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8/10

Celebration Day

 ――片足となったおもちゃの兵隊は、降り注ぐ砲弾の雨の中を進む。

 その先にあるまだ知らない何かを目指して。

 自らと仲間を信じ。



 季節は移り替わる。この秋、引込み思案で孤独な少年に訪れた小さな出会いは、やがて大きなうねりとなる。

 今、仲間たちと共に幾多の困難を乗り越えた少年とおもちゃの兵隊の物語は、ついにクライマックスを迎える。



 カーテンの隙間から零れる微かな日差しが昂汰の顔を優しく照らす。

 昂汰は一度目を開けるが、再び布団を被って丸まる。11月ともなると、寒くて布団から出るのも億劫であった。

 その直後にタイマーをかけていたステレオから目覚ましの音楽が鳴る。オアシスの『ホワット・エヴァ―』だ。

 昂汰はその心地よい音楽を聴いて、眠い目を擦りながら布団を出る。

 部屋を見渡せば、大好きなロックスターやギターのポスターがそこら中に貼られており、使い古したヘッドホンやピックが転がっている。

 いつもと変わらぬ朝であった。

 寝ぼけ眼の昂汰は、ふとポスターの間に貼られているカレンダーに目をやる。そこには今日になるまでの日付に全て×が付けられており、今日のその日は赤い丸で大々的に囲われていた。

 昂汰はそれを見て微笑むと、いつものように顔を洗い、制服に着替え始める。



 家族と朝食を食べた昂汰は、少し早めに家を出る。

 その日は清々しい秋晴れであり、昂汰は深呼吸しながら空を仰ぐ。



 「いつもの空だ。」



 そう呟くと、昂汰は少し肌寒い学校への道をゆっくりと歩んでいく。



 「あ、昂汰君、おはようございます!」

 「おはよう。奏ちゃん。」



 しばらくすると、奏と道端で鉢合わせる。奏はいつものように明るく笑顔で昂汰に挨拶をする。

 家の方面が近かったこともあったが、ここ最近朝に会う回数も多くなっていた。二人は特に気にする様子もなく、一緒に登校する。



 「昂汰君、昨日は眠れました?」

 「うん。ぐっすり寝ちゃったよ。何だか今でもまだ実感が湧かないんだ。まだ夢の中にいるみたいな気分だよ。」

 「そうですね・・・何だか今日まであっという間でした。でも昂汰君、ダメですよ!」



 奏はクスっと笑うと、昂汰の顔に手を伸ばして頬を軽く抓った。



 「痛たた・・!」

 「あなたが英語部を守るって啖呵を切って、私をバンドに誘ったんですからね! ちゃんと責任をとってもらいますよ! 夢の中にいる暇なんてありません!」

 「はひっ! ・・・がんまりまふ!」



 奏の言葉と行動に、昂汰はたじたじである。

 しかしその言葉とは裏腹に、奏はとても嬉しそうであった。

 思えば、あの屋上での出来事から二週間余り、奏は三人の誰よりも練習に励み、短い期間で驚くほどのの上達をみせた。ピアノをずっと習っていた奏であったが、ロックをよく知らないことに負い目を感じていたのだ。

 


 歩きながら昂汰の頬から手を放すと、奏は歯を見せて笑った。朝のそよ風が奏の髪を優しく撫でる。



 「なんだお前ら、朝から楽しそうだな・・・。」



 誠司が眠そうな顔で、目を擦りながら現れる。口を押さえてあくびを我慢している。



 「誠司君、おはよう! なんだか眠そうだね。」

 「・・・おはよ。・・・ふぁーあ・・。」

 「呆れました。こっちは本物の寝坊助ですね!」



 緊張感のない誠司を、奏は軽く睨む。

 いつものように誠司と言い合いが始まるかと思いきや、奏はやれやれという感じで微笑む。今日の奏は機嫌が良さそうだ。

 


