Tin Soldier
――遥かな旅の途中、おもちゃの兵隊は自分が異質なものだと気がつく。
彼は自分が何者であるかを問い、困惑する。
彼の体はブリキでできていた・・・。
誠司が軽音部の先輩と揉めた次の日、クラス中がその話題で持ちきりとなっていた。
クラスメイト達は誠司のことを心配して声をかける。
「佐伯君、軽音部の川村先輩と喧嘩になりかけたんだって!?」
「やばいよ、川村先輩ってイケメンだけど、キレたら手がつけられないって話だよ!」
「えっ? そんなにイケメンなの!?」
「マジイケメンだよ! こないだ廊下ですれ違ったけど、背高くてイケメンでやばかった!」
一部の女子は喧嘩の話ではなく、川村がイケメンかどうかで盛り上がるが、多くのクラスメイトが誠司のことを気遣った。
当の誠司はというと、相変わらず呑気であった。クラスメイト達に涼しい顔で答える。
「別に先輩って言っても、歳一つしか変わらないだろ? 向こうじゃあいつよりデカい奴なんてゴロゴロいるし、あーいう自分が凄いって勘違いしてる奴って、何かムカつくんだよね。」
誠司の言う「向こう」とは、もちろんイギリスのことである。誠司にとって、自分より体の大きい人間との揉め事など日常茶飯事であった。余裕な様子にクラスメイト達は関心してしまう。
「なんか、誠司君て危険なスラム街で育ってきたみたいだね。」
一方、昂汰は周りのクラスメイト達の心配の声を聴いて、気が気ではなかった。
(誠司君はいいけど、僕は軽音部なんかと関わりたくなかったのに! 命がいくつあっても足らないよ!)
やはりこの状況でも昂汰を気遣う声は聞こえてこなかった。そんなことはどうでもよかったのだが、昂汰は一人不安を募らせる。
昂汰の不安をよそに、誠司はクラスメイト達に質問する。
「軽音部に入る以外に学校でバンドやる方法ってないのかな?」
誠司の質問に、そういう事情に詳しい男子が答えた。
「う~ん、さすがに吹奏楽部じゃエレキギターとかは演奏させてもらえないよね。とにかく、学校に楽器を持ち込むには、正規の部活動でなきゃダメなんだよ。」
普通に考えて、軽音部に入る以外に学校で堂々とロックなどできるはずがない。誰もがそう思っていたが、誠司がそう簡単に諦めるはずもない。
「要は何か部活に入って、やらせてもらえりゃいいってことだよな? ・・・コウ、放課後付き合え。」
「え!? また何か思いついたの?」
誠司は不敵な笑みを浮かべる。昂汰はその顔を見て、更なる不安を募らせた。
★
その日の授業が終わり、昂汰と誠司は鞄を片手に教室を出る。昂汰はどこに向かうか聞かされていなかった。
「誠司君! 今度はどこに行くんだよ?」
「ん? 別に決まってない。」
「はい?」
どうやら本当に行先は決まっていないようである。誠司は色々な教室を覗きながら、放課後の学校を歩いて回った。
しばらくして、誠司はある教室の前で立ち止まり、中の様子を伺った。数人の生徒が何か話し込んでいる様子である。
「うん、まずはここから始めるか。」
そう言うと、誠司は何の躊躇もなくその教室へ入って行った。昂汰は戸惑いながらもその後を追う。
中に入ると、話し込んでいた生徒の視線が誠司に集まる。誠司は唐突に質問をした。
「あの、ここ何部ですか?」
誠司が質問をすると、話し込んでいた生徒の一人、眼鏡をかけた真面目そうな男子生徒が答えた。
「ここは歴史研究部だが、何か用かね?」
それを聞くと、誠司は5秒ほど考えた後で何か閃いたらしく、元気よく答えた。
「歴史研究部ね・・・。分かった。俺ら入部してロックの歴史を研究するんで、ロックをやらせて下さい!」
誠司は無理やり理由をこじつけた。昂汰は呆れてしまうが、その部長らしき眼鏡をかけた男子は真面目に話を聞いている様子である。
