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某所の三題噺第二弾。


しつこくもお題は「クリスマス」「涙」「勘違い」です。


こちらは大人の夫婦の物語。

-12月-町に流れるのは判で押したようにクリスマスの曲ばかり。


 バックにそんなハイテンションな歌を聴きながら、俺はある決心をもって震える手を抑えつつその電話番号を押した。1回だけのコールの後、

「はい、浪川です」

と、聞きなれた声が俺の耳に届いた。俺も浪川ですと言うわけにも行かず、

「あ、俺……」

と返す。

「徹さん……久しぶり、今日は何の用?」

まるで詐欺師のような俺の言い草に、電話の相手-俺の妻の玲子は戸惑った様子でそう返した。

「あのな……聞きたいことって言うかお願いがあるんだが……」

そう言った俺の手は緊張でじっとりと汗ばんでいた。


 2年前、俺たち夫婦の仲は冷え切っていた。まだ3歳の佑太が不安そうに見つめる中、どんな些細なことでもケンカせずにはおられなかった。

そんな矢先の遠地への転勤辞令だった。玲子は佑太や自分の両親の事を理由に付いていくことを拒んだ。


「それにね、お互いにもう少し距離を置いた方がいいと思うの」

そう言う玲子に

「そうだな、それが良いかもしれない。一緒にいなければ、ケンカにもならないしな」

俺もそれに同意し、一人任地に赴いた。


 だが、一緒にいて埋まらなかった溝は、200km離れて尚更埋まる訳もなく、最初定期的にかかってきた電話(主に佑太に関する報告だが)もいつしかなくなり、そろそろけじめをつけて別々に歩き出す方が良いのではないかと思い始めていた。


 そんなある日、佑太が一人で電話をしてきた。

「ねぇ、パパ…パパはいつ帰ってくるの」

「ああ、近々一度帰るよ。」

「ホントに!嬉しいな、お祈りが聞かれたぁ」

俺が帰ると言うと、佑太は手を叩いて喜んだ。一度帰る-それは、玲子と別れるためだと言うのに……俺の胸がちりちり痛んだ。

「ボクね、このごろ毎日お祈りしてるんだよ、パパとママとずーっと一緒にいられますようにって。ママもお祈りしてるよ。ママが何を祈ってるのかは分かんないけど、お祈りするようになってから、ママ泣かなくなったよ」

そして、佑太は玲子と佑太が最近、通っている幼稚園のある教会に通い始めたと俺に告げた。それにしても、あの気の強い玲子が泣いている? それも佑太の前で……

「ママ、泣いてたのか?」

「うん……でもママには内緒だよ」

「ああ、聞かないよ。男の約束だ」

電話の向こうで、佑太が安堵している様子が判った。


 そして次の週末俺は、家には帰ったものの別れ話をせずに赴任先に戻って来た。玲子は今までとは何かが違っていたからだ。はっきりと何が違うとは言えないのだが、違っていた。そしていつもとは違って、ケンカをせずに週末を過ごせたのだ。


 俺は、玲子が変わった理由が知りたくなった。玲子が赴任前と違う事と言えば、教会に行きだしたことくらい。なので、俺は赴任先近くの教会を検索し、その門を叩いた。そこで、キリストに触れられた俺は、その年のクリスマスに洗礼を受ける決心をした。


 洗礼を受け新たな自分になり、その上で、

「もう一度やり直したい」

と、その場で玲子に言うためだ。


「なぁ、クリスマスの週の日曜日なんだけど、こっちに出てこられないか」

散々迷った挙句、意を決して俺は切り出した。

「どうしても外せない用があるの。行けないわ。ねぇ、その日じゃないとダメ?」

だが、玲子は困ったようにそう即答した。

「ああ、今からじゃ予定を変えるのは難しいな……」

今回は俺の他にも洗礼を受ける人がいる。一人だけ別の日にしてもらうのは牧師にも悪い。それに、同じならクリスマスに受けたかったというのもある。

「そう……こっちも私一人の問題じゃないから……」

すると玲子はそう返した。自分ひとりの問題じゃない……あいつの予定は相手のあることなのか。まさか、玲子は既に別の男と?! 玲子が変わったのは教会に通い始めたからではなく、俺以外の誰かが支えているからなのか……俺は激しく動悸が打つのを感じた。