 「全く仕方ないですね。そんな寝坊助君たちにお渡ししたい物があります。」

 「・・・?」



 奏は自分の鞄をガサガサあさり始める。昂汰と誠司は不思議そうにそれを見つめた。



 「じゃーん! カワイイおもちゃの兵隊さんです!」



 鞄の中から出てきたのは、三つの小さな兵隊の人形であった。赤い上着に熊の毛皮の帽子を被ったイギリスの近衛兵がかわいくデフォルメされている。



 「凄ーい! 奏ちゃんが作ったんだ!?」

 「はい! 私たちのバンド名にちなんだ必勝祈願の御守りです! ストラップ付けといたんで、鞄に付けて下さい。」



 昂汰は目を輝かせる。当然今まで家族以外の女性にこんなプレゼントなどもらったことなどなかった。



 「ありがとう! 神棚にお供えして、一生大切にするよ!」

 「昂汰君・・・大袈裟です。ちゃんと鞄に付けてくださいね。・・・あと・・はい、佐伯君も!」



 奏が笑顔で誠司に人形を手渡す。誠司は目を逸らしていつになく照れくさそうな表情をする。



 「・・・ありがとな。」

 「今日はやけに素直じゃないですか~? 雪でも降りますかね~?」



 誠司が素直にお礼を言った為、奏はニヤッとして誠司の顔を覗く。誠司からは更に意外な反応が返って来る。



 「あのさ、奏・・・俺ら同じバンドの仲間だろ・・・?」 

 「はい、まあ一応そうですが・・・?」

 「・・・そのさ・・・えーっと・・佐伯君てのそろそろやめてくれないかな・・・?」



 珍しくしどろもどろな誠司を見て、昂汰と奏は顔を見合わせて笑い出す。



 「な・・なんだよお前ら!? 俺はバンド仲間としての絆をだな!」

 「あははは・・・! カワイイとこあるじゃないですか! わかりました。せ・い・じ・君!」



 奏は誠司におどけてみせる。今度こそいつものように言い合いが始まるのかと思いきや、誠司はそんな奏を見てにこっと笑った。



 「いよいよだな・・・。」



 校門まで来た三人は立ち止まり、東成祭と書かれた横断幕を見上げる。

 三人の周りを楽しそうに他の生徒たちが通り過ぎて行く。

 奏は下を向き、もの悲しそうに笑った。



 「今日で最後かもしれませんね・・・。」

 「な~に言ってんだ! 俺らがこんなところで終わるかよ! 誰が歌うと思ってんだ?」

 「ああ、僕らはここから始まるんだ!」



 昂汰と誠司の顔を見上げ、奏はクスッと笑う。

 三人は希望と不安を抱え、それでも笑顔で校門をくぐった。

 


