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深い森

今回、7つに分割していた者を一つに纏めました。



【メール】


私にとって痛みを伴う作品が映画化され、公開されている。

 ある日の仕事終わりにメールを確認したら、高校時代の友人曜子からメールが着ていた。

ーねぇ、翼はみた? あの映画。シンイチ君かっこよかったよぉー

そう言えば、曜子は主演俳優のファンだった。私はそれに対して、

ー見てないし、見るつもりもないから、感想なんて聞かないでねー

とすげなく返信した。私はその俳優のファンじゃないし、縦しんばファンでもこの作品はパスだ。だけど、曜子から再び、

ー何で?ー

とメールが返ってくる。

ー言いたくないー

聞けば後悔するよ、曜子。私のそんな思いを知るはずもない曜子は、

ーどうしてよ、あんたらしくないー

間髪入れずにそう返してきた。私は大きなため息をついてから、

ー姫ちゃんを思い出すんだよー

と返信した。これで解って! たったこれだけのことを書くのも泣きそうなのに、映画なんて見られる訳ないじゃん。

ーゴメン、悪かった……ー

曜子からのメールが届いたのは、私がそのメールを送信して10分も後のことだった。



【姫ちゃんとの出会い】


 私の名前は小山こやま たすく

 姫ちゃん曜子と同じように高校で知り合った。ただ、同じクラスになったことは一度もなかった。

 一年の時隣のクラス。

 他の授業はもちろん別だけど、男女別の体育は一緒だった。

 でも、一緒に競技をことはない。私たちは所謂体育見学常連組。私は喘息持ちで、姫ちゃんはなにやら漢字がいっぱいの難しい名前の病気。

 みんながわいわいと走り回る中、日陰であるいは教室の中でぽつりと待っていなければならなかった。たまに、女の子の日とかで、別の子が混じるときもあったけど、大体は二人。その分仲良くなるのは早かった。

 だけど、二年の時には隣のクラスにもなれず、夏休みに姫ちゃんは大発作を起こし、二学期を丸々棒に振って留年した。

 

 私の方はというと、二年で同じクラスになった曜子が副部長をしていて、部費の獲得のために『幽霊でいいから!』とムリムリ入れられた水泳部で、

「入ったんなら泳げ」

と先輩に言われて断れず、記録度外視で泳いでいる内、皮肉なことにそれで体力が少しついてあまり休むこともなくなって、見学組も脱出。無事高校を卒業した。


 姫ちゃんはその次の年はなんとか二年生を終えたけど、三年生の時また長期入院になり、結局学校は卒業せずに辞めることになった。

 

 でも、元々同じクラスになったことがなかったし、私たちは姫ちゃんが留年しようが、自分が卒業しようがつきあいは続いた。同中ではなかったけれど、お互いの家は自転車でいける距離だったし、体力のついた私は、自分の書いた拙い詩や小説なんかを自転車こいで彼女の元に持ち込み、無理矢理読ませていた。



【姫ちゃんの恋】


 姫ちゃんの退学を期に、姫ちゃんちは県外に引っ越しをした。学校のしがらみがなくなったので、姫ちゃんの病気の権威の先生がいる病院に転院するためだ。


 姫ちゃんはそこで、かー君という一つ年上のにたような病気の男の人と出会った。私から見て、共に病気を支えあうほほえましい付き合いだった。

 

 適切な指導だけじゃなく、気持ちの充実もたぶんあったと思う。姫ちゃんの身体はどんどんと元気になっていった。それまでは私が彼女に(自作のこととか)話して聞かせることが多かったけど、それが完全に逆転して彼女ののろけ話を聞くことの方が圧倒的に多くなった。


 やがて、私にも彼氏ができ(というより、中学時代からつるんでいた友人の一人にコクられたんだけど)二人の間はしばらく疎遠になった。


【2人の気持ちと大人の思惑】


 あまり鳴らなくなった電話がまた鳴り始めたのは、それから一年くらいたった頃だったろうか。

 姫ちゃんは涙声で、

「かー君との結婚を反対されている」

と私に告げた。かーくんの病状が思わしくないのだという。

「次に発作が起きたら、命の保証はないって……」

姫ちゃんはそう言って言葉を詰まらせた。


「だから、最後のひとときを夫婦としていたいの」 

友達としては阻まれることも、夫として、妻としてならずっと一緒にいられる。いかにも彼ららしいささやかな望み。

 

