよ。あなたも、私も」
水守さんの声は限りなく優しかった。
僕はコッペの顔色を伺う。コッペは静かに、声をあげずに、ポロポロと涙だけをこぼして、水守さんを見つめていた。
「ちょっと待って。……やだなぁ、もう」
水守さんまで感極まった声をあげ、口元を手で抑えて、コッペの姿にもらい泣きする。
取り残された僕。
なんだよ、やめなよ、周囲に人だっているんだぜ。
泣き止んで、こっち見て笑いなよ、コッペ。
でも。静かに涙をこぼす二人の女の子の姿は掛け値なく美しくて、僕にそれを壊すことなんて出来やしない。
今二人は口を開かずに、それでも互いに、幾度も心を交わしあっていることがはっきりと伝わってくる。
無限に続くループの孤独をいたわり合うかのように。
お互い見知らぬ相手なのに、はじめて合うはずなのに、二人の間にはまるで姉妹のような絆が見えた。
同時に僕を襲う疎外感。
僕は彼女たちと感覚を分かち合えない。だから僕はこの輪に入る資格がない。僕は循環者ではないから。
今この瞬間、僕は部外者にすぎなかった。
自分の醜い一面に、立ち向かえる中学生なんてどこにいる?
だから開き直るぜ。突然現れコッペの心をさらっていった水守さんに、僕は今、嫉妬してる。
僕は二人のため、水を取りに席を立った。
もちろん嘘だ。僕には一人きりで冷静になる時間が必要だったんだ。
これが全てコッペの勘違いで、水守さんの嘘だったら良いのに。
ループなんて起きる訳ないだろ。常識で考えてみれば当たり前のことじゃないか。僕はまだ何も証明してもらっていないぞ。くじの抽選結果なんて、一生見なければいい。蓋を開けて証明されない限り、僕はコッペと同じ世界に立っていられる。
それでいいのか、本当に? 自分の都合でコッペの可能性を殺して、それで僕は満足なのか?
席に戻ると、既に二人共落ち着いていた。
良かった、これなら僕も普通の顔をしていられる。
最低だな僕って奴は。
「水守さん」
「なあに?」
「僕らがここにいることを、どうやって突き止めたか聞かせてもらえますか」
「ダメだよ。その前に私たちの自己紹介しないと失礼でしょ」
コッペが僕をたしなめる。
「そうよね、まだ名前も聞かせてもらってないわ。二人とも、中学生なんでしょう?」
水守さんが身を乗り出して、聞いてくる。
「僕ら中三です。こいつはみんなからコッペって呼ばれてます。僕はコッペの同級生の奈々宮です」
「教えてくれるのは、それだけなの?」
他に何を。
「コッペちゃんは、いいね。私もこうなる前に彼氏でも作ってたら、また違ったんだろうなあ」
水守さんがジャブも打たずに、どストレートを放ってくる。
僕はジュースを吹き出すべきか一瞬躊躇して、我慢した。ここは学校じゃないからさ。
「いやいやいや、勘違いも甚だしい。腐れ縁ちゅー奴ですよ。僕がこいつの事情を知ってから、まだ半日未満ですし。これまでコッペと付き合ったことなんてないですし」
コッペのこと可愛いとか思ってませんし、水守さんに嫉妬なんてしておりませんし?
よし、自分を笑えるくらいには僕も立ち直ってるぞ。
「半日って、嘘でしょう? ちょっと信じられない」
「私も信じてもらえるとは思ってなくって」
水守さんに、コッペも同調する。
「コッペちゃんは、どんな魔法を使って、半日で奈々宮くんに循環のことを信じこませたのかな」
「ループのことを?」
「そう、ループのことを」
「どうなの、ユキちゃん」
僕にふるんじゃない。
「ユキちゃんっていうんだ、奈々宮くん。可愛いね」
なんだこれ。
突然はじまった女子会のせいで、いつまでたっても本題にたどりつけやしない。
水守さんは、身を乗り出してコッペに何やら耳打ちをし始める。こくこくと首を縦に振るコッペ。水守さんは、僕の視線に気づくや、聖母のような微笑みをくれる。
ほんとに、なんなんだ。勘弁してくれよ。
「お互い名乗ったんですから、そろそろ本題に入りましょうよ」
「いいよ。私が何故今日この場所にいたか、よね」
「ええ、そうです」
水守さんは、先ほどパスケースを取り出した鞄の中から、今度は小型の手帳を取り出した。
「コッペちゃんは、今日がループの始まりで良かった?」
「はい、九月の二日まで」
コッペが頷く。
水守さんは手帳のカレンダーの七月一日を起点に、丁寧にマーカーでラインを引いていく。手帳には二ヶ月先よりも未来にわたる予定が細かく書き込まれていた。