 ★



 昂汰と誠司は奏と別れて自分たちの教室へと入る。

 昂汰たちのクラスの出し物は喫茶店である。教室を利用して飲み物や食べ物を提供する為、皆慌しく準備をしていた。



 何とか開店は間に合い、昂汰と誠司は教室の入り口に座る。二人はお客に食券を販売する係りであった。

 文化祭ということもあり、内外を問わず様々な人々が廊下を行き来する。



 「なあコウ、俺ら12時までだよな? こういうの初めてだから終わったら回ろうぜ!」

 「うん、そうだね。なんか楽しみだね。」



 誠司は日本に来て初めての文化祭に心躍らせる。昂汰にとっても友人と文化祭を見て回るなど初めての経験であった。



 「二人ともちゃんと仕事してますか?」



 昂汰と誠司が目をやると、そこには一人の女友達を連れた奏の姿があった。



 「あ、奏ちゃん!」

 「なんだ奏か、何の用だ?」

 「なんだじゃないですよ! お客ですよ、お客! 友達連れて来てあげたんじゃないですか!」



 誠司の恍けた態度に奏が反論する。昂汰はそんな奏を宥め、注文を聞く。



 「まあまあ、奏ちゃん、来てくれてありがとう。注文何にする?」

 「はい、えーと、このスイーツセットを二つ下さい。飲み物は紅茶で。」

 「ついでにナポリタンも注文しろよ。せっかく来たんだからお金沢山落として行ってくれ。」

 「はぁ!? ちょっと昂汰君! この店員さん態度悪いんですけど!」



 追加注文を要求する誠司に、奏は怒って文句を言う。昂汰はいつものように苦笑いをした。

 そんなやり取りを見て、奏の連れの友達が笑い出す。



 「ふふふ・・・。何だか奏楽しそうだね。」

 「楽しくないですよ! 昂汰君、いくらですか!?」

 「スイーツセット二つで600円だよ。」

 「美奈ちゃん行きましょ!」



 奏はお金を払って食券を受け取ると、プリプリしながら席の確保に向かう。

 美奈という奏の友人は、奏が行った後に昂汰たちに話かけた。



 「英語部の結城君と佐伯君ですよね? 奏からよく話は聞いてます。あの子ずっと元気なかったんですけど、最近凄く楽しそうなんです。お二人の話をする時は特にですね。ライブ見に行くんで頑張って下さい!」

