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Come Together

 ――捨てられたおもちゃの兵隊は、魔法にかけられ、やがて戦場へと旅立つ。

 世界は絶望的であったが、それでいて美しく、希望と喜びに満ち溢れていた。



 唸るギター、深く脈打つベース、ドラムは轟音を奏で、ボーカルは音に命を宿らせる。

 疾走するビート、鮮やかに広がるメロディー、包み込むグルーヴに観客は酔いしれる。

 


 ――ロックは魔法だ。



 高校生活が始まってから半年が過ぎ、結城 昂汰は二学期を迎えようとしていた。

 夏休み明けの始業前、久しぶりに顔を合わせたクラスメイト達が、夏休みの思い出話に花を咲かせている。

 昂汰は誰と話すでもなく、窓際の後ろの自分の席に座り、ただ外の景色を眺めていた。窓の遥か先には、ギターを何本も立てたかのように、工場の煙突が並んでいる。

その日は晴天で、暑い日が何日も続いてはいたが、三階の校舎の窓からは心地よい風が吹き込んでくる。  



 もともと引込み思案であった昂汰は、高校生になり、誰も知らないクラスの中で孤立してしまっていた。他のクラスには話せる友人もいたが、部活にも入っていない為に交友関係は広がらず、クラスではいわゆるぼっちな状態である。

 成績は中の下で、運動なんてできるはずもない。見た目は不細工でもなかったが、黒縁眼鏡をかけ、暗そうで冴えない感じであった。

 結城 昂汰15歳は、お世辞にも充実しているとは言えない高校生活を送っていた。



 始業のベルが鳴り、生徒たちは慌てて席に着く。教室のドアが開き、担任である男性教諭が得意そうな笑みを浮かべて入ってきた。

 担任が教壇に立つ前には、皆その異変に気づいていた。後から入ってきたのは誰も見たことのない男子生徒であった。

 担任は夏休み前に綺麗に掃除された艶やかな黒板に、チョークで名前を書き出す。



 「皆、夏休み明け早々だが、転入生を紹介するぞ! それじゃあ、自己紹介をしてくれ。」



 紹介された転入生は前に出て、興味深そうな顔でクラスを見渡した。

 その少年は身長160センチ前後の小柄な体格で、凛とした瞳に締まった口元。若干あどけないが、目鼻立ちはそれなりに整っている。何よりも目を引くのはその髪型である。前髪は短く、それでいてサイド・襟足などは長く残されていて、トップは逆立ち、綺麗に後ろに流されている。

 普通の日本の高校生の間では、まず見ることのできないヘアスタイルである。ことにこのクラスの中でも、明らかに浮いており、既に異物感を醸し出している。 



 「佐伯 誠司です。イギリスから来ました。趣味は音楽です。こっちでもあっちと同じようにバンドを組んでロックしたいので、楽器プレイできる奴はよろしく!」



 声変わりは終えているようだが、それでも幼さを感じさせる声で転入生は挨拶をした。

 普段他のクラスメイトにほとんど興味を示さない昂汰であったが、この一風変わった転入生に対しては無関心ではいられなかった。その転入生の奇抜な髪型も、イギリスという国も、昂汰にとっては興味をくすぐる言葉であったからだ。



 幼少の頃から引込み思案であった昂汰にとって、洋楽ロック好きというのは中々どうして、似合わない趣味であった。父親の趣味が古いレコード集めで、物心つく前からビートルズやストーンズ、ボブ・ディランといったオールドロックを聴いて育ち、小学校の時には既に洋楽ロックオタクとなっていた。当然周囲の同級生とは話が合わず、同級生のクラスメイトと軋轢を生む形となってしまう。 

 


 (「イギリスから来た」って、あれじゃ、60年代から間違えて来ちゃったみたいじゃないか!)