「でも、残念だわ。私の方もその日こっちに戻ってきて欲しかったのに…一緒にクリスマスを過ごしたかったわ。」

だが、続いて玲子はそう言った。何だ、勘違いか……俺はホッとして急激に体中の力が抜ける気がした。

「その日、佑太の生活発表会でもあるのか?」

それでも、玲子が俺に戻ってきて欲しいと思うのは、佑太がらみのことしか思い浮かばなかった。

「それは、2月よ。ミッション系の幼稚園が、そんな忙しい時期に発表会なんてしないわよ」

だが、俺の質問に玲子は笑ってそう答えた。それから、おずおずと続けていった言葉に俺は驚いた。

「あのね、私……クリスチャンになろうと思うの。その洗礼式っていうのがその日曜日なのよ」

なんてことだ、俺と同じ日に玲子も同じように受洗(洗礼を受けること)を考えていたなんて!

「あ……もしかして、こんなこと相談もなしに勝手に決めちゃっていけなかった?」

驚いて声も出なくなっている俺に、玲子は心配そうにそう尋ねた。

「あ、いや……そうじゃないんだ。実はな、俺がここに来て欲しかったのも、お前と同じ理由なんだ」

「同じって?」

同じと言われて玲子も驚いている。それはそうかもしれない。あいつは俺が教会に通っていることすら知らないのだから。

「最近、お前が変わった理由が知りたくて、俺も教会に行き始めて……イエス様を信じた。で、洗礼を受けるんだよ」

「ホントに?!」

「ああ。佑太から、お前が教会に通ってるって聞いてな。黙ってて悪かったな」

そう言う俺に、電話口で玲子の鼻をすする音が聞こえた。

「……こんなに早くお祈りが聞かれるなんて……思わなかった。神様感謝します!」

そして、玲子は神に感謝の祈りを捧げた。

「ホントに……感謝だな」

そんな涙声の玲子の祈りの言葉に、俺の目頭も熱くなった。


「それならどうしようか……そう言うことなら俺の方をずらしてもらおうか?」

俺の提案に玲子はしばらくの沈黙の後こう言った。

「なら、私の方を……

ううん、やっぱこのままそれぞれの場所で信仰告白しようよ。私、教会の人にビデオを撮ってもらって持っていくわ。でね……」

「それが終わったら、こっちに来て一緒に暮してくれないか」

俺は玲子に言われる前に、言われるであろう言葉をひったくって言った。

「もう……それ私が今言おうとしてたのに! そっちで一緒に住んでもいいかって」

案の定玲子はぶすっとそう言った。

「やっぱりな」

吹き出し笑いをする俺に、玲子の声は少し不機嫌だ。だが、

「何がやっぱりなの?」

と問う玲子に、

「同じタイミングで同じこと考えてる」

と答えると、

「あ…」

俺たちはまた同じタイミングで吹き出しそのまましばらくお互い笑い続けた。

「ホントね、私たちってベストパートナーなのかもしれないね」

「かもしれないじゃないさ、ベストパートナーなんだよ。神様が俺たちを引き合わせたんだから。神が引き合わせたものは、誰も引き離しちゃダメなんだ」

-それがその当の本人達であったとしても……-

玲子の言葉に俺はそう答えた。


                  - Merry Chirstmas!-


コレも2009年の自主クリスマス企画としてUPした物です。同じお題を使用しているのが、いかにもたすくらしいっちゃそうですが。


夫婦の片側がクリスチャンになることでもう一方が導かれるというケースは結構あります。夫婦で揃ってというのもない話ではありません。ただ、別々の場所はあまりないかも。

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