 「ああ、ファッキン・グレートなギグを見せてやるぜ!」



 美奈はクラスでの奏の様子を語り、最後にお礼を行って奏の元へ向かう。

 そこへ同じクラスの男子たちが昂汰と誠司の元へ来る。



 「お前らあの子たちと知り合いなのか!? 確か一人は前に一回見たことあるような気もするけど・・・?」

 「知り合いって、奏は俺らのバンドの仲間だぜ。もう一人は初めて会ったけどな。」



 聞いてきた男子は羨ましそうな顔をする。昂汰と誠司は不思議そうにその男子を見た。



 「くぅー!! あんなカワイイ子たちと知り合いになれるんだったら、俺もバンドやろうかな?」

 「ははは・・・。やめとけ、やめとけ! やればモテるってもんじゃないぜ。本気でやりたいなら大歓迎だけどな!」



 単純な男子を誠司は笑いながら切って捨てる。普段よくある冗談のやり取りであった。



 「体育館でライブやるんだろ? 見に行ってやるからしっかり働けよな!」

 「ああ、楽しみにしとけよ!」



 その男子は最後に昂汰にも声を掛ける。



 「結城も出るんだろ? 頑張れよな!!」

 「・・う、うん! あ、ありがとう!」



 何気ない一言であった。昂汰は少し戸惑ったが、すぐに笑顔でお礼を返した。

 今思えば、クラスメイトに壁を作っていたのは昂汰の方かもしれない。昂汰はふと以前訪問した小学校の出来事を思い出し、クラスメイトの言葉を噛みしめるのであった。



 ★



 文化祭も終盤に差し掛かり、昂汰、誠司、奏の三人は翔子のいる英語準備室に集合する。

 三人は翔子を囲み、最後の打合せを行う。



 「時間も練習場所もない厳しい中でよくこここまで頑張って来たわね。英語部の件は何とかなりました。思い切りロックしてきなさい! あなたたちは私の誇りよ!」



 翔子は三人に激励の言葉を送り、皆心震わせる。

 この時の翔子はいつになく落ち着いた優しい面持ちであったが、その笑顔には何か儚げな様子もあった。

 昂汰は今日の翔子に違和感を覚えながらも、後夜祭ライブの最後の打合せをし、英語準備室を出る。



 英語準備室を出てしばらく行ったところで、昂汰は忘れ物をしたことに気付く。



 「ごめん、誠司君、奏ちゃん、文化祭の冊子を忘れちゃったから取りに行ってくるよ!」

 「なんだよ、そんなんど―だっていいだろ?」

 「分かりました。待ってるんで、取ってきて下さい。」



 昂汰は小走りで英語準備室に引き返す。

 階段を上がり、廊下に出て曲がるところで昂汰は急ぐあまり、たまたま歩いていた通行人とぶつかってしまう。



 「いたた・・。すみません! 大丈夫ですか!?」



 昂汰とぶつかった通行人は互いに尻餅をつく。昂汰は自らの不注意を詫びて相手を気遣う。

 少女であろうか? サングラスをかけてポークパイハットを被り、白シャツに濃い緑色のニットを重ねて黒いスキニーパンツというボーイッシュな格好だ。



 「ファック! ウァッチ・ウェアー・ユアー・ゴーイング!? アスホール!!」

 「え!? 英語!?」



 突然昂汰に英語の罵声が飛んで来る。よく見るとその少女は帽子からブロンドの髪を覗かせていた。

 昂汰はいきなりの英語に混乱するが、分かる限りの英語で謝罪する。



 「あ・・あ・アイム・ベリーベリー・・ソーリー!! え、えーと・・・ユア―・ボディ・オーケー!?」



 昂汰の慌てぶりにその外国人の少女は笑い出した。

 遠くで連れの外国人が呼んでいるようで、その少女は昂汰に声をかけて去っていく。



 「ウァッチ・アウト! ボーイ!」



 昂汰はキョトンとしながらその少女を見送る。

 しばらく走って行く少女に目を奪われるが、ふと誠司と奏を待たせていることを思い出し、昂汰は英語準備室へと急いだ。



 息を切らせて英語準備室の前まで辿り着いた昂汰は、部屋の中で翔子が誰かと話しをしているのに気付く。

 昂汰は少し開いたドアの隙間から中を覗きこむ。



 「いやあ、生徒思いの高岡先生ならきっとオーケーしてくれると思ってましたよ。」

 「はい、約束は約束です。そのかわり英語部の件は・・・。」



 軽音部顧問の柏葉であった。ただならぬ話に昂汰は耳を澄ませる。



 「任せて下さい。私の父親が誰だかご存知ですよね? 父が動けば校長など恐れるに足りません。」

 「・・・ええ、お願いします。」 

 「それより高岡先生、婚約の件は年内中に話を進めましょう! おっと、これからは翔子とお呼びするべきかな?」



 この時昂汰はやっと翔子の様子がいつもと違ったことの意味を知る。翔子は英語部を守る為に柏葉と婚約する約束をしたらしい。約束というよりユスリに近そうだが。

 昂汰は驚愕し、足が竦んで動けなくなった。

 ふと、ドアの隙間から覗いていた昂汰は翔子と目が合ってしまう。



 (結城君!?)

 「あ!!?」



 昂汰は慌てて駆け出した。頭が真っ白になりながら誠司と奏の元へ急いだ。



 学校の廊下をこんなにも全速力で走ったことがあるだろうか。昂汰は文化祭で賑わう校内の人々を掻き分け、息を切らせて二人の元へ辿り着く。



 「おせーよ! 何やってたんだよコウ!?」

 「どうしたんですか? 昂汰君、顔が青いですよ?」



 奏は昂汰の様子がおかしいのに気付く。昂汰は息を切らせながらも笑顔を作ってそれに答える。



 「・・な、何でもないよ。待たせてゴメンね。」



 迷ったが、やはり昂汰は翔子のことを二人に告げることはできなかった。

 翔子のことでモヤモヤした気持ちを引きずりながら、昂汰はこの後ライブまで文化祭を過ごすこととなる。





 華やかな文化祭もいよいよ終幕を迎え、後夜祭が始まる。有名な軽音部のライブを見る為、人々は体育館へ向かう。

 昂汰は大きな不安を抱えながらも誠司と奏と一緒に体育館へ入り、準備に入る。



 既に吹奏楽部のブラスバンドの演奏が始まっていた。この後軽音部のバンドが数組演奏し、最後に英語部の演奏の予定だ。



 「俺たちまたヘッドライナーだぜ! やったな!」

 「何言ってんですか、軽音部の演奏が終わったらほとんどの人たちが帰っちゃうんですよ!」



 誠司の能天気な発言を奏が窘める。

 ライブの目玉は何と言っても軽音部のバンド演奏であり、ほとんどの人々がそれ目当てで来ている。名もない英語部の演奏など誰が聴いてくれるであろう。



 誠司はいつも通りケースからリッケンバッカーのベースを取り出す。細かい傷が年季を感じさせるが、大事に手入れされているのが見て取れる。

 奏は誠司のそのベースを見て問いかける。

 


