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King Of Pain

 ――少女の人形の住む街を強大な敵軍が襲う。

 おもちゃの兵隊たちは必死に戦うが、彼らは少女の人形と離れ離れとなってしまう。

 

 

 10月後半となり、昂汰と誠司の出会いから、もうすぐ2ヶ月が過ぎようとしていた。

 この日は昼間にもかかわらず、空には黒く厚い雨雲が浮かんでおり、今にも激しい雨が降り出しそうであった。

 英語部バンド、ザ・ティン・ソルジャーズの目指す東成高校文化祭である東成祭を二週間後に控え、東成高生達はその準備に追われていた。

 この重要な時に昂汰たちはといえば、未だにライブで演奏する楽曲の選曲段階であった。



 「だから初っ端は、勢いのある曲でバーッとインパクトを出してだな!」

 「いいえ、掴みはポップでキャッチ―な曲で皆の興味を引くべきだと思います!」

 「二人とも・・・、もう時間がないんだ。早く決めないとね・・・。」

 「じゃあ、コウはどっちがいいんだ!?」「昂汰君はどっちがいいんですか!?」



 少ない演奏曲の中、何を始めに演奏するかで誠司と奏は大揉めに揉め、話は暗礁に乗り上げていた。



 「あはは・・・、こういう時だけ、息ぴったりなんだよな・・・。で、二人は何やりたいの?」

 「一発目はディープ・パープルの早くて激しい曲がいい! 観客の度肝を抜いてやるぜ!」

 「こないだ昂汰君が教えてくれた、ローリング・ストーンズの昔の曲がいいです!」

 「なるほど、どっちも一理あるね・・・。」



 二人の意見を聴いて、昂汰は感心する。誠司は誠司で何も考えていないように見えて、しっかり捉えるところは捉えていた。誠司のハイトーンボイスにディープ・パープルは合っている。ステージでシャウトしている姿が目に浮かんだ。