「そうか、君はジョン・ロックが好きなんだね。私も彼の『人間悟性論』を読んで感銘を受けたよ。話は分かった。入部を歓迎しよう!」
どうやら話が噛み合っていないようである。この眼鏡の男は、ロックはロックでも、イギリスの哲学者ジョン・ロックと勘違いをしてしまっているようだ。
誠司もわけの分からないことを言われて、いつものように反論してしまう。
「ロックって言ったら、ロックンロールに決まってんだろ!?」
その後、相手も事情を理解し、入部してロックバンドをしたいと説明するが、当然のように断られた。
誠司は不満そうな顔で、「ダム・ギーク!」と捨て台詞を吐いて早々に教室を出る。「オタク野郎」とか「ガリ勉野郎」などという意味であるが、彼らが知るはずもない。歴史研究部員達はキョトンとする。
昂汰も誠司の言ったことは分からなかったが、いつものような罵倒であることは理解していた。後は歴史研究部員達が英和辞典を引かないことを祈るだけだ。
歴史研究部の教室を出て、誠司は気を取り直して再び歩き始めた。
昂汰は誠司の意図にようやく気が付く。
「もしかして、そうやって学校中の部活を回る気なの!?」
「だってそれが一番手っ取り早いだろ?」
昂汰の静止も聞かず、誠司はその後、文芸部、手芸部、棋道部、料理部、化学部、物理部など様々な部活を回り、何かと理由をつけてバンドをやらせて欲しいと説明する。もちろんみんな断られた。
中々諦めない誠司を昂汰が再び止めようとする。
「もう無理だよ! 諦めて帰ろうよ!」
軽音部の川村に言われたことが二人の頭に過った。文化祭のライブは毎年軽音部や吹奏楽部のブラスバンドが何組か出演しているが、それ以外の部活からの出演など前例がなかった。特に何部でなければならないという決まりはなかったが、そもそも部活動でなければ楽器の学校への持ち込みは許されていない。文化祭のライブへの出演など、音楽系の部活以外にはほぼ不可能なのである。
二人は等々学校の外れ、第二校舎の四階奥までやってきた。目ぼしい文化部は大体回ったが、全て門前払いに合っていた。
ここまで来ると、さすがに誠司も焦りの色を隠せない。
「ここで最後か・・・。コウ、視・・聴・覚室って何だ?」
「確か大きいスクリーンがあって、ビデオ教材なんかを見るところじゃないかな?」
誠司は聞き慣れない日本語の意味を昂汰に聞く。そこは他の教室と違い、金属の頑丈な扉がついており、中の様子を伺うことはできなかった。
とりあえず誠司はノックもせずにその扉を開ける。中には誰もいない様子だ。教室前面に大きなスクリーンがあり、床は絨毯張りで、普通の教室の2倍くらいの広さであろうか。窓からは夕日が差し込み、真っ白いスクリーンをオレンジ色に染めていた。
「コウ、この部屋の壁防音使用だぜ! あっちにあるのは電子オルガンみたいだな。デカいスピーカーもあるし、なんかスタジオっぽいな!」
「映画の教材とかも見たりするしね。音漏れしないようにちゃんとしてるみたいだね。ここもどこかの部の部室なのかな?」
誠司は視聴覚室の機材を舐めるように見て回り、興奮する。昂汰は勝手に機材をいじらないように誠司に注意する。
二人がそんなやり取りをしていると、入り口から誰かが入ってきた。
「誰ですか? 勝手に触らないで下さい。」
「あっ、す、すいません! すぐに帰ります・・・って、あれ?」
二人が振返ると、そこには以前教室で誠司が罵声を浴びせた他クラスの一年生女子、羽田野 奏の姿があった。
奏は誠司を見るなり後ずさり、扉の影に隠れて顔を覗かせた。
「あ、あなたは佐伯 誠司! と・・・? 英語部の部室に一体何の用ですか!?」
(ぬっ、抜かされた!? 僕!)