 昂汰は笑いそうになるのを我慢した。

 クラスメイト達はざわつき始める。教室の話し声を静止するように、担任が紹介を続けた。



 「佐伯君はご両親の都合で、小さい頃からイギリスで暮らしていたそうだ。英語もペラペラらしいから教えてもらえるぞ! あと、部活動以外での学校への楽器の持ち込みは、原則禁止だからな。」



 転入生の自己紹介が終わり、担任は席に座るよう指示をする。

 狭い席と席の間を縫って、歩き出した転入生は昂汰に近づいてきた。何だか知らぬ間に昂汰の隣の席は、転入生の席に変えられてしまっていたようだ。



 「よろしく!」



 転入生、佐伯 誠司は微笑みながら、昂汰に声をかけた。

 昂汰は緊張した面持ちで会釈する。 



(バイリンガルのバンドマンか、これであと10センチ身長があれば女の子にモテるだろうな・・・。)



 昂汰にとって、身長が低いのはコンプレックスであった。自身の身長もこの転入生と大体同じくらいであった為、ふとそんなことを考えてしまう。



 ★



 授業が終わり、誠司の周りのクラスメイトが集まり始める。イギリスでの生活の話、日本に帰ってきてどうだ、など、様々な質問がされる。

 自分の席の隣にクラスメイト達が集まってきて昂汰は迷惑であったが、窓の外を眺めつつもその会話の内容を聞き入ってしまっていた。そして話が好きな音楽のことになると、一層耳を澄ました。



 「やっぱり好きな音楽も洋楽なの? ビートルズとか?」



 女子生徒が何となく質問する。普段洋楽をまったく聴かない人であったら、ビートルズという名前が出てくればまだいいほうであろうか。ただしどんなにビートルズが偉大であろうと、半世紀前に活躍していたバンドの名前を出すのはどうだろう。日本でいえば、60年代から70年代に活躍していたグループサウンズを好きか? と聞いているのと同じようなものである。

 


 「ロクサーヌとか好きなんじゃない? イギリスのバンドだよね! この前ファーストアルバム出して、今世界中でトップチャートに入ってる!?」



 少し音楽のわかる男子生徒が続けて質問する。

 ロクサーヌはイギリス、ブライトン出身の4人組の正統派UKロックバンドである。パンク的でありながら、ザ・キンクスやザ・ジャムなどの古き良きUKロックの系譜を受け継いでいる。何より凄いのは、メンバー全員が10代であることと、その卓越したライブパフォーマンスに演奏技術であった。イギリス本国ではビートルズの再来と謳われ、ネオ・ブリット・ポップ・ムーブメントという社会現象を起こしていた。

 ちなみにバンド名はフランス人の女性の名前である。メンバーの好きだった女性の名前とも、ザ・ポリスの楽曲名が由来とも言われているが、定かではない。



「んー、好きなバンドね・・・。古いのだとスモール・フェイセスにハンブル・パイ、ザ・ジャムあたりかな。もう少し最近だったら、ブラーとかオアシス。もちろんビートルズやロクサーヌも好きだよ。」



 クラスメイト達に気を遣って答えてはいるが、誠司の挙げたバンド名を昂汰以外はほとんど誰も知らなかった。全てイギリス本国では有名なグループではあるが、みんな自分たちが生まれる以前、もしくは自分の親が生まれる前に全盛期を迎えているものばかりである。クラスメイト達は一様に苦笑いを浮かべるが、更に会話を続ける。



 「バンド活動がしたいなら、軽音部に入った方がいいよ! 機材も揃ってるし、うちの学校の軽音部ってこの辺では有名なんだぜ!」

 (有名は有名だけど、柄が悪くて有名なんだけどね・・・。)



 クラスの男子生徒の勧めに対して、一部の軽音部員の素行の悪さが昂汰の頭を過った。隠れて煙草を吹かし、暴力沙汰で停学になる生徒もあとを絶たない。集団で学校の廊下を我物顔で歩く軽音部員に、昂汰は嫌悪感を抱いていた。

 ただし有名なのは柄の悪さだけでないことも事実だ。毎年文化祭の後夜祭では、軽音部のバンドが演奏を行い、相当な盛り上がりを見せているし、学校以外の様々なイベントにも精力的に参加している。

 昂汰自身も高校入学の際、軽音部の演奏を見学してその実力を自分の耳で聴いていた。それでも関わりたくない存在以外の何物でもなく、間違っても入ろうなどとは思わなかったが。