 一方奏は現実的によく考えている。ストーンズであれば、皆気付かないうちに聴いたことのある曲も多いだろうし、誠司に歌わせるのも面白そうだ。

 合計4曲の演奏となるが、一曲は既に決まったようなものである。彼らのバンド名の由来にもなったあの曲だ。昂汰は更に選曲の希望を出す。



 「折角だから、ロクサーヌの曲もやろうよ! 多分CMとかでやってるから、受けもいいと思うよ!」

 「いいですね! 私もやってみたいです!」

 「いいとこ、それ入れて4曲くらいだな・・・。」



 三人がライブの選曲について話し合っていると、廊下の方から何やら大勢の足音が聴こえてくる。

 足音は英語部の部室である視聴覚室の前で止まり、ノックもなしに突然扉が開かれた。

 三人が入り口に目をやると、ギターやベースなどの楽器を持った生徒たちが、何も気にするような様子もなく、ゾロゾロと入って来る。

 驚いた奏がその集団に対して問い質す。



 「すみません! 一体何ですか? ここは英語部の部室です! ノックもなしに入って来るなんて失礼じゃないですか!?」



 すると、その中の一人の生徒が不思議そうな顔をして奏の質問に答えた。



 「何って、今日から視聴覚室を軽音部の練習場所に使っていいって、顧問の柏葉が言ってたぜ?」

 「はあ!?」



 昂汰たちが状況を上手く呑み込めないでいると、部屋の入り口から以前に見たことのある柄の悪い二人組が入って来る。軽音部部長の児島と川村であった。

 児島と川村はニタニタ笑いながら、視聴覚室の中の様子を見渡して昂汰たちを確認する。



 「悪いなお前ら、今日からここが第二軽音部室になることが決まってな。お前らの部室も変わったから、荷物をまとめて出てってくれ。」



 予期しない突然の児島の発言に、昂汰たち三人は沈黙する。数秒して、ふと我に帰った誠司が児島に詰め寄る。



 「ファック・イット! 何だよそれ!? そんなこと誰が決めたんだよ!?」

 「教員会議で正式に決まったんだ。軽音部は人数が多いから、練習場所が足らないんだよ。あと、三人しかいないお前らには広すぎるだろ?」



 児島は勝ち誇った様子で誠司に説明をする。もちろん「はいそうですか」と簡単に納得などできるはずがない。誠司は今にも児島に飛びかかりそうな剣幕である。

 そんな二人を尻目に、軽音部の長身のイケメンである川村が、奏に話しかける。



 「君、キーボードやってるんだって? 軽音部に入らない? 今弾ける奴がいないんだ。それにこいつらと一緒にやってるより、俺たちとやった方が注目されるぜ!」

 「ええぇ!?」



 川村の唐突なナンパのような勧誘に、奏は驚き、そしてムッとした。昂汰は奏の方を向いて不安そうな顔をする。



 「結構です! 私はあくまで英語部ですから!」



 奏がきっぱり断ると、川村は「ちっ!」と舌打ちをする。昂汰は安堵の表情を浮かべた。



 「誠司君、奏ちゃん、一旦職員室へ行って、高岡先生に確認しようよ。」

 「そうですね、そんな話全く聞いてなかったですし。」



 昂汰と奏はいきり立つ誠司を説得し、とりあえず顧問の翔子に事情を聞くことにする。

 勝手に荷物を運びこむ軽音部員たちを睨みつけながら、三人は職員室へと急ぐ。



 廊下には下校していく生徒が疎らに歩いている。少し薄暗くなり始めた校舎内を、三人は無言のまま進んだ。

 昂汰たちが職員室の外まで来ると、中から教師同士が言い争っている声が聴こえてくる。奏は恐る恐るノックをし、ゆっくりと扉を開けた。



 「どういうことですか!? こちらに何の相談もなく、勝手に部室の変更を決めるなんて!」



 中を覗くと、職員室の前の方で、英語部顧問である高岡 翔子が他の教師と言い争っている様であった。



 「決定事項です。しかも然るべき許可は取ってあります。大体、三人しかいない英語部に視聴覚室は広すぎでしょう?」



 翔子が言い争っている相手は、少し長い髪を真中分けし、顔は色黒で派手なライトグレーのスーツに尖がった革靴を履いた男性教師であった。女生徒の間で人気の高い数学教師、軽音部顧問の柏葉である。

 昂汰たちは不安そうな様子で翔子の元へ歩いていく。疎らではあったが、入って来たことに気付いた教師たちが昂汰たちを見つめる。



 「せ、先生・・・。」

 「あ、あなたたち!?」



 奏が心配そうな顔で翔子に声をかけると、翔子もやっと昂汰たちが職員室へ入って来たことに気付く。



 「軽音部員の人たちが急に来て、私たちの部室を使うって言うんです!」

 「・・・。」



 奏は翔子に問いかけるが、翔子はばつの悪そうな顔をして俯いた。三人は更に不安を募らせる。

 その沈黙を破るように、軽音部顧問の柏葉が話し出した。



 「私が説明しよう。文化祭ライブは軽音部にとって、年間を通して最大の行事でね。今の軽音部には幾つかのバンドがあって、部室だけじゃ練習場所が不足してるんだ。そこで、防音と設備が整った視聴覚室を第二の部室にさせてもらったんだ。」

 「視聴覚室は代々英語部の部室です! 勝手にそんなことして許されるんですか!?」



 柏葉の勝手な言い分に、奏が声を荒げて反論した。しかし柏葉は余裕の笑みを浮かべる。



 「何も私と軽音部が勝手に決めたわけじゃない。ちゃんと許可も取ってあるんだ。」

 「一体誰がそんな許可を出したっていうんですか!?」



 とその時、職員室の奥にある部屋の方から声が聴こえてきた。



 「許可したのは私だ。」

 「!!?」



 その声と同時に扉が開き、白髪頭をオールバックで固めた気難しそうな年配の男性が出てくる。東成高校校長の柿崎であった。



 「校長先生!?」



 昂汰たちは突然現れた校長に目をやり、呆然とする。翔子もいつになく不安そうな表情で校長を見つめた。

 校長の登場に、奏は怯んでしまう。すると、ここまで黙っていた誠司が校長に問いかける。



 「許可したって、どういうことだよ!? 俺たち抜きで勝手に決めるなんて、ちょっとやり方が汚くないか!?」

 (誠司君! 敬語、敬語!!)



