Champagne Supernova
――おもちゃの兵隊は少女の人形と安らぎの一時を過ごす。
幸福な時間はおもちゃの兵隊に自らの使命を忘れさせる。
しかし、無情にも刻一刻と戦火は近づいてきていた。
小学校での初ライブを成功させ、昂汰達は文化祭ライブへの出演を目指して日々練習に励んでいた。
そんな彼らに吉報がもたらされる。放課後、部室で練習をしている彼らの元に顧問の翔子が意気揚々とやって来た。
「あなた達、文化祭でのライブ出演が決まったわ。吹奏楽部と軽音部の間に混じって、日頃の英語探究の発表の場として洋楽の演奏が認められました!」
三人は歓喜し、翔子へ駆け寄った。中でも誠司は興奮しており、翔子に質問をぶつける。
「で、何曲できるんだ? 順番は? 早くやる曲絞らなきゃな!」
興奮する誠司を窘めるように、翔子は三人に高校生の避けては通れない現実を告げる。
「文化祭への出演は決まりました。・・・だけど明日から中間テストのテスト期間です。原則テスト期間中の部活動は禁止よ。あと、英語部員が英語のテストで赤点なんて恥ずかしいことはやめてね。」
誠司と奏は何のことやらと言った顔をする。ただ一人昂汰の顔色だけが、血の気の引くように悪くなった。
「まあいないと思うけど、もしそんな子がいたら、文化祭でライブできるなんて思わないでね。」
翔子はそれを告げると、会議があるとのことでそそくさと部室を出て行った。
首を傾げる誠司と奏であったが、二人が昂汰の顔を見た瞬間、事態の深刻さを悟った。
「こ、昂汰君。英語はあまりできないって言ってましたけど、まさか大丈夫ですよね?」
「コウ、お前期末テスト何点だったんだ?」
昂汰は二人の問いかけを受け、苦笑いして冷や汗を流した。
そんな昂汰の表情を見て、誠司と奏の顔からも笑顔が消えていく。
「・・・20点。」
誠司と奏は膝を落として手を床に突いた。文化祭のライブ出演という明るい大ニュースから一変、暗い空気が流れる。昂汰は気まずい表情を浮かべて俯いた。
彼らにとって、文化祭ライブ出演を阻む最大の障壁の出現である。
そんな暗い空気を打ち払ったのは奏であった。
「まだ中間まで一週間あります! 私が教えますんで絶対大丈夫です!」
誠司は奏のやる気に満ちた反応に呆気にとられる。昂汰も驚く。昂汰は女の子にこんな希望に満ちた言葉を掛けられたことがなかった。
「そうと決まれば今日から勉強です! 英語の教科書を出して下さい! 昂汰君!」
「は、はい!」
奏の勢いに、昂汰は緊張した面持ちで返事をする。
昂汰が教科書を開くと、奏が熱心に教えていく。誠司はそのやり取りを不思議そうに見ていた。
「とりあえず今やってる教科書の話は、日本語訳を丸暗記して下さい。」
「ぜ、全部!?」
「時間がないので、点数だけを取る為にはそれが一番手っ取り早いんです。さあ、書いて読んでを繰り返して丸暗記して下さい!」
奏は教科書の英文に日本語訳をふるように指示をする。言われた通り、昂汰はせっせと教科書に訳をふっていく。
一通り訳をふり終え、二人は一息つくことにした。
「そう言えば昂汰君。この前借りたブラーのアルバム、ポップで聴きやすくて凄く良かったです!」
「ああ、『パークライフ』だよね? ロックが苦手な奏ちゃんでも大丈夫だと思ったんだ。今度他のも持ってくるよ。」
「はい! お願いします!」
ブラーのサードアルバムである『パークライフ』は、90年代ブリット・ポップムーブメントを代表する一枚である。英国風のひねたポップセンスが光る曲が多く、彼らのブリット・ポップ三部作の中でも、最も評価の高い名盤であろう。
楽しそうに音楽の話をする昂汰と奏に、誠司は何となく腑に落ちない様子であった。床にあぐらをかいて座り、頬杖をついて二人を見る。
「なんか、お前ら最近すげー仲良くないか?」
誠司の一言に、二人はギョッとして誠司の方を見る。
一瞬の間をおいて、奏は誠司が嫉妬しているのだと思い、ニヤッとしておどけてみせる。
「そうなんですよ~。誰かさんと違って、昂汰君とは仲良しなんです~。やきもちですか~?」
「え・・えぇぇ!!?」
奏の反応に誠司ではなく昂汰が驚いてしまう。昂汰はアワアワして頬を赤らめた。
それを見て、誠司は冷静な表情で昂汰の肩を叩く。
「・・・コウ、いくらモテないからって、付き合う女は考えた方がいい。苦労するのはお前だぞ。」