 「そのベース、ずいぶん使い込んでますね?」

 「ああ、これか? イギリスにいた時に大事な人から借りたんだ。壊れて使えなくなるまで俺はこいつしか弾かない。俺の相棒さ。」

 「ふーん・・・。」



 奏は興味深々に誠司のベースを見つめ、クスッと笑う。



 「なんだよ奏? 文句あんのかよ!?」

 「それって借りパクって言うんじゃないですか~?」

 「ちげーよ! バーカ!」



 誠司は奏のおどけた態度にムッとして言い返すが、奏はにっこり笑って答える。



 「でも、誠司君のそういうところ、嫌いじゃないですよ。」

 「うるせーな! 知るかよそんなの!」



 照れくさくてそっぽを向く誠司を奏は微笑ましく見つめる。

 この二人の関係も、以前とはまた違ったものになりつつあった。 

 


 そして演奏は軽音部の順番へと移る。まずは下級生のバンドが前座を務め、その後児島や川村らのバンドの演奏となる。

 昂汰たちはステージの袖で軽音部のバンドの演奏を眺めていた。

 体育館には今まで見たことないくらいの人々がひしめき合い、人気バンドのコンサート会場の様であった。凄い盛り上がりだ。



 軽音部の前座バンドの演奏が終わり、いよいよ児島と川村らのバンドの番となる。

 ステージの袖にいた昂汰たちに児島は得意そうな顔をして声をかけた。



 「まさかお前らが本当にライブに出るなんざ、思ってもみなかったぜ。せいぜい俺たちの曲を聴いて格の違いを思い知るんだな!」

 「児島、余計なことは言わなくていい。俺たちは俺たちの演奏をするだけだ。」



 昂汰たちを挑発する児島を川村が止めるとそのままステージへ出て行く。

 川村がステージへ出て行くと、それまで以上の歓声が体育館全体に響き渡った。心なしか黄色い歓声のようであったが。



 川村たちは準備を終え、最後の軽音部バンドの演奏が始まる。

 日本の人気バンドのカバーだ。観客の盛り上がりは最高潮となる。



 誠司はつまらなそうな顔でそれを見つめる。奏は少し緊張している様子だ。

 昂汰はというと、相変わらず翔子のことが引っかかり、意気消沈としている。



 そんな昂汰たちの元を翔子が訪れる。



 「あなたたち、泣いても笑ってもいよいよ本番よ! ライブの前にあなたたちに言っておきたいことがあるの・・・。」



 翔子は落ち着いた面持ちで誠司、奏、昂汰に一人ずつ話し出した。ライブの轟音の為、それぞれに近づいて思いを伝える。



 「佐伯君、あなたは少し考えなしでガサツなところもあるけど、いつも前向きで明るかったわね。あなたはいるだけで人を勇気づける存在よ。それと正直あなたの歌には驚いたわ。あなたが何者なのかもいつか教えて欲しいわね。」

 「だから言っただろ、ただのおもちゃの兵隊さ!」

 「ふふふ・・・、あなたを見ているとロックそのものみたいだわ。あなたの歌で観客の度肝を抜いてきなさい!」

 「言われるまでもないぜ!」



 恍けた顔で答える誠司を翔子は優しく鼓舞した。

 それから翔子は奏に目線を移す。



 「それから羽田野さん。」

 「は、はい!」

 「英語部の為に一人でよく頑張ってくれましたね。だけどあなたはもう孤独なピアニストじゃないわ。ステージには心強い仲間がいるのよ。だからもっと仲間に甘えなさい! そして自分の演奏を信じなさい!」