 誠司の誰彼構わない発言に、昂汰、奏、翔子に緊張が走る。校長は目を閉じ、溜息を吐く。



 「口の利き方を知らん奴だな。確かイギリス帰りの帰国子女だったかな? 何やら君たちは英語部と名乗っておきながら、軽音部の真似事をしているそうじゃないか?」

 「それがどうしたってんだよ? 洋楽しかやってないんだから、別にいいだろ!?」

 (誠司君! 敬語、敬語!! ・・・って、もう遅いよね。)



 校長の勿体ぶった発言に、誠司は食って掛かる。職員室にいる別の教師陣も皆がこちらを向いて様子を伺う。職員室全体に一触触発の空気が流れた。



 「問題だよ。君たちは文化祭で演奏をするそうじゃないか? 困るのだよ、君たちは軽音部ではないだろ? 君らのようなことを許せば、他の部まで勝手な活動をやり出しかねんのだ。部活動は自分のやりたい事を好き勝手やる場所ではない。あくまでも教育の一環なのだよ。」

 「そんなこと今更!! 高岡先生が正式に決まったって!」



 誠司が戸惑い、顧問の翔子を見つめる。翔子は俯いて微動だにしない。



 「高岡君にも困ったものだ。軽音部に未練があるのはいいが、部活動に私情を持込まれては困るんだよ。文化祭で「英語圏の伝統的歌謡の合唱」というよくわからない名目で軽音楽をやろうなどとは、とんだ女狐だね。柏葉君の忠告がなければ、私も気が付かなかったよ。」



 校長が苦笑いしながら翔子に語り掛ける。柏葉は得意そうに笑みを浮かべた。

 思ってみれば、今まで事がトントン拍子で進み過ぎていた。校長の言っていることにも一理ある。軽音部以外でロックをやろうなどとは、そう簡単にいくはずがない。ロック好きの翔子があってこそのことであったのだ。

 翔子は相変わらず俯き、何も語らない。



 「といっても、一度はあんたたちが許可したことだ! 今度のギグは予定通りやらせてもらうぜ!」



 誠司がここまで来て、簡単に納得するわけがなかった。校長と柏葉が顔を見合わせ、呆れた顔をする。



 「いいだろう。但しやったからには責任を取ってもらう。もし君たちが文化祭で堂々と軽音部の真似事みたいなことをしてみろ! 今後英語部を活動休止とする。高岡先生、君も分かっているだろうな?」

 「えぇ!!?」

 「なんだそりゃ!?」



 事実上の廃部宣告であった。昂汰たちの顔が青ざめる。今まで俯いていたが翔子は顔上げ、校長を見た。



 「分かりました。失礼します。あなたたち、行くわよ・・・。」



 昂汰たちはとても納得できぬまま、仕方なく一旦翔子の後に続く。出る間際、柏葉が翔子に声を掛けた。



 「部室のことですが、こちらも悪いと思っているんですよ。文化祭が終わったら、ちゃんとお返ししますから! それまで英語部があればの話ですがね!」



 柏葉は不敵に微笑む。ここにきて昂汰たちは、改めて気付く。軽音部は自分たちのことをよく思っていない。軽音部員の児島や川村たちも糸を引いているのだろう。文化祭間際のここにきて、露骨に昂汰たち英語部を妨害してきたのである。