奏は突如現れた誠司を警戒し、扉の方から睨みつけた。昂汰は蚊帳の外である。
一方誠司は奏のことよりも、この視聴覚室の設備の方が気になるようだ。
「ん、なんだお前か。ずいぶんいい部屋使ってんだな。あの電子オルガンも部活で使ってんのか?」
「そうですよ。英語教育の一環で英語の歌を歌ったりしますからね。他にも小学校とかに行って・・・! って、こないだあんな汚い英語の罵声を私に吐いといて、よく平然とそんなことが聞けますね!?」
マイペースな誠司に奏は調子を崩してしまう。とは言っても、先日の一件はやはり根に持っているようである。
「お前がロックを馬鹿にするから悪いんだろ?」
「あなただって、英語部の活動をおままごとって言ったじゃないですか!」
誠司はつっかかってくる奏に反論し、奏も応戦した。二人は軽い言い合いになるが、昂汰がそれを見かねて割って入る。
「止めなよ! お互い様だと思うよ。」
「ていうか、さっきからあなた一体誰なんですか?」
誠司のことに夢中で、奏は昂汰を見ていなかった。先日の一件の時も、一緒にいたことを覚えているかどうかも怪しい。
奏の質問にはいつものように誠司が説明した。
「結城 昂汰だ。俺のバンドのギタリストだぜ。」
「ぷっ!」
奏は吹き出しそうになるが、この反応は無理もなかった。どう見ても昂汰はロックバンドのギタリストには見えない。
しかし奏は見ず知らずの昂汰にそのことを突っ込むことはできず、とりあえず聞き流して部屋の中に入り、話の本題に入る。
「まあいいです。この前の件は私にも非がありました。で、今日は何の用ですか?」
「ああ、英語部だったけか? 入ってやるから、ロックをやらせてくれ。」
「はあぁ!?」
誠司のストレートな返答に、奏は状況を呑み込めない。当然のように聞き返す。この流れも今日のテンプレートだ。
「なんで英語部なんですか? ロックをやりたいんであれば、軽音部に入ればいいじゃないですか!?」
「軽音部の奴らと揉めてさ、今度のカルチャー・フェスティバルのライブで奴らを見返したいんだ。俺ら洋楽しかやらないから英語部とは無縁じゃないだろ? あんただって部員がいなくて困ってんだよな?」
誠司はまた強引なこじつけで部活とロックを結び付けた。ここに来るまで色々な部活に散々断られてきた為、昂汰は当たり前のように断られると思っていた。しかし奏には奏のシビアな事情があるようである。
「前も言いましたが、私はロックなんて嫌いです。でも英語部も私一人では活動できないのも事実です。英語部の活動を手伝ってくれるんであれば・・・。」
「よし、交換条件だ! 俺らは英語部に入ってロックをやる。そんでよく分からんが、そっちのことも手伝う。スピーチコンテストだか水着コンテストだか知らないけど、ロックをやらせてくれるんなら、何でもやってやるよ!」
(水着って・・・。当然僕も数に入ってるんだよな。)
話に希望が見えて来た為、誠司のテンションは上がる。昂汰はもう流れに身を任せるだけであった。一方奏はまだ煮えきらない様子だ。
「仮に私がいいと言っても、高岡先生が許可してくれないと思います。」
「たっ、高岡先生!?」
「なんだコウ? 知ってんのか?」
ここまで黙っていた昂汰が驚き、声を上げる。誠司は昂汰の方に顔を向けた。
「英語の先生で、美人だけど凄くおっかないんだ。」
昂汰の脳裏に廊下を颯爽と歩き、周囲の生徒を恐れさせる女性教師の姿が浮かんだ。
「まあいいさ、俺が英語とロックの密接な関係を説明して、本物のロックの素晴らしさを分かってもらえば大丈夫だ!」
昂汰の心配とは裏腹に、誠司は相変わらず能天気な感じである。このままでは、今から考えなしに職員室へ乗り込みかねない。昂汰はとりあえず落ち着いて考えるように誠司へ促す。
二人が話していると、奏は視聴覚室に入ってくる人影に気がついた。
「た、高岡先生!」
入って来たのは英語部顧問、英語教師の高岡 翔子であった。
すらっとした体に薄いブルーのブラウスとグレーのスカートを身につけ、小顔でシャープな口元。長い髪を後ろで束ねて結び、メタルフレームの眼鏡が似合う知的美人だ。