 「軽音部ね・・・。まあクラブには拘らないけど、一度見てみようかな・・・。それより君、ギターやってんだろ?」



 と、突然誠司は昂汰に話かけた。まさかこのタイミングで話を振られると思っていなかった昂汰は、クラスメイト達の視線に頭が真っ白になってしまった。



 「ぼぼぼっ、僕がギギギター!? いっいいきなり何を言うんだ!?」


 

 昂汰の返答にクラスメイト達がクスクス笑いだす。返答がどもり過ぎていて可笑しかったのもあるが、そもそも昂汰がギターなどやっているとは、皆夢にも思っていなかったのだ。その反応に昂汰は更に赤面してしまう。



 「君がグレアム・コクソンに似ているから、彼なみのスペシャルなギタリストだと思ったんだ。」

 (グレアム・コクソン? たしかブラーのギタリストだったっけ? ・・・って、眼鏡かけてるだけだろ!)



 デビュー当時、そのルックスなどからアイドルバンドと思われることもあったブラーだが、後にオアシスとともに90年代のブリット・ポップ・ムーブメントの主役となっていく。

 その中でもギタリストであるグレアム・コクソンは、ブラーとは犬猿の仲であったオアシスのノエル・ギャラガーにもその実力を認められていた。大して目が悪いわけでもないがよく眼鏡をかけており、メンバー1の洒落者としても知られている。



 誠司の例えはあながち的外れではなく、昂汰の見た目は若い頃のグレアムに通じるものがあった。しかしながら、クラスメイト達は誠司が昂汰のことをからかったのだと思い、皆更に大きな声を出して笑いだす。



 (なんか僕に恨みでもあるのかよ! 早く皆あっち行ってくれ!)



 昂汰は下を向いて赤面し、何も話せなくなってしまった。誠司は他のクラスメイト達とは裏腹に、真剣な表情で更に昂汰に話しかる。



 「ソーリー、ごめん、さっきのはジョークだ。俺がそう思ったのは君の指だ。ギタリストの指だ。それもかなり弾き込まないとそんな指にはならない。」



 予想外のセリフに昂汰は誠司の方を向き、そのまま釘付けになってしまう。集まっていたクラスメイト達も、笑っていたことにバツが悪くなってしまい、次の授業がはじまるのを言い訳にそそくさと席に着いていった。



 「ゆ、結城 昂汰です。よっ、よろしく、さ・・佐伯君?」

 「誠司でいいよ。良かったら今度聴かせてくれよ。ギタリストを探してるんだ。」



 昂汰が小声で挨拶し、誠司がそれに答える。昂汰は苦笑いを浮かべ、小さく頷いた。

 授業が始まると、昂汰は自分の豆だらけの指をまじまじと見つめるのであった。

 その日の空は雲ひとつなく、昂汰はその鮮やかな青い空を太陽よりも高く感じた。そして窓からはまだ心地よい風が吹き込んできていた。



 ★


 

 幼少の頃から洋楽ロックに親しんでいた昂汰が、自分でもプレイしてみたいと思うのは自然なことであった。小学校1年生の時には、親にねだって安いギターとアンプを買ってもらい、最初はザ・フーのピート・タウンゼントやジミ・ヘンドリクスらのステージパフォーマンスの真似をし始める。

 その少し後には父親の古いラジカセを拝借し、自分の演奏を録音して楽しむようになった。のめり込みやすい性格であった昂汰は、毎日ひたすらギターに没頭し、小学校3年生になる頃には聴いた曲を耳コピできるようになっていた。親戚などが家に来ると、得意気に自分の演奏を披露した。

 ただ、唯一の特技であったギターも、いつからか内向的な趣味でしかなくなっていたのである。



 転校初日から数日が経ち、昂汰と誠司はクラスでよく話すようになる。昂汰にとって高校生になって初めてできた友人であった。

 昼休み、クラスメイト達は他の席に移動し、仲の良いグループごとに持ってきた弁当や購買で買った昼ごはんを食べる。昂汰と誠司も窓際で席を向かい合わせ、昼食を取る。毎日好きな音楽談議で盛り上がる。

