溶けちゃった……
父が寄る年並みで小さな段差に足が上がらなくなって転んで、足の骨を折った。入院中に家をバリアフリーに改造することになり、この際だから要らない物を整理しようと言うことになって、そのために私と姉、それから姉の旦那様達ちゃんが実家に集結した。
「これ、二実ちゃんのだよねぇ。初穂さんはこんなかわいいノートはたぶん使わないだろうから」
そう言って達ちゃんが出してきたノートの束に私はぎょっとした。ちなみに初穂さんというのは、お姉ちゃんの名前。達ちゃんは結婚してもうすぐ30年も経つというのに、未だにお姉ちゃんのことをそう呼ぶ。
そして、そのノートの束は間違いなく私のものだ。書いている内容も分かっている。社会人になりたての頃、ちょっとだけつきあって別れた大地に対しての愚痴の記録だ。
「げっ、中味読んだ?」
「いや、たぶん二実ちゃんのだと思ったから、開けてない」
良かった……読まれてたら、恥ずかしさで死んじゃうよ、私。
「暑っ、ねぇお茶にしない?」
そしたらジャストタイミングでお姉ちゃんがお茶と高級そうなカップアイスを持ってその部屋に入ってきた。
「頂き物らしいけど、お父さんたちこんなの食べないでしょ。食べといてって、お母さんからの伝言。」
私が不思議そうにアイスを見つめてると、お姉ちゃんはそう付け加えた。お姉ちゃんもどっちかというとアイスは苦手だからだ。その実、アイスは私と達ちゃんの分、2つしか置かれていない。私はその内の一つを取り、どっかと床に腰を下ろして、さっき受け取った「恥ずかしい記録の」の一つを開いた。
1ページ目を開くと、本文の上に――なべて事なし――なんていきなりタイトルが冠してある。私、学生時代文章を書いていたりしたから、日記と言うより毎日エッセイを書いているって形式。
そして、いつしか私は自分の25年も前の文章を読みふけっていた。23歳の等身大の私は、泣いて笑って大地に恋していた。
だけど、『かわいい』とほくそ笑みながら読んでいた私の手が止まった。そこに大輔という名前を見つけたからだ。
私は大地が好きだった。ものすごく好きだったから自分からコクって……大地はそれを断らなかったからつきあい始めて、でも盛り上がってたのは自分だけでその内振られた。私はあの頃のことをそういう風に記憶してた。
だけど、実際の私は大地は好きなんだけど、何も言ってくれない彼にしびれを切らせて逆に私にコクってきた大輔とつきあうと、大地に告げていた。
その時に、大地が
「しあわせになれよ、でも残念だな、俺お前のこと好きだったのに」
って言われてめちゃくちゃ焦ってるし、おまけにその後二股の上、最終的に大地を選んでいた。
私ばかりが追っかけていると思っていたのに、出てくるのは大地が私にヤキモチを焼く台詞ばかり。
結局、大地と別れてから大輔とより戻してるし、なんて女なんだ、私……
自分のイヤなところ記憶すり替えてるよ。
「ねぇ、この残りのアイス明雄さんに持って帰る?」
お姉ちゃんにそう言われて我に返った。見ると私のアイスはもうどろどろに溶けてしまっていた。それをスプーンでぐるぐるとさらにかき回す。
「ううん、ウチだと持って帰るまでに溶けちゃうよ」
お姉ちゃんの言葉に私はそう答えた。
車で30分もかかるから、溶けちゃうのも事実なんだけど、ホントは、こんな私を大事にしてくれる夫には、なんか貰い物のアイスじゃ申し訳ない様な気がしてきたからだった。
今日は彼の大好きなチョコミントのアイスを買って帰ろう。そう思った。
-END-
コレは某所で「夏休みの宿題」と称してある方から出されたお題「アイスの出てくるお話を書く」に提出した原稿です。
一旦は恋愛かなぁと弾いたのですが、続編をこちらに入れようと思ったのと、どーも恋愛というのもちょっとずれてるかなと思うないようなので、続編と共にこちらに収納することにしました。