 「せ・・・先生。」

 「英語部の件、申し訳なかったです。あなたがロックを好きになってくれて嬉しかったわ!」

 「はい、ありがとうございます!」



 翔子の言葉に奏は目を潤ませながら返答する。

 そして最後に翔子の視線は昂汰へと向かう。



 「結城君、あなたは不器用で引込み思案だけど、誰よりも優しくて仲間想いな子よ。そして佐伯君が認めた唯一無二のギタリストね。」

 「せ、先生! 僕は・・・」



 翔子のお別れの様にも取れる言葉に昂汰は我慢できなくなり、先程英語準備室で見た柏葉とのことを口に出そうとする。

 しかし翔子は分かっていたように少し強い口調で昂汰の言葉を遮る。



 「本番前にそんな不安そうな顔をするもんじゃないの! あなたが今一緒にいるのは大事な仲間、そして最高のバンドよ!」

 「・・・」

 「弾きなさい! あなたはその為にここにいるんでしょ! 最高の演奏を聴かせてちょうだい!」



 翔子は俯く昂汰の肩を手にやり、優しく微笑んだ。

 昂汰は翔子の全てを受け入れたその表情に、それがどうにもならない現実なのだと知る。

 今昂汰が翔子の秘密を打ち明ければ、きっと誠司も奏も動揺する。

 昂汰にできることは一つしかなかった。



 (やっぱり僕は無力だ・・・。だけどせめて・・・皆の為に弾こう! 僕のでき得る限りの演奏を!)



 そうこうしているうちに軽音部の演奏は終演を迎える。演奏が終わっても会場の興奮は全く冷めやらない。



 「おいコウ、モタモタすんな。オーディエンスが待ってるぜ!」

 「昂汰君、行きましょ! 私たちの出番です!」



 二人の呼びかけに昂汰は決意の表情で答える。



 「うん、行こう!」


 

 三人は歓声が沸く眩いステージへと歩き出す。



 すれ違いざまに川村が誠司に声をかける。



 「お前らがどんなもんか見ててやるぜ。」

 「ああ、吠え面かくなよ!」



 誠司は余裕の様子の川村にニヤッとして答える。



 昂汰たちは楽器のセッティングに入り、演奏の準備をする。

 しかし早くも会場では軽音部の川村目当ての女子生徒たちが会場を去り出す。



 「川村君カッコよかったね! もう帰ろう。」

 「英語部って何やるの? 洋楽? よく分からないし帰ろ。」

 「川村先輩だけ見に来たしもういいよね。」

 「なんか皆帰り始めたし、終わりかな?」



 少しずつ帰り出す観客たちを前に、昂汰たちは準備を終える。

 誠司は待っていたかのようにMCをに入る。



 「あーあー、俺たちはザ・ティン・ソルジャーズだ! 本当のロックを聴かせてやる! だから帰ったら損するぜ!」



 体育館に誠司の挑戦的な言葉が響き渡る。



 「ビッグマウスだな。帰ろうと思ったけど少し見ていくか?」

 「C組の帰国子女でロック馬鹿の変人でしょ? たった三人でどうするの?」

 「ドラムレスのスリーピースバンドか、珍しいな。」

 「ギターの奴何か頼りなさそうだけど大丈夫か?」

 「キーボードの子カワイイな!」



 騒然とする中、誠司のかけ声と共に歪んだギターの轟音が会場中に響き渡った。



 「・・・すげーハードなギターリフだな。」

 「確か、ディープ・パープルの『バーン』だったかな。」

 「よく知らないけど、確かにロックって感じだね。」



 昂汰の激しいギターリフの後に誠司のベース、奏のキーボードが重なる。

 三人が奏でる轟音に誠司がハイトーンでパワフルなボーカルを吹き込む。

 会場の空気が変わる。



 「なんだあいつ? 本当に日本人か!?」

 「私ロックとかよく分からないけど、これってさっきの軽音部より凄くない?」

 「いや、英語も歌も上手すぎだろ!?」

 「ベースの腕もただ者じゃない。こりゃ、あながちただのビッグマウスじゃないかもな。」

 