「へぇぇ!? つ・・つ・付き合う!?」
「ちょっと! それどういう意味ですか!?」
誠司の冗談に昂汰は本気で動揺する。奏も奏で頬を膨らせて誠司を睨んだ。
「ブラーもいいけど、俺はオアシス押しだぜ! まあ、奏には分からないだろうがな。」
「はあぁ!? 勝手に決めないで下さい!」
「まあまあ、二人ともやめなよ。確かにオアシスのセカンドは歴史的名盤だよね。今度持ってくるから、奏ちゃんも聴いてみなよ。」
「昂汰君がそう言うなら・・・。」
文化祭を半月後に控え、秋も半ばを過ぎようとしていた。三人は何だかんだで絆を深めていっていた。
★
完全下校時間となり、三人は慌てて校舎を出る。少し前とは違い、辺りはもう真っ暗となっていた。秋の虫たちの歌声が響いてくる。
三人はいつものようにたわいも無い話をしながら帰路へ就く。
「そういえば、もうすぐロクサーヌがワールドツアーで来日するんだよね?」
「今イギリスで、いや世界で最も注目されるバンドの来日だな。」
「私も知ってます! ニュースにも出てました! 私達とあんまり歳も変わらないのに、世界的に活躍してるんですよね?」
昂汰が間近に迫ったイギリスの人気バンドの話を切り出す。流石に世界的人気バンドということもあって、奏もその存在を知っていた。
あまり最近の音楽を聴かない昂汰であったが、この世界的人気バンドのロクサーヌに関しては、話が別である。いつになくワクワクしている様子であった。
「見に行きたいな! チケットなんか取れないよね?」
「とっくにソールドアウトだよ。早くても手に入れるのは難しいだろうがな。」
「凄い人気なんですね。そういえば、メンバーに小さくてカワイイ、ブロンドの子がいましたよね?」
奏がロクサーヌのメンバーについて二人に問いかける。ロクサーヌはボーカル、ギター、ベース、ドラムの四人編成で、女の子が一人混じっていた。
その少女の背丈は奏とほとんど変わらない位で、欧米人としてはかなり小柄である。ロックについてはよくわからなかったが、奏としても同世代の女の子に親近感を感じている様であった。
「ドラムのアイリーンだよね? あの小さな体でとんでもなくパワフルなドラミングをするんだよ! しかも凛としてて、カワイイしね!」
「・・・昂汰君はああいう子が好きなんですか?」
「え!? い、いや、僕は純粋に彼女のドラムが凄いっていうか、カワイくて凄いっていうか・・△×≦■☆!?」
昂汰が嬉しそうにアイリーンのことを褒めると、奏はややムッとした表情で昂汰に切り返す。昂汰はいつものように慌てふためいた。
そのやり取りを見て、誠司は声を出して笑い出す。
「はははは! お前ら分かりやすくて面白いな! だけどコウ、多分アイリーンは奏以上のアバズレだと思うぜ。」
「え!? なんでそんなこと分かるのさ!?」
「別に、勘だよ、勘!」
「ていうか、私がアバズレってどういうことですか!!?」
誠司が知ったようなことを言ったので、昂汰はそれを疑問に思う。しかし、そこですかさず奏の反論が入り、深くは突っこめなかった。
気を取り直して、昂汰は別のメンバーの話を始める。
「ギタリストのシモンも凄いよね。正直、単純に上手いとかそういう問題じゃないよね。何か別次元というか・・・。」
「ああ、あいつほどのギタリストは見たことないな。」
やはり、誠司とロクサーヌは何らかの関係があるのだと昂汰は感じた。昂汰は何となくこれ以上は聞くことができなった。
三人はそのまま夜の田舎道を歩いていく。
「あ!? 流れ星!!」
奏が突然夜空を指さし、声を上げた。昂汰と誠司も奏の指差す方向を見上げるが、既に遅かった。夜空にはいつも通り、星が瞬いているだけである。
「何だよ奏、見間違いじゃないか?」
「違います! 本当に流れ星がバーッと落ちてったんです!」
「本当だと思うよ。今日は確か何とか座流星群の見頃だとか、ニュースで見た気がする。」
誠司に疑われて、奏はいきりたつ。昂汰は朝ニュースで見た、流星群の到来を思い出した。
三人が夜空を眺めていると、一つ、二つと徐々に流星が遠くの空に落ちていった。皆声を上げる。
「すげー! ファッキン・ビューティフルだぜ!」
「こんなに沢山流れ星を見たの初めてです! キレイですね!」
「これからがピークみたいだね。少し見ていこうよ。いい場所があるんだ!」