 クラス内でほとんどしゃべることのなかった昂汰の変化を感じ取る生徒もいたが、特にそれに触れる者もいない。昂汰は目立たない暗い奴だと思われはいたが、嫌われてもいなかった。皆昂汰に関心がないのである。



 「誠司君、やっぱりポール・ウェラーはジャム時代が一番いいよね。見た目もかっこいいし、本当に憧れちゃうな。」

 「ジャム時代もクールだけど、ポールはソロになってからもやりたいことやってる感じで、結構好きだぜ。」


 

 この日二人はポール・ウェラーの話題で盛り上がっていた。

 ポール・ウェラーは今もミュージシャンとして活躍し続ける、UKロック界の重鎮である。70年代後半のパンク・ムーブメントの時に、ザ・ジャムとしてデビューし、80年代になる頃には一躍国民的人気バンドとなる。しかし自身の音楽性の追及の為、人気絶頂の最中突如ザ・ジャムを解散。R&Bやソウル色の強いザ・スタイル・カウンシルで新たな音楽性を体現するが、後期には低迷し、不遇の時期を迎える。その後はソロで再デビューして完全復活を遂げた。

 60年代初頭のモッズムーブメントの影響を強く受けており、そのスタイルから「モッド・ファーザー」と呼ばれている。後の世代のブラーやオアシスなど、彼をリスペクトするミュージシャンも多い。

 


 イケメンで長身であったポール・ウェラーは、身長がコンプレックスであった昂汰の憧れの的であった。もちろんポール・ウェラーだけではない。ピート・タウンゼントやジミ・ヘンドリクス、ジミー・ペイジなど、海外のギタリスト達は全て昂汰のヒーローである。

 そんな様々な洋楽の話を、授業の合間や昼休みの度に語り合い、二人は意気投合していった。



 「ポールってボーカルだけど、ギタリストとしての評価も高いよね!」

 「天は二物も三物も与えたってやつだな。あれだけルックスに恵まれて実力もあれば、アイドルグループも商売あがったりだよな。」

 「僕もポールが弾いてるのを見て、エピフォン・カジノを買ったんだ。」

 


 周囲のクラスメイトの反応をよそに、二人の会話はマニアックさを増していく。昂汰と違い快活な性格の誠司は、他のクラスメイトとも普通に接していたが、二人のこの会話に入ってくる生徒は誰もいなかった。いつしか誠司も、クラスの誰もが相手をしないぼっちと、マニアックな話で盛り上がる変人と思われるようになっていた。

 話は昂汰の使っているギターのことへと進み、自身のギターがカジノであることを少し恥ずかしがりながら伝える。ポール・ウェラーをどれだけ尊敬しているか伝えたかっただけであるが、そのことで昂汰は墓穴を掘ってしまうこととなる。



 「なあ、コウ、いい加減コウのギター聴かせてくれよ。」



 この頃になると、誠司は昂汰のことを「コウ」と呼ぶようになっていた。昂汰に対しても自分のことを「セイジ」と呼ぶように言うが、恥ずかしいので「誠司君」と呼んでいた。



 「う、うん・・・、あんまり自身ないけど、・・・じゃあ誠司君、今度うち来る?」



 誠司と話をできるのは楽しいが、やはり人に自分のギターを聴かせるのは憚られた。昂汰は誠司がバンドを組みたがっていたのを思い出す。



 「ああ、コウの家にも行ってみたいけど、家じゃ思いっきり音出せないだろ? いいとこあるから、今度の土曜日一緒に来てくれよ!」



 誠司は終始にこやかな表情で話を進めるが、これは昂汰の最も恐れていた事態であった。ただでさえ他人になんか聴かれたくない自分のギターを、家ではなく外で弾かなくてはならないのだから。

 そんな昂汰の不安をよそに、誠司は半ば強引に待ち合わせの約束を交わし、二人は土曜の午後に会うこととなった。



 ――暗い路地裏に捨てられたおもちゃの兵隊に、運命的な出会いは突然訪れる。

 魔法使いはおもちゃの兵隊を拾い上げ、「汝に命を与える」と囁く。彼はまだその意味を理解できていなかった。


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