 一部の観客たちは、高校生としては異常なザ・ティン・ソルジャーズの演奏に舌を巻く。帰ろうとする観客の中にも足を止める者が出てくる。



 ライブの一曲目に何をやるかは、誠司と奏の希望が争い、結局奏が折れてディープ・パープルの『バーン』に決まる。

 言わずと知れたハードロックの歴史的名曲であり、激しく疾走感のある曲調は一曲目としては最適であった。

 但しその分難易度が高く、合せるのも大変だ。速弾きに慣れない奏は特に苦労した。



 会場が盛り上がりを見せつつある中、最初のサビで昂汰と奏がコーラスを入れる。

 「バーン!」というフレーズが体育館いっぱいに響き渡り、一部の観客たちから歓声が上がる。



 「こりゃ、とんだ伏兵だな!」

 「今時の高校生がディープ・パープルとはな!」

 「ロック好きとしてはやっぱこうゆうのが聴きたかったよな!」



 三人の演奏は徐々に観客の心を捉えていく。



 曲は佳境を迎え、昂汰のギターソロが始まる。昂汰オリジナルアレンジの高度な速弾きに観客たちは息を呑む。

 昂汰は膝をつき、寸分狂わず長い高速ギターソロを弾ききる。



 「ボーカルばかりに気を取られたけど、あのギタリストやべーな!」

 「オリジナルと少し違うな。だけどかっこいい絶妙なアレンジだ! あいつ本当に高校生かよ!?」

 「人は見かけによらないな。すげーギャップだ。」

 「激しくて速いのにびっくりするくらい正確だ・・・機械かあいつ!?」



 あまりのハイレベルなギターソロに会場中が自分の目と耳を疑う。今ギターを弾いているのはリッチー・ブラックモアでもはたまたジミー・ペイジでもない。冴えない名も無き日本の高校生なのだ。



 (コウの奴、今日はいつも以上にキレてんな! ボーカルが食われそうだぜ!)

 (やっぱり昂汰君は凄いです! 私も頑張らなきゃ!)



 以前ライブハウスで見せた昂汰の張り詰めた鬼気迫る演奏に、誠司と奏も圧倒される。

 昂汰のギターソロが終わり、今度は一呼吸おいて奏のキーボードのソロが弾かれる。

 それは激しく唸りをあげ、それでいて流れるようで華麗な演奏であった。観客たちはその音色に耳を奪われる。



 「キーボードの子も負けてないな!」

 「あの子も見かけによらず可愛くない演奏しやがるな!」

 「奏ぇ! 頑張れー!!」

 「か、かっこいい!」



 奏の熱いキーボード演奏に「オー!」と歓声が上がった。



 (私の演奏をこんなにも沢山の人たちが聴いてくれてる! 弾いててよかった!)



 奏は歓声に気持ちを高ぶらせながらキーボードソロを弾き終える。

 その後三人は最後のサビを歌い切り、目が覚めるような空前の演奏を終えた。

 この観客の中に今起こっている事態をどこまで理解できている者がいるであろうか?