 でも、夫婦という響きに、かー君がその命の灯を尚も削って命の営みをするんでないか、親たちはそう思っていたみたいだ。

 確かに、死期の迫った若い男性は自らの子孫を残そうという本能が働くのか、したくなるのだと後日誰かに聞いたけれど。姫ちゃんを本当に愛していたかー君が、姫ちゃんの命を削るそんな行為をするとは私には思えなかった。

 それだけじゃなく、かー君のお家はかなりのお金持ちだった。

 そんなこと姫ちゃんも姫ちゃんの両親も望んではいないけど、かー君の死後、かー君の両親の方が先に亡くなれば、姫ちゃんの好むと好まざるにかかわらず、遺産が転がり込んでくる。かー君の従兄弟なんかは、面と向かって、『財産目当ての性悪女』

と罵ったそうだ。

「ねぇ、たぁちゃん、一緒に居たいって思うのは、いけないことなの?」

 私は、そんな姫ちゃんの嘆きを毎日ほぼ一ヶ月聞き続けた。私にはそれしかしてあげられることがなかったからだ。



【姫ちゃんからの電話】


  そして、一月してかー君が死んだ。姫ちゃんは親戚でも来賓でもない後ろの方の席で、ひっそりとかー君を送った。

 でも、かー君が出棺した後、入院友達が、

「全部終わったね」

声をかけると、姫ちゃんは、

「まだ早いから、かー君の病院に寄ろうかな」

返したそうだ。ビックリしてその娘は姫ちゃんを彼女の家まで送り届けたという。悲しすぎて記憶がとんでしまったのだろうと、お医者様が言っていた。


 いや、姫ちゃんは解っていてもそう言いたかったのかもしれない。家に戻ってから姫ちゃんは、私に『サビシイ』コールをしてきたから。

 

 そして、『サビシイ』コールは毎日続いた。だが、それは一週間後ぷっつりとなくなった。

 その前日、ひめちゃんは、

『以前から約束していた映画に行ってくるよ。行きたくないけど』

と言っていた。映画を見て、すこし吹っ切れたんだろうか。私は鳴らない電話を見ながらそう思った。人混みにやられて最近でなかった発作がまた出たんじゃなければいいなと。

 

 その当時、私は立ち上げたばかりの新しい企画に参加していて、毎日帰るのは日付が変わる寸前で、だから休日は泥のように眠っていて……姫ちゃんはそれを見越して日付が変わったくらいに電話してきていたから、さすがに私からそんな時間に姫ちゃんの家に電話することもできなかった。


 ううん、それは言い訳で、本当は怖かったのだ。彼女の家族から姫ちゃんは入院したのではなく、もうすでにかー君のところに旅立ったと聞くのが。

 

 電話が途切れた25日後、新しい企画が一段落した。私は重い腰を上げ、やっと姫ちゃんちに電話を入れた。


【深い森】


「ああ、たすくちゃんごめんね。こっちから連絡しようとは思ってたんだけどね……」

電話に出た姫ちゃんのお母さんはそう言って、そこでため息を一つついてから、

「あのね、美姫みいはもういないの」 

と掠れた声でそう言った。やっぱり、姫ちゃんは私に電話をくれた次の日に、かー君のところに行っていた。

 すぐにお線香をあげたいといった私に、

「ごめんね、今はまだ落ち着いていないから、それにもうすぐ年末だし。年末は翼ちゃんも忙しいでしょ? 年明けは寒いし。春……そうだ、春になったら来てちょうだい」

とお母さんはやんわりと断った。


 そして春、私は姫ちゃんちを訪ねた。

「すぐに呼んであげられなくてごめんね。あのころは美姫と同じ歳のあなたと話すことがもう辛かったから」

姫ちゃんのお母さんはそう言って、謝ると、あの日のことをぽつりぽつりと話し始めた。

 

 姫ちゃんは私に最後の電話をくれた次の日、映画館から帰宅途中に駅のホームから転落し、電車に轢かれたのだそうだ。

「一報を聞いたとき、家族の誰もが和臣かずおみ君を追ったのだと思ったわ」

ごめんなさい、私も、やっぱりそう思いました。

「あの娘の机の上にこの本が並べて置いてあったの。だから余計に」

そして、そう言っておばさんの指さした先には赤と青の鮮やかな表紙の本―あの映画の原作本―が置かれていた。

「だけどね、映画を一緒に見に行った友達は、普通電車に乗り換えるために駅で降りたあの娘が、笑顔で『またね!』と急行に乗っている自分に手を振ってくれたんだと泣きながら言ってくれて。駅員さんも『きっと体調が急に悪くなったんですよ。絶対にこれは事故です』と言ってくださってね」