 昂汰たちは翔子の後に続き、英語教師たちが普段いる、英語準備室へと向かった。



 英語準備室に着くと、翔子は重苦しそうに自分の席に腰を下ろす。昂汰たち三人は翔子の前に並んだ。



 「どういうことだよ先生!? 今まであんな話一言も言ってなかったじゃないかよ!」



 誠司が今まで抑えてきた感情を翔子にぶつける。数秒の間をおき、俯いていた翔子はゆっくり上を向いた。



 「・・・全ては私の責任よ。私の短絡的な考えと力の無さが招いた事態なの・・・。」

 「!!?」

 「元々私は軽音部の顧問だったのよ・・・。」



 昂汰たちは驚きの声を上げる。翔子は静かに自らの過去を語りだした。



 高岡 翔子、28歳独身。友人間では自他共に認めるロックファンであり、クラシック・ロックからパンク、メタルまで様々なロックに精通している。学生時代はバンド活動に興じ、凄腕のギタリストとして名を馳せた。

 しかし教師になって以降、その美貌と物言わぬクールな性格、厳しい言動などから、彼女をよく知らぬ者からは若き女帝として恐れられていた。

 5年前、この学校に赴任してきた翔子は、ロック好きということもあり、軽音部の顧問となった。翔子は顧問としてロックの精神を生徒たちに説き、時には演奏の仕方を教え、時には一緒に演奏してロックを楽しんだ。

 翔子は教師としての厳しさとは裏腹に、ロックに関しては可能な限り自由であることをモットーとし、生徒の自主性を大事にした。生徒たちは翔子を慕い、翔子もまた生徒たちを愛した。翔子にとって、教師となって一番幸福な時期であった。



 3年前、翔子の幸せは終わりを告げる。他校より柏葉が赴任してきたのである。柏葉は前の学校で軽音部の顧問をしており、その指導によって軽音部の名を県外にも広く知れ渡らせた。

 柏葉が赴任してきた当時、軽音部の顧問は一時期翔子と二名体制となる。実績のあった柏葉に期待していた翔子であったが、すぐにその期待は失望へと変わる。

 生徒の自主性を尊重し、何よりもロックをしたい生徒に広く門戸を開いていた翔子とは対照的に、柏葉は自らの指示する楽曲の演奏、スタイルしか認めなかった。また、演奏技術・ルックスのどちらかがある一定以上に達していない生徒には、入部すら認めなくなったのだ。

 当然のように翔子は柏葉に不信感を持った。しかし年上で実績のある柏葉に対して、翔子は何もできなかった。程なくして、柏葉の方針に耐えかねて多くの彼女を慕う生徒たちが軽音部から去っていった。

 また若くて美しい翔子に対して、柏葉は密かに思いを寄せていた。愛する軽音部員に何もしてあげられない自らの無力さと、柏葉の執拗なアプローチに耐えかねて、翔子もポストの開いた英語部の顧問に身を寄せることとなる。