 素直に昂汰たちの演奏を称賛する者、唖然とする者、理解しようとしない者、様々な歓声が入り乱れる。



 「お前らすげーよ!! 次は何を聴かせてくれるんだ!?」

 「こんなの待ってたんだ!」

 「な、何か凄すぎて言葉が出ないな・・・。」

 「上手いんだろうけど、軽音部のと違って英語だしよく分からないね。」

 「確かに凄いけど、やっぱドラム無しだと迫力に欠けるかな・・・。」



 騒然としている会場を誠司は意気揚々と見渡す。



 「言葉は分からなくても体で感じろ!! それがロックだ!!」



 誠司は次の曲に入る為、昂汰に合図を送ろうとする。その時誠司は昂汰の異変に気付いた。

 昂汰は青ざめた表情でギターを見つめて立ちつくしている。



 「コウ、お前、弦が!?」



 誠司が昂汰のギターに目をやると、弦が二本切れてしまっていたのだ。

 ライブではよくあるトラブルであるが、昂汰にとっては初めての経験である。

 こういった際の対処方法は、まず替えのギターを用意しておくことだ。もちろんギターをもう一本など持ってきているはずがない。



 「コウ、替えの弦あるだろ!? 俺がすぐに張り直してやる!」

 「ゴ・・・ゴメン! 持ってきてないんだ!」



 ここにきて昂汰の経験の乏しさがライブの継続を困難にしてしまう。

 昂汰と誠司は冷や汗をかいて静止してしまう。奏が不安そうな顔で二人を見つめた。

 観客たちも昂汰たちの異変に気付き出す。



 「なんだなんだ? 大丈夫か?」

 「弦が切れたのか? 早く次の曲やれよ!」

 「何かトラブルみたいだな? もうやらなそうだから帰ろうか?」

 「いつまで待たせんだよ!」



 ステージの袖では軽音部の児島、川村らも昂汰たちの異変に気付く。



 「何だよ、弦が切れちまったのか? 替え持ってねーのかよ? これであいつらも終わりか・・・川村。」

 「ああ・・・。」



 児島と川村はその事態を少し腑に落ちない様子で眺めていた。

 ただただ立ち尽くす三人に会場から不満が湧き始める。



 「もう終わりか?」

 「期待させといてなんだよ! 帰ろうぜ!」

 「なんか大変そうだね、やっぱり川村先輩ももう出ないし帰ろう。」

 「うん、凄かったけど洋楽よく分からないしね・・・。」



 手の打ちようがない。昂汰は自らのミスを痛感し、膝をつき、ステージに崩れ落ちる。



 「・・・まだ全然伝えられてないのに。・・・僕のせいでみんな終わっちゃうのかよ!?」



 昂汰は俯き、絶望に沈む。

 暗闇の中をずっと彷徨い、やっと見つけた一筋の希望。

 バラバラになりかけながら、三人で奏でたロックンロール。

 自らを犠牲にして自分たちを舞台に送り出してくれた優しき教師。

 全てが崩れ去ってしまうのだと昂汰は思った。




 ――捨てられたおもちゃの兵隊は、魔法にかけられ、やがて戦場へと旅立つ。

 世界は絶望的であったが、それでいて美しく、希望と喜びに満ち溢れていた。



 唸るギター、深く脈打つベース、ドラムは轟音を奏で、ボーカルは音に命を宿らせる。

 疾走するビート、鮮やかに広がるメロディー、包み込むグルーヴに観客は酔いしれる。



 そして・・・。




 「スティル・アーリー・トゥー・エンド! ボーイ!」

 「え・・・!?」




 騒然とする会場を、観客を無理やり掻き分け、誰かがステージへと登る。

 その周囲からは怒号が飛び交う。

 


 「なんだあいつ? ステージに乱入か!?」

 「頭おかしいんじゃないか?」

 「関係者? そうは見えないけど?」



 周りの様子がおかしいのに気付いて昂汰は顔を上げる。

 そこには先程廊下でぶつかったポークパイハットを被り、サングラスをかけたボーイッシュな外国人の少女が腰に手を当て立っていた。



 その少女は徐にマイクスタンドのマイクを取り、会場に向かって叫ぶ。



 「ファッケェム オール!!!」



 会場中に少女の罵声が響き渡った。

 どこからか現れた謎の外国人の放送禁止用語絶叫に観客たちは唖然とする。

 


 「なんだ? 英語か!?」

 「外人みたいだけど、なんか凄く汚い言葉を言ったような・・・?」

 「ちょっと怒ってるみたいだぞ?」

 「ファッケェム オールって言ったぞ? 俺たちのことか!?」

 「クソ外人が! ふざけんな!」



 叫び終わった少女はもう一度昂汰たちの方を向き、帽子とサングラスを取って得意気な顔をする。

 セミロングのブロンドと白い肌に緑色の瞳。欧米人としては小柄で一見幼く見えるが、研ぎ澄まされたナイフの様にクールで凛とした眼差しに昂汰は目を奪われた。



 「イッツ・ビーン・ヨンクス!」



 その少女は親しげに昂汰たちに声をかける。英語で「久しぶり」というスラングだ。

 呆然とする昂汰と奏を尻目に、誠司がやれやれといった様子で答えた。



 「全く、相変わらずだな・・・アイリーン。」




 その音楽は、粗野で単純で脆くて安っぽく、そして美しい。

 少年はその音楽に魅了され、様々な出会いが生まれた。

 やがてその巡り会いは奇跡となる。

 


 ――ロックは魔法だ。

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