誠司は思わず「ヒュー」と言って見とれてしまう。そんな誠司に翔子は色っぽさとは裏腹に厳しい表情で話かける。
「君ですね? うちの羽田野さんにずいぶん素晴らしい罵声を浴びせてくれたのは?」
会って早々厳しいところを突かれてしまう。誠司は頭を掻いて愛想笑いを浮かべる。翔子は更に話を続けた。
「話は少し聞いたわ。君が私に本物のロックの素晴らしさとやらを教えてくれるのかしら?」
誠司は相変わらず動じる様子もなかったが、奏は不安そうな表情である。一番焦っていたのは昂汰であった。「怒られる! 怒られる! 怒られる!」と頭の中で叫んでいた。
翔子はその後ゆっくり三人の方に近づいてくる。そしてあざ笑うかのように誠司に問う。三人にしてみれば意外な反応であった。
「たかが15~6歳の高校生に、本物のロックの何が分かるっていうのかしら?」
返ってきたのは誠司に対する挑戦的な言葉であった。昂汰と奏としてば予想外の反応だった。誠司にしてみれば、そんなことを言われて黙っているはずがない。
「面白いこと言いますね。俺は本物を知ってるし、本物です。ついでにそこの奴も本物だから、本物による本物のロックを・・・」
「まあ、いいでしょう。そんなの口で説明できるものではないわね。」
翔子は誠司の取り留めのない返答を遮るように話を続けた。誠司はまだ喋り足らずに不満を感じる。
「とにかく、英語部でロックをやらせろなんて馬鹿みたいな要望、簡単には許可できないわ。・・・だから条件を出します。」
三人は息を呑む。一体どんな無茶な要求が飛んで来るのか予想もつかなかった。翔子は微笑みながら条件を提示する。
「バンドマンなのだから曲で語りなさい。明日この場所で1曲やらせてあげるわ。もちろん英語の曲をね。軽音部を敵に回してでもロックをやりたいという覚悟を見せてみなさい。私を満足させることができれば、今回の話は英語部の活動の一環として、許可してあげるわ。イギリス帰りのモッズ君。」
思わぬ展開であった。昂汰と奏は翔子の隠れた一面を垣間見、確信する。学校では「クール・ビューティー」だとか「若き女帝」だとか言われて恐れられている女教師が、実は隠れロックファンだったのだ。いや、誰も聞かないだけで、本人は隠しているつもりはないかもしれないが。
誠司はニヤッとしてその提案に答えた。
「約束だぜ! 後でダメでしたなんて無しだからな!」
誠司は既に勝ったつもりだ。それを聞いて、昂汰は肝心なことを指摘する。
「でも二人だよね? 英語の歌なんて誰が歌うのさ?」
「何言ってんだ? ギターもベースも弾けるけど、俺の本業はフロントマンだぜ!」
「え? 嘘!?」
昂汰にとってそれは初耳であった。てっきり誠司はベーシストなのだと思っていたのだ。確かにこれまで誠司が歌を歌うシチェーションはなかったかもしれない。たまに口ずさむ鼻歌を聴いたことがあるくらいだ。
驚く昂汰を横に、誠司は翔子に啖呵を切る。
「俺がこんなところでたった二人のバンドで歌うんだ。先生、高くつきますよ?」
自身あり気な誠司に、翔子は鼻で笑って見せる。
「楽しみにしてるわ。明日の放課後、この場所で待っています。足りない機材はあなた達で用意しなさい。」
翔子が明日の予定を淡々と告げ、話が終わると誠司は颯爽と視聴覚室を出る。満足した様子であった。昂汰はまだ先程のことが納得できず、誠司を追いながら問いかける。
「ちょっと誠司君! 君がボーカルって本当なのかい? だけど歌うって一体何をやるつもり?」
「うん、やっぱり俺の一番好きな曲しかないな。コウ、スモール・フェイセスはできるか?」
二人は明日何をやるかを打ち合わせしながら、うす暗くなった校庭を横切り、帰路に就く。
昂汰は沈みゆく夕日を見つめ、心に期待と不安を抱いていた。
★
明くる日、昂汰は生まれて初めて学校にギターを持って来ることとなった。登校途中、正直周りの視線が鬱陶しかった。
二人は朝来るなり、楽器、シールド、アンプなどの機材を視聴覚室へ運び込む。教室まで持って行かなくて済んだのが、昂汰のせめてもの救いであった。
昂汰は緊張の面持ちで一日を過ごし、誠司はいつも通り余裕な様子でクラスメイト達と話していた。