 「全ては私の過去に対する清算・・・いや復讐だったのかもしれないわね。」




 翔子の語られなかった過去を聞き、昂汰たちは息を呑んだ。翔子への疑念が真実となった。

 外では真っ黒い空から雷が鳴り、ドラムでも叩いているかのような大粒の激しい雨が振ってきた。

 奏は下を向き、拳を握りしめて翔子を問質す。



 「じゃあ、先生! 私たちを利用していたってことですか!?」

 「・・・そうね。そう言われてしまえばその通りよ・・・。ただこれだけは信じて欲しいの。あなたたちならこの学校を、あの軽音部も変えてくれる力があると思っているわ!」

 「そんなの勝手過ぎます!!」

 「奏ちゃん!?」「奏!?」



 奏は翔子の回答に対してそう叫ぶと、昂汰たちの静止を無視して、顔を赤らめて泣きながら英語準備室から走り去った。

 走り去る奏に戸惑う翔子を、誠司が冷めた目で見つめる。



 「先生、正直言って俺たちはあんたの過去の復讐だとか、軽音部がどうとかには興味はない。あんたに利用されようが、ロックをやらせてくれればそれでいいんだ。」

 「・・・。」

 「だけど奏は違う。奴は英語部ありきだ。信用していた教師に大好きな英語部を潰されかけられてんだからな。ああもなるだろ・・・。」



 誠司の率直な発言に、翔子は無言のまま項垂れる。そんな誠司と翔子を見て、昂汰も声が出ない。



 「とにかく、こんなんじゃライブなんてできないよな。なんか白けちまったよ。コウ、帰ろうぜ。」

 「う・・・うん。」



 溜息をついて誠司は英語準備室を後にする。昂汰は項垂れる翔子を振り返りつつ、誠司を追って部屋を出た。

 昂汰たちは特に何を話すでもなく、薄暗く誰もいなくなった校舎から外に出る。

 昂汰が見た事もないほど真っ暗な空からは、まだ激しい雨が降り続いていた。



 ★



 その夜、昂汰はベッドに横になるが中々寝付けなかった。外からはまだ降り続いている雨の音だけが聴こえてくる。目を開けば部屋中に貼られたポスターの中から、新旧のロックスターたちが語りかけてくるようである。

 昂汰の頭の中を、今までの出来事が走馬灯のように駆け巡った。



 「どうすればいいんだろう・・・。」



 思えば誠司が来てからのここ数ヶ月は、昂汰にとって夢のような日々であった。クラスの誰からも相手にされなかった一人ぼっちの昂汰に、無二の親友ができた。誠司は頑なに人前には出たがらなかった昂汰を、未知の世界へと連れ出してくれたのだ。数か月前まで、昂汰がライブで演奏するようになるなど、一体誰が予想できたことだろう。

 そして昂汰の変化は学校にまで及ぶ。まさか英語部でロックをやることになろうとは、今でも首を傾げてしまう。女の子とはほとんど話したこともない昂汰に、仲のいい女の子までできた。英語部の為とはいえ、奏はロックや昂汰たちのことを理解しようと努力してくれていた。

 誠司とヘルプで参加した初ライブ、視聴覚室での二人だけのライブ、三人で初めて演奏した小学校訪問、川辺で三人で見た流星群。どれも今までの人生で体験したこともない最高の時間であり、大切な思い出であった。



 「・・・やっぱりこんなの違うよね。」



 どうしようもない八方塞がりの中、昂汰に川辺で流れ星に願った思いが脳裏に浮かぶ。

 昂汰にとって一番耐えられないのは、三人がバラバラになってしまうことである。それはどんなに酷い暴力さえも及ばない程の苦痛であった。

 


 (もっと三人でいたい! 誠司君と奏ちゃんともっと色々な話をして、もっと沢山の曲をやりたい!!)



