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姉妹の味

蒲公英様主催「もみのき企画」参加作品


「クリスマス」「聖夜」