 自殺と事故……それがどちらであっても、母親にとっては娘を失ったことに何ら変わりはないのだろうけれど。賠償とかいう話ではそれは天と地ほどの差があるらしい。

 そして、責任を感じたのか法外なお香典を持ってきたかー君のご両親に、

「どこまで娘をバカにしたら気が済むんだ」

と、姫ちゃんのお父さんがそれを叩き返したことなど……


「ねぇ翼ちゃん、良かったらこの本形見分けにもらってやってくれないかしら。この本が手元にあるのは辛いんだけど、捨てることもできないでいるから」

一通り話し終えたおばさんはその後、そう言って私に原作本をくれた。

 私は帰りの電車の中からその本を貪るように読んだ。私にはその本の中に、かー君の姫ちゃんを呼ぶ声を聞いたような気がして、震えが止まらなかった。

 言葉は凶器だと痛烈に感じた。。私は今までなんと恐ろしいものをそれと気づかず喜々として紡いできたのだろうか。自分で書いたものも思い返して、尚更そう思った。

 

 私は以来筆を折り、その半年後につきあっていた彼が遠方に転勤になるのを機に彼と結婚し、実家から300kmも離れた今の地に来た。

 そしてそれから2年、私たち夫婦はこの地に小さな居を構えた。

 私はそのささやかな庭に、あの本を丁寧に灰にして埋め、そこに花梨の木を植えた。姫ちゃんは私が咳をするのをすごく心配していて、いつも花梨入りののど飴を懐に忍ばせていてくれたからだ。



【森の出口、逆に深淵なのかも】


 それからおおよそ15年、私はPTAの広報誌編集のため再び筆をとった。行事の報告など、当たり障りない文章しか書いてはいなかったけれど。

 それなのに、その中の一人の安岡さんは私に、

「小山さん書きなれてるみたいだから。昔、何か書いてたんじゃない?」

と聞いた。私は嘘をつくのもイヤなので、黙ってうなづいた。

「やっぱりね、実はあたしもそうなんだ。いやさ、この前お兄ちゃんの持って帰ってきた作文の宿題なんけど、テーマがケッサクでね、ネタになりそうなんだ。どう、小山さんも一緒に書いてみない?」

 気乗りしないまま、彼女が言う作文のテーマを聞く。でも、本当にこれで作文を書かせるの? と思うくらいの突飛なテーマで、私の頭の中にすぐさま主人公が登場し、どんどんと物語を展開させていく。

「ね、なかなかそそるでしょ」

私の眼がくるくると動いているのを見て、彼女は満足そうにそう言った。

 

 そして、私は結局その時浮かんだ物語を15年ぶりに紡いだ。そして、気づいたことは、私は書くことがやっぱり好きだと言うことだった。人を傷つけてしまわないかと身震いするほど怖いのに、私はそれでも……物を語ることが好きなのだと。

 安岡さんの後押しもあり、私は自作をWebで発表し始めた。


 幸いにも私の作品は、公開第一作で『私はこの作品に出会うためにここに登録したのかも』とのコメントを、第二作では『あなたの作品には救いがある』とのコメントをいただいた。

 確かに、『面白くない』『何が書いてあるのかわからない』などの否定的なコメントもたくさんいただく。だけどそれは私の技量が足りないためだ。それは次への糧にすればいい。

 

 私は姫ちゃんのお墓に参った。そこは姫ちゃんの引っ越した家のすぐそばの高台にあった。雲の切れ間から光が射し込んで照らされているのは、彼女のかつて住んでいた町-つまりは私の実家のある町だ。そうか、私はずっとあなたに見守られていたんだね。

 

 ねぇ、姫ちゃん、どうかこれからも私を見ていてね。私が言葉で人を傷つけることがないように。


 これからもあなたに向かって、私は書き続けていくから。


               -了-

 



 






 


 




 



 

 


感想と称して、他人の作品をこき下ろす書き込みが多発したときに、某所で書き上げたものです。


言葉は諸刃の刃。ある人を絶望の淵から立ち上がらせることも、また別の人を奈落に突き落とすこともできるものです。


どうか、拙作でイヤな思いをされる方がおられませんように。

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