 三人でいる為にはバンドをやめるわけにはいかない。バンドの目指すものは文化祭でのライブである。だからといって、英語部は絶対に失くしてはならない。

 どんなことからも背を向け、戦いを避けてきた昂汰はこの時決意した。



 “どんなことがあっても、三人のザ・ティン・ソルジャーズを守ろう”と。



 熱い決意を胸に、昂汰はゆっくりと目を閉じた。



 ★



 次の日、昂汰が自分の教室入ると、いつもの席に誠司の姿はなかった。誠司も昨日の出来事は堪えたのだろう。

 昂汰は気を落とすが、今は落ち込んでいる場合ではないと自分を奮い立たせた。



 昼休みとなって、昂汰は一人別のクラスへと向かう。向かった先は1年A組、羽田野 奏のクラスであった。



 「えーと、このクラスだって言ってたよね。どこだろ・・・。」



 昂汰は教室の入り口から顔を覗かせる。教室の入り口でキョロキョロする挙動不審のその姿は、どう見ても怪しかった。

 入り口にいる他のクラスの怪しい男子に女子生徒が気付く。



 「何あの人? キモくない?」

 「誰かの知合い?」



 一部の女子がざわつき始めると、昂汰はその女子たちの中に奏の姿を見る。奏は窓際の席に座り、弁当を食べるわけでもなく、静かに外を眺めていた。

 奏に気付いた昂汰は緊張した面持ちで、まるでロボットのようなぎこちない足取りで奏の元へ歩いて行く。



 「やだぁ。あの人こっち来るよ! 奏の知合い?」

 「え? ・・・昂汰君!?」



 奏の周りに座って昼食を取っていた女子たちはざわつき始める。奏もやっと昂汰の存在に気付き、ハッとした表情をする。

 やっとの思いで奏の所まで来た昂汰は、立ち止まって深呼吸した後に話し始める。



 「話したいことがあるから、・・・ちょっと屋上まで一緒に来て欲しいんだ。」

 「・・・え?」



 そういうと、昂汰は一目散に教室の外へと駆け出した。奏は呆気に取られる。



 「何あれ!? 呼び出し?」

 「奏! きっと告白だよ!」



 呆気に取られている奏を周りの女子たちが囃し立てる。

 数秒して、奏は正気に戻るが、女子たちの話は更にエスカレートしていた。



 「でも、あれはないよね。」

 「そうだね。奏ならカワイイし、もっとイケメンと付き合えるもんね。」

 「ていうか、あの人怪しくてストーカーみたいだよね? 奏大丈夫? 私たちも一緒に行こうか?」



 黙っていた奏であったが、好き勝手言う友人たちに憤りが込み上げ、思わず大きな声を出してしまう。



 「こ、昂汰君はそんな人じゃありません!! ギターが凄く上手くて、優しい人なんです!!」



 奏の声はクラス中に響いた。昂汰のことを馬鹿にしていた奏の友人たちは驚いて黙り込む。それどころかクラス中の生徒たちが静まり返り、奏に注目した。



 「い、いや、私はそういうことが言いたかったんじゃなくて、えーと・・・。」

 「ちょっと、奏!?」



 思いがけない事態に奏は顔を赤らめると、友人の静止も聴かず、昂汰を追うように教室の外へと駆け出した。



 ★



 息を切らしながら走ってきた昂汰は屋上への階段を上り、外へと通じる扉を開いた。

 寒くなってはきていたが、昼休みの屋上はまだ暖かく、太陽が空高く昇っていた。誰もいない屋上を日が優しく照らし、心地の良い風が吹いている。

 昂汰は屋上へ出ると、薄暗かった階段とは対照的な溢れんばかりの日の光を仰ぎ、顔に手を翳した。

 屋上の縁には低い150cm位の手摺が付いており、街の景色を一望できた。昂汰は手摺の所までゆっくり歩いて行き、街の先の遠くの空を眺めた。



 「あの時の空と同じだ。」



 昂汰は誠司が転入してきた日、教室の窓から何となく眺めていた空を思い出した。それは自らのちっぽけな存在をあざ笑うかのように、どこまでも高く、世界の果てまで続いているかのように広く青い空であった。

 物思いに耽る昂汰に遅れて、奏が息を切らして屋上へと出てくる。



 「はあ・・・はあ・・、昂汰君! 一体どういうつもりですか!?」



 奏が入って来ると、昂汰は振り返って奏を見る。いつもの昂汰とは違う強く、迷いのないその瞳に奏は息を呑む。



 「いきなり呼び出してごめん・・。ただ奏ちゃんにはどうしても伝えたいことがあったんだ。」

 「ああ、昨日のことですよね・・・。取り乱してしまってすみませんでした・・・。ライブ・・できなくなっちゃいましたね。」



 俯いて愛想笑いを浮かべながら、奏は話し始める。昂汰のまっすぐな瞳に目を合わせることができなかった。



 「・・・でも昂汰君と佐伯君なら学校じゃなくてもロックできるじゃないですか。二人は二人の夢を叶えて下さい・・・。」

 「奏ちゃん・・・」


 

 そういうと、奏は昂汰の方を向き、後ろで手を組んで満面の笑みを浮かべる。それは奏の最大限の強がりであった。


 

 「英語部のことは心配しないで下さい。元々一人だったんです。何とかやりますから!」

 「違うんだ奏ちゃん!!」



 奏の顔から笑みが消える。昂汰は奏に一歩ずつゆっくりと近づいていく。



 「僕はさよならを言いに来たわけじゃないんだ。これから僕がこれからどうしたいかを全部話すよ。だから聞いて欲しいんだ!」

 「・・・。」



 昂汰の少し強い口調に奏は戸惑う。それに構わず昂汰は話を続けた。



 「僕はずっと一人だったんだ・・・。小学校も中学校も高校も・・・。ずっと友達と呼べる友達がいなくて、家で一人でギターばっかり弾いてた。・・・だけどある日誠司君が現れて・・・僕はいつも振り回されていたけど、それは凄く刺激的で、何だか暗闇に光が差した気がしたんだ・・・。そして奏ちゃん、君もね。」