そう言うと、昂汰は小走りで誠司と奏を案内する。
数分して、三人は人目につかない川辺に辿り着く。昂汰はなだらかな坂になった河川敷に鞄を置き、鞄を枕代わりに草むらに横になった。
「さあ、二人も横になって星を見ようよ!」
誠司と奏は顔を見合わせるが、昂汰の言う通り、昂汰を挟むような形で横になる。
夜の川辺は静寂であった。静かに流れる水の音と、秋の虫たちの鳴き声が間近に聴こえてくる。
三人が見上げる夜空からは、少しづつ流れる星の数が多くなっていく。聴こえてくる音と相まって、幻想的な雰囲気である。
「ファッキン! こんだけいっぱいだと、願いごと叶えたい放題だな!」
「あなたは口が悪いのが治るように願った方がいいんじゃないですか?」
「うるせー! 奏は性格が良くなるように願っとけよ!」
「はあ!? それじゃあ、私の性格が悪いみたいじゃないですか!?」
「じゃあ、少しは色っぽい大人の女になれるように願っとけ!」
「まあまあ、二人ともこんな時くらいやめなよ。」
いつものように誠司と奏の言い合いが始まるが、昂汰は夜空を流れる美しい星に胸がいっぱいとなり、二人の言い合いさえも微笑ましく感じられた。
やがて夜空からは、宛らシャワーのように流星が降り注いでくる。言い合いをしていた二人も、その美しさに言葉を失った。
「何か、ここでこうして星を見ていると、いつもある曲を思い出すんだ。」
「何だコウ? 折角なら歌ってみろよ。俺ら以外誰も聴いてないぜ。」
「私も昂汰君の歌、聴いてみたいです!」
昂汰は思わぬ展開に二人の顔を見回す。普段であれば、絶対に人前で歌など歌わない昂汰であるが、夜空を流れる壮大な流星群に魅せられ、少し気がおかしくなっていた。
「・・・下手だけど、笑わないでよ。」
そうすると、昂汰はゆっくり息を吸い、一度吐き出して慣れない様子で静かに歌い出した。
英語に関しては、正しい発音も何もあったものではなかったが、以外にも昂汰の歌は中々上手かった。ゆっくりと優しいメロディーが口ずさまれた。
「いい曲ですね・・・。」
「オアシスの『シャンペン・スーパーノヴァ』だな・・・。歌詞の意味とは少し違うけど、正に今の雰囲気にぴったりかもな。」
何やら納得した様子で、誠司も昂汰に合わせて歌い出す。夜の川辺に二人の歌声が静かに響き渡った。
三人が見上げた夜空からは、絶え間なく流星が降り注いでくる。それはまるで、噴き出したシャンペンの泡のようであった。
「本当にキレイですね・・・。」
奏は二人の歌う優しい歌を聴きながら、今まで見たこともない幻想的な光景に見惚れていた。
スーパーノヴァとは日本語で超新星という意味であり、恒星が一生を終える時に起こす爆発現象のことである。昂汰は今眺めている星のほとんどが、既にこの世に存在しない過去の光であることを知っていた。
空からは既に息絶えた星達の光と、今まさに燃えつきようとしている星の破片、流星群が異なる形で昂汰達に語りかけてくるようであった。
そんな星々の壮大さの中に、昂汰は口には言い表せない人生だとか青春の儚さを感じていた。
「昂汰君、歌上手いですね。そういえば、昂汰君も何か願いごとしたんですか?」
歌い終えた昂汰に奏が質問をする。昂汰は少し不意を突かれた様子で奏を見るが、ニンマリしてまた上を向く。
「・・・秘密さ!」
「えー!? 教えて下さいよ!」
「察してやれ奏、隠すってことは、お前とのことに決まってんだろ。」
「昂汰君!? え? 私そんなこと急に言われても!?」
「い、いや、何も言ってないし、多分想像してることとは100%違うから!」
誠司の冗談に、奏は珍しく顔を赤らめて動揺する。昂汰も慌てて言い返した。
昂汰が願いごとを口にはできなかったのは、無理もなかった。願っていたのは今この時である。昂汰にとっては、誠司、奏と一緒にいることこそが最高の幸福であった。それより他に何も望むことなどなかったのだ。
一人の少年の儚い願いに応えるかのように、数えきれない程の流星が光り、遠くの空へ消えていった。
この後、三人は星が降り止むまで、美しい秋の夜空を静かに眺めていた。
・・・一週間後、昂汰はかろうじて英語の赤点を免れ、文化祭ライブへの出演を決めたのであった。
――優しき日々はやがて終わりを迎える。
二人のおもちゃの兵隊と少女の人形を、戦火が覆うのであった。