放課後、二人は待ち望んでいたかの如く教室から駆け出した。廊下にたむろする下校する生徒たちをかき分け、視聴覚室へと向かう。
もちろん、今日何をやるかは既に決まっていた。二人は視聴覚室へ向かいながら、演奏に関する最後の打ち合わせを行う。昂汰にとっては、初の誠司がボーカルでの演奏であった。
二人が視聴覚室へ着く頃には、既に翔子と奏がパイプ椅子に座って待ちかねていた。
翔子は足を組んで昂汰と誠司に目を向ける。奏は膝に手を当て、緊張している感じだ。
「さあお二人さん、あなたたちの覚悟、見せてもらうわ。」
それを聞くなり、昂汰と誠司は急ぎ演奏の用意に取り掛かる。昂汰はセッティングが終わると軽くギターを鳴らし、音の出を確認する。
カジノの乾いた音色が部屋中に響き、奏はそれに反応して体を震わせる。
「凄い音。やっぱりエレキギターの音って大袈裟過ぎて苦手です。」
それに続いて誠司がベースの音を調整し、マイクの音量を確認する。
部屋の中はギターの和音とベースの低音で全ての空気が占領されているようであった。
用意が終わると、誠司が始まりの合図をする。
「あんまり弾きながら歌うのは好きじゃないんだけど、そんじゃ、いきますよ。1.2.3.4!」
昂汰は誠司の合図にタイミングを合わせ、ギターのストロークを始める。ゆっくりと繊細なギターリフが刻まれる。誠司も野太いベースの音を鳴らし、二人の楽器の音が部屋中に響きわたる。
それを聞いて翔子が静かに呟く。
「スモール・フェイセス・・・、『ティン・ソルジャー』ね・・・。渋いところ突いてくるわね。」
始まって数秒、イントロの段階で翔子は何の曲であるかすぐに気付く。もちろん奏にはチンプンカンプンであった。
イントロが終わると、誠司は目を閉じてゆっくりと歌い始める。
それはまるで語りかけるようで艶やかな歌い出しであった。その歌声に昂汰は舌を巻く。
(誠司君上手いな! まるでプロのソウルシンガーだ・・・。)
誠司の歌声は曲が進むに連れて変化していく。サビに入る頃にはその印象は全く違うものになっていた。
それはソウルフルかつブルージーであり、突き抜けるようなハイトーンボイスは、その場に居合わせた全員の度肝を抜く。
普段冷静な翔子も例外ではなかった。
「この歌声、・・・まるでスティーブ・マリオットね。」
かつて、伝説のシンガーがイギリスにいた。
その男は身長160センチ少々の小柄な体格ながら、ソフルフルでパワフルな歌声でシーンを席巻した。
スモール・フェイセス、ハンブル・パイという二つのバンドを成功させ、そのスタイル、歌声にあのポール・ウェラーが憧れ、レッド・ツェペリンのロバート・プラントがその才能を羨んだ。
彼の名はスティーブ・マリオット。後年は商業的に恵まれなかったせいか、日本ではその実績の割りに、知名度は以外に低い。
しかし誰が何と言おうと、彼がロックの歴史が生んだ偉大なシンガーであるということは、紛れもない事実であろう。
「ティン・ソルジャー」はスモール・フェイセスの代表曲の一つである。直訳すれば「スズの兵隊」、分かりやすく言えば「ブリキの兵隊」という意味である。
その歌詞の内容は戦争などとは一切関係なく、スティーブ・マリオットが自分を相手にされないおもちゃの兵隊に見立て、愛する女性に振り向いて欲しいと歌ったラブソングであった。曲調はドラマチックであり、パッショナブルなマリオットの歌声が心を揺さぶる名曲である。
元々英語が喋れるのは知っていた。だが誠司の日本人離れした歌声に、昂汰はギターを弾くのを忘れてしまいそうになる。
奏はロックのことがよくわからなかったが、今そこで歌われている歌は、今まで聴いてきたどんなものとも異質であると感じていた。全身から入ってくる誠司の歌声に鳥肌が止まらなかった。
ただ一人、翔子は頬杖をついて真剣に二人の演奏を見つめている。
演奏が後半になるに連れ、誠司の歌声はどんどん勢いを増し、それに伴い体を激しく動かしながらベースを弾く。
(とんでもないドッカンボーカルだ・・・。僕の存在が消えちゃいそうだよ。・・・でも足手まといなんて嫌だ!)