 「昂汰君・・・。」

 「奏ちゃんがいなかったら、僕らはここまで来れなかったよ。英語部でロックをやりたいなんて無茶苦茶な僕たちを迎え入れてくれて、バンドにまで入ってくれたんだからね。」

 「でもそれは・・・。」

 「僕は今の三人でバンドができてとても幸せだ。だから誠司君も奏ちゃんも、誰が抜けてもダメなんだ! 僕の願いは一つだけだ。ずっと三人でバンドを・・・ザ・ティン・ソルジャーズをやりたい!! その為だったら、何だってするよ!」

 


 昂汰は自分の思う丈を、余すことなく奏にぶつけた。それを聞いて、奏にも込み上げてくるものがあった。そんな奏に昂汰は問いかける。



 「・・・だから教えて欲しいんだ。本当は奏ちゃんはどうしたいのかを!」



 その問いかけに、奏は抑えていた感情が溢れ出した。拳を握りしめ、叫ぶような口調で昂汰に言葉をぶつける。



 「私だって本当はこんなの嫌ですよ!! だけど英語部を潰すわけにはいかないんです!! どうしたいか!? そんなの私にだって分かりませんよ!!」



 奏はまた取り乱してしまっている自分に後悔をする。奏の思いは揺らいでいた。確かに奏にとって英語部はただ一つの居場所であり、かけがえのないものである。しかし今はそれだけではなくなっていた。

 焦燥する奏が上を向くと、昂汰はいつになく優しい瞳で奏を見つめていた。



 「僕にとっても英語部はもう単なる部活じゃないんだ。奏ちゃんがそうしたように、絶対に守らなきゃいけないものだ。・・・確かに僕は一人じゃ何もできないちっぽけなおもちゃの兵隊さ・・・。」

 「・・・めて下さい・・。」

 「だけど守りたいんだ! 奏ちゃんがただ一人で守ろうとした英語部を! 僕が生まれて初めて作ったバンドを! そして証明したい! 僕らが作ったバンドは最高なんだと!!」

 「・や・・めて・・。」

 「そして何より誠司君と奏ちゃんと三人でいたい! もっと色んな話をしたい! 色んな曲を演奏したい! 色んなところに行きたい! 英語部は絶対に潰させやしない! だからお願いだ!!」

 「・・・。」



 奏は下を向いて堪えるが、我慢できずにコンクリートの地面を涙が濡らした。

 昂汰は今までの人生で経験がないほどに自分の気持ちを赤裸々に伝え、最後に奏の前に片手を差し出して微笑む。



 「僕と一緒にバンドをやろう。」



 昂汰がそう告げると、今まで我慢していた奏の涙が零れんばかりに溢れ出した。



 「・・・どうしてですか?」

 「え?」

 「どうしてあなたはいつもそうやって優しいことばかり言うんですか!!? あなたにそんなこと言われたら・・・」

 「ちょっ!? 奏ちゃん?」



 奏は叫びながら昂汰の胸に寄りかかり、拳でその胸を叩いた。昂汰はよろめき、地面に倒れる。奏も倒れた昂汰に覆いかぶさる。



 「・・・そんなこと言われたら、信じるしかないじゃないですか!」



 起き上がろうと四つん這いになった奏の涙が、昂汰の胸の上に落ちていた。奏は自分の腕で必死に涙を吹き、それでも涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて笑った。



 「私も・・・あなたとバンドがしたいです。」



 奏が昂汰にそう伝えると、昂汰は倒れ込んだまま、安心して奏に笑顔を返す。この時、奏は本当の意味でザ・ティン・ソルジャーズの一員となったのだ。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、秋の優しい風が二人の髪を揺らした。





