コンビニの話
あれは何年前のことだったか。
まだタバコを買うためのカードが導入され始めた辺りの、私がコンビニでバイトしていた時期だった。
コンビニといえば24時間営業。
しかし田舎の夜のシフトはヒマの一言だ。
にゃんぱすーくらい完全に田舎なら深夜営業はなさそうだが、大阪でも都会と田舎のちょい田舎よりなこの辺りでは、やっぱり全国と同じく24時間開店している。
もちろん客が来る日はあることにはあるし、それでも電気代とかバイト代とか考えると費用対効果どうなん?と考えてしまうこともある。
まぁとにかくあの日もやっぱり深夜バイト、夜中の三時ぐらいだっただろうか?
休憩のときに飲んだ海外産コーヒー(爪痕みたいなマークのアレ。当時はあんまり見かけなかった)でカフェインを補充して、店番に立つ。
で、今日が憂鬱な月曜だと思い出し、思いっきり顔を顰めてしまった。
月曜日、言わずと知れた週刊少年誌の発売日だ。
今日みたいな日は面倒な客が来る。
……と、バイクのエンジン音。
バルルンバルルン!!と派手な自己主張の激しい排気音。
田舎じゃ珍しくもないタイプの連中だ。
ちらっと見たところバイク二台。
漫画から抜け出したかのような不良っぽいのとヤンキーっぽいのが連れだって入ってきた。
入店の電子音がピコピコ鳴る。
「……シャッセー」
どない反応せえっちゅうねん。ツッコみ待ちか?と思うくらいにはコテコテの恰好だったと、ここに明記しておこう。
まぁとにかく、彼らはレジまで(つまり私の前まで)来ると、タバコを売るように言ってきた。
もちろん相手は未成年、売るわけにはいかない。
しかし大人が高校生のコスプレをしているという可能性がないわけではないので、年齢確認できるものの提示を頼む。
特にこの時期はタバコの購入に関するあのカードの出現で、非常にデリケートな時期だった。
と言っても、どうやらそのデリケートさによる弊害でタバコに飢えていた彼らは思いっきり騒ぎ出した。
ええから売らんかいだの、んなもんどーでもええやろだの、俺ら誰かわかっとんのかだの。
ホント勘弁してほしい。こちとら唯のコンビニ店員、下手な判断はできない。
必殺日本人スマイルと日本人トークでのらりくらりしてると、店長の8さんが出てきて「どしたん?」と。
これこれこういうアレっすわと事情を説明すると、8さんも不良くんとヤンキーくんの前に出てすまなそうに「申し訳ありません、年齢確認ができないと売ることができないんですよ」と私と同じことを繰り返した。
しかし興奮しているのか、彼らは聞く耳持たず、やがて不良くんが8さんの胸ぐらを掴み
「お前売らんねやったらぶっ殺すぞ!!」
とのたまった。
私は顔を伏せ、
(あっちゃー……言っちゃった)
黙祷した。
「あ、殺すんやったらしゃあないな。ちょっと話そか」
そう言って8さんは不良くんの胸ぐらをつかみ返し、カウンターの中に引きずり込んだ。
「は?!テメ、放せや!」
「え?え?」
いきなりのことにヤンキーくんはいろいろ追いついてない模様。
その間に奥から同じくコンビニの裏でいつも商品整理と『その他』の仕事をされている9さんと3さんが出てきて。
ヤンキーくんもすぐに捕まって全員奥へ。
「ほなちょっと悪いけどあと一人で頼むわ」
「あ、はい了解です」
不良くんとヤンキーくんはまだ騒いでいたが、防音性ばっちりな扉に遮られてやがて何も聞こえなくなった。
と、まぁここまではいい。
たまにとはいえああいう客は来るし、そういう結末もごく稀にある。
問題はここからだ。
冷凍、冷蔵のための機械がヴゥゥゥゥゥン……と鳴っている。
蛍光灯の白い光が、外と中をくっきり黒と白に隔てている。
電波時計の針が無音で進むのを眺めていると。
厄介な客が来た。
自動扉が開く。いつもの電子音はない。
極力そちらを見ないようにするが、いつもそいつは奥に行くので、まず後姿を見ることになる。
学生だ。
真夏の蒸し暑い気温だというのに、高校の制服を上下に着た学生が、音もなく滑るように移動している。