昂汰も誠司に負けじと、先日のライブハウスでの演奏のように段々前かがみになって誠司の勢いに対抗する。
二人の激しい演奏が見事に溶け合い、音楽が部屋中の空気を包み込んでゆくようであった。
演奏が終盤になる頃には、二人は汗だくになっていた。そして誠司の叫ぶような激しい声で曲はフィナーレを迎える。
演奏が終わると、部屋の中は静まり返る。奏は二人の高校生離れした激しい演奏に言葉を失い、翔子はそのまま微動だにしない。
辺りに緊張の空気が流れる中、翔子がゆっくりと手を叩いて沈黙を破る。
「子供のお遊びだと思っていたけれど、ここまでの演奏を聴かされたら、許可しないわけにはいかないわね。世界中のロックファンから袋叩きに合っちゃうわ。」
翔子は優しく微笑み、二人の演奏を賞賛した。
昂汰と誠司は顔を見合わせ、声を上げてガッツポーズをする。
「コウ! やったな! まあ当然だけどな!」
「誠司君の歌のおかげだよ! 今まで歌えるの隠してたなんて酷いや!」
二人が喜んでいると、翔子は驚きのあまり固まっていた奏と話し始める。
「ロックも中々いいものでしょ?」
「確かに私は上辺だけ見て好きじゃないと決め付けていたのかもしれません。だけど音楽を聴いてこんなに胸が一杯になるのは初めてです。皆こうなんですか?」
「あの子達が特別なのよ。」
翔子はそのまま喜び疲れて座り込む誠司に目をやり、問いかける。
「それにしても、佐伯 誠司君。イギリスから来た帰国子女・・・。あなたは一体何者なのかしら?」
誠司はその問いかけにニヤッと微笑を浮かべながら翔子を見た。
「ただのおもちゃの兵隊さ。」
「ずいぶんと騒がしい兵隊さんね。」
誠司のおどけた対応に翔子の表情が更に和らいだ。昂汰も奏もこんなに楽しそうな翔子のことを見たことがなかった。
「もう名前は決まっているのかしら?」
「あ、バンド名か・・・。まだ考えてなかったな。」
たった二人では、まだバンド名も何もなかった。誠司は考え込む。それを見て昂汰がゆっくりと口を開く。
「ティン・ソルジャー・・・。ザ・ティン・ソルジャーズなんてどうかな!?」
「なるほど、スモール・フェイセスから貰う訳だな!? ファッキン・クールだぜ!」
二人は決定したバンド名に歓喜した。それを見ていた翔子は二人の喜びを遮るように口を挟む。
「でも今の曲、まだ完成じゃないわね。やっぱりスモール・フェイセスといったら・・・。羽田野さん、あなたピアノ弾けるわよね?」
「は、はい。ずっと習っていたので、ピアノでも電子オルガンでも弾けますが?」
奏は唐突にそんなことを聞かれ、翔子の方を向いて鳩が豆鉄砲を撃たれたような顔をする。翔子に何か提案があるようだ。
「あなたこのバンドのキーボードをやりなさい。そうすれば音にもっと厚みが出るわ。」
「え・・・? えぇぇぇぇー!!?」
翔子のいきなりの提案に奏は目を見開いて驚く。当然簡単に納得などできるはずもない。
「せ、先生!! なんで私がこの人達のバンドに入らなければいけないんですか!?」
「英語部の活動としてやるのだから、あなたも参加して当たり前でしょ? 彼らにもあなたにも拒否権はないのよ。」
「そ、そんなぁー!」
奏の大誤算は、翔子がとんでもないロック好きだと言うことだった。昂汰は二人のやり取りを見てキョトンとしていたが、誠司がその様子を見て口を開く。
「なんかよくわかんねーけど、お前がキーボディストになってくれるんだよな? 宜しくな!」
誠司は立ち上がると、満面の笑みで奏に握手を求めた。
「言っておきますが、私はあなたのことが嫌いです! 英語部の為にやるだけですからね! それに私は羽田野 奏です! お前じゃありません!」
奏は誠司の握手を拒否すると、顔をプーっと膨らして誠司に畳み掛ける。機嫌が悪いようだが、その顔はリスみたいで可愛かった。
誠司は昂汰を見て首を傾げるが、気を取り直して言い直す。
「わかったわかった。そんじゃあ、奏、宜しくな!」
「なんでいきなり呼び捨てなんですか!?」
とある高校の一室でザ・ティン・ソルジャーズは産声を上げた。根暗で引っ込み思案なロックオタクギタリストとイギリス帰りの真性ロック馬鹿ベースボーカリスト、そしてロックが嫌いな小うるさい少女をキーボーディストに向かえ、三人は文化祭ライブへの参加に向けて歩みだした。
――おもちゃの兵隊は絶望に沈むもう一人のおもちゃの兵隊を優しく励ました。
自分達はちっぽけなおもちゃの兵隊である。だがそんな自分達だからこそできることがきっとあるのだと・・・。