「私の方が少しスパンが長いのね。私の循環は六月から十一月までの、およそ半年間」
水守さんは六月のページを開く。そこには全週にわたり、月曜日と木曜日の欄に、七つの数字が細かく書き込まれている。
六月の二十九日には、今日何度も見てきた数列が並び、蛍光マーカーで大きく丸がつけられていた。
「コッペちゃんがそうしていたように、私も宝くじで活動費を得ていたの。循環者であれば、誰だってそうするわよね」
「あ……」
コッペも何かに気づいたらしい。もちろん、僕にはさっぱりわからん。
「もし同じ境遇の人がいるなら同じことを考えるかな、って思うじゃない。」
なら同じ売り場で一等を当てて見せれば、相手は気づいてくれるかもしれない
「一等くじの当選売り場は公表されてるから、この場所が分かったんですね」
知らなかった。でも毎週誰かしら全国で当選してるなら、どうしてこの店の当選者だけが循環者と言い切れるのさ。
「循環してるとね、当選はほとんどいつでも同じ結果が出るはずなの。でも何度も繰り返して調べるうちに一店だけ、それも七月の頭にだけに気まぐれな結果を出す店があった」
それが、今週この店で買われるチケットの抽選結果ということか。コッペも、毎回同じ額を機械的に当て続けている訳じゃないだろうものな。
なんて、物理法則を軽々と吹き飛ばす超推理。
「でも、どうして今日、私たちを見つけられたんですか」
「今日だけじゃないわ。このことに気づいてから、七月の頭にこの場所に通うことが楽しみになったよ。あなたたちに出会うために何回通ったかな。コッペちゃんが一等を当てなくなってからはちょっと焦ったけれど、私も時間だけはたっぷりあるから」
そう言って、水守さんは可愛らしくウインクした。
でも、それは僕の想像を絶する話で、ひとつだけわかるのは、存在するかもわからない相手を待つ日々は、ループの数だけ『また、見つからなかった』という絶望を味わい続けることに他ならない。
僕のために一等を当てることをやめたコッペ。それは水守さんからすれば、コッペの痕跡が消えたことを意味する。体感時間にして数年、数十年をかけて追い求め続けた相手が、指先が触れるところまできていながら消え失せる。それでも水守さんは信じて待ち続けた。この機会を。
「ユキちゃんが一緒にくじを買ってくれたから、江梨子さんに気づいてもらえたんだね」
「そうね。二人の会話が無ければ、今回も空振りしていたかもしれない」
よしてくれよ。もう疲れた。いつしか晩ごはんの時間もとうに過ぎてる。
「ねえ、くじの結果、出てるんじゃないですか」
水守さんとコッペは目を見合わせて、きょとんとしてる。
そりゃ、いまさら確認したところで何が変わるわけでもないけどさ。
「ね、一等の賞金どうしよっか? あなたたち、わざと一等を外してたよね。私も先月に当てたお金があれば、事足りるから」
「私たちに、そんな大きなお金、必要ないです」
僕も渋々賛同する。いや、せめて夢くらいはみたいものだけど。
「そう。私もこれ以上のお金なんていらないし、このまま受け取らずに、ほっとこうかな」
小型のジェット機が買える金額だぞ。もうむちゃくちゃだ。循環者って奴は!
「今日はありがとう。他にも、一人で困ってる循環者がいるって確信できた。だからコッペちゃんと一緒に探せたら嬉しいな。もちろん、奈々宮くんもね」
別れ際に、水守さんは言った。
それがコッペのためなのかもしれない。もちろん本人次第だけどさ。
そうだ。この二ヶ月をコッペのために使ってやろう。一生忘れられない二ヶ月にしてあげよう。
水守さんはさっき、コッペにしたように僕だけを呼び寄せて、耳元に囁いた。
「コッペちゃんは、絶対奈々宮くんのこと好きだよ。頑張って」
「余計なお世話です」
「また、明日連絡するね」
僕らのスマホに連絡先を残して、水守さんは去っていった。
「今日はびっくりしたねえ」
「こっちの台詞だよ」
「あはは、泣いてるところも見られちゃったね。恥ずかしいな」
よく言うよ。昔はよく僕の後ろで泣いてたくせに。
さあ、そろそろ帰ろう。でも、その前に何か忘れてやしないか。
「……あのさ、遠くの数億より目先の一万円をどうにかしない?」
もう、売り場が閉まる時間だからさ。
「ユキちゃんと半分こするんだっけ」
「そうだよ」
「そうだった」
「だから、早く行こうって言ってんの!」
走って行かなきゃ間に合わない。ほら早く、手を寄越しなよ。
初日イベントはここまでです。