学生は雑誌の陳列された棚に向かうと、週刊少年誌を立ち読みし始めた。
これだけなら別にいい。
ちょいと奇妙なお客がジャ○プ読んでようが私には関係ない。
彼がこの後何も買わずに出ていこうと、店中のものを買い占めて出ていこうと、私の給料に色がつくわけではないのだから、私は立ち読みする人間には我関せずでレジ前に立っていればいい。
ただ、そのちょいと奇妙な客の足がなかったり、腹に鉄棒が刺さってたり、目と口がでかい穴ボコみたいなサイコチックな横顔だった場合、途端に自分にかかわってくる。
基本的に、『そういうモノ』に『自分が相手のことを認識していることを悟られる』というのは致命的な展開だ。
もし気づかれると、たとえそれが自分に何の関係もない赤の他人だろうと祟る、そんな理不尽が『そういうモノ』だからだ。
漫画には話の分かる幽霊だの、美少女の地縛霊だのが現れるが、それこそ『二次元だから』。
現実はグロテスクだ。
こいつは断じてそんな甘い相手じゃない。
毎週毎週、決まってこの時間帯に『数年前の』ジャ○プを読みに来る。新品の山からそれを抜き取る様は、映像を切り落としたみたいにパッパッパ!と変わって滅茶苦茶不気味だ。
過去の習慣を繰り返すタイプってのは、意思が更新されないほど強い思いで現世に結びついているそうだ。
何で詳しいかって?この事態に初めて遭遇してからグーグル先生に聞いたのだ。
ともかく、今週もこの時間を乗り切らなくてはならない。
バイト変えろ?この時間帯のシフトって、ここ三時間だけ時給二千円なのだ。命も惜しいが金も惜しい。
そんなとき、頼りになるのがケータイだ。
ちなみにこの時期はまだスマフォのスの字もなかった。日本のガラケーこそがケータイの王者だった時代だ。
私はいつも通りケータイを取り出し、『なろう』にアクセスした。
ランキングチェックして、新しい作品を探す。
新しく上がってきた三位の作品を読んでみる。
動画探しに飽きて手を出したネット小説だったけれど、今ではこれなくして生活などできない。
とくに、レジ前にジャ○プ持ってきた幽霊を無視する時は。
うっかり顔をあげた瞬間に、目の前にいたのだ。
こういう時は絶対にあわてて目をそらしてはいけない。見えていると言っているも同然だからだ。
こいつの向こうを見ているフリをしながら、ゆっくりと目線を動かす。
何年も前のジャンプと、冬季限定の菓子をレジに置き、どこか間の抜けたポカンとした真っ黒の目と口でこちらを見ている。
時折その黒丸のような口の輪郭がモゴモゴ動き、何かをしゃべっているようにも見える。
ズッ、と商品をこちらに押してくる。
内心の動揺を顔に出すことなく、私は目線をケータイに戻し、そのランキング三位の感想欄を読んだ。
思った通り荒れまくってた。戦艦大和も轟沈させられそうなくらいに。
なろうのランキングは良作と荒れている作品が交互に上位に来る不思議な形態で、今回は荒れ作品が上がったようだ。
次は良作が上がるだろう。いやそれよりスコップ持って探しに行くべきだろうか?しかし度重なる発掘で私のスコップは折れてしまった……。いや、諦めるにはまだ早い!世界にはまだ見ぬ良作があるはず!それに更新不定期ながらとても素晴らしい作品を作る方もいる。
それを楽しみに、さっきからこっちをガン見してるこいつを無視しきろう。
思いっきり数センチの距離まで私の顔覗き込んでるけど、絶対に見ない。
その作品にしかめっ面向けてる感じで切り抜ける。
……と、しばらくして諦めたのか、そいつは舌打ちして「DQN店員かよ…」とだけ残して出ていった。
やったぜ。お礼も込めてコイツに10点入れておこう。
いかがでしたか?
実際に私が体験したことを基に作ったお話です。
創作部分は半分といったところです。もちろん私はバイト中に携帯をいじったりしません。
ああ、でももしこんな作品で『怖い!』と思ってくれた方がいたなら。
安心してください。幽霊なんていませんよ。
ですから深夜に大阪のコンビニにジャンプ買いに来ても、何の心配もありませんよ。