 「あの・・・お取込み中のところ悪いんだけどさ。」

 「!?」



 昂汰と奏はそのままの格好で屋上の入り口を見ると、そこには申し訳なさそうな顔で誠司が立っていた。

 誠司のその表情に、昂汰と奏が今どういう状況にあるかを思い出した。二人は顔を真っ赤にして慌てて立ち上がる。



 「・・・ずっといたんですか? 見てたんですか!?」

 「いやぁ・・・今来たとこだ。」



 奏が真っ赤な顔で誠司に詰め寄ると、誠司は苦笑いをして目を逸らした。



 「誠司君! 学校来てたの!?」

 「まあ、午前中はふて寝してたけど、暇だったからな。昼休みに来てみたらコウはいねーし、奏が走って行くのを見かけたからさ。だけどな・・・。」



 誠司は二人の元に歩み寄り、真剣な表情で拳を握りしめて自分の前に突き出す。昂汰と奏は不思議そうに誠司を見た。



 「お前らの気持ち、聞かせてもらったぜ! そうだ、俺らはこんなところじゃ終わらない! クソったれ共に最高のギグをぶちかましてやろーぜ!!」



 昂汰は誠司のその言葉を聞くと、深く頷いて誠司の拳に自分の拳を当てた。



 「やっぱり全部見てたんじゃないですか!! ・・・もう、仕方ないですね。」



 奏は昂汰とのやり取りをしっかり見られていたことに文句を言うが、顔を上げて優しく微笑み、二人の拳の間に自らの拳を当てた。

 三人は笑顔を浮かべ、互いの拳に新たな決意を感じたのであった。



 「あなたたち、もうとっくに昼休みは終わっているのよ。」

 「高岡先生!?」



 突然翔子が屋上の入り口から出て来る。昂汰と誠司はハッとして翔子を見つめた。奏は昨日のことを思い出し、翔子から目を逸らした。

 そんな奏を見て、翔子は静かに話し出した。

 


 「羽田野さん、昨日はごめんなさい。私は教師として最低よ・・・。あなたちに自分の気持ちを押し付けていたわ。だから約束したいの!」

 「・・・?」



 翔子は強い決意の瞳で三人を見つめた。目を逸らしていた奏も翔子の視線に吸い込まれる。



 「あなたたちのやりたいようにやりなさい! 英語部は絶対に潰しません!」

 「そんなこと言って、本当に信用できんのかよ?」 

 


 自身の決意を語る翔子に誠司が疑念を抱く。表情を曇らせる翔子であったが、黙り込んでいた奏が口を開く。



 「私・・・先生には感謝してるんです。英語部で一人になった私をずっと励ましてくれました。先生がいなかったら諦めていたかもしれません。・・・だから信じたいんです。私、先生を信じます!!」

 「羽田野さん・・・。」



 その言葉に、しかめっ面をしていた誠司も顔を和らげて奏を見た。



 「うちの部長がそう言うんじゃ、仕方ねーよな。先生、信じてるぜ!」

 「ええ、約束するわ!」



 三人は翔子とそう約束すると、大急ぎで教室へ駆け出した。食べ損ねた昼食も、次の授業に遅刻したあげく宿題を忘れていたことも昂汰にはどうでも良かった。

 部室を奪われて練習場所もなければ、文化祭まで時間もない。気付いてみればドラムもいない状況ではあったが、昂汰は満足であった。



 「しばらくはスタジオ通いだな。レンタル代どーすっかな?」



 走りながら誠司が溜息を吐く。その横で昂汰は清々しい顔で風をきっていた。



 とある高校の全く境遇の異なる少年少女たちが作ったロックバンド、ザ・ティン・ソルジャーズはついに一つとなる。それぞれがそれぞれに思いを抱え、三人はいよいよ文化祭の日を迎えるのであった。



 ――おもちゃの兵隊はなんとか少女と再会を果たすが、代償に片足を失ってしまう。

 傷ついたおもちゃの兵隊は、愛するものを守る為、自らが何者であるかを確かめる為、最後の戦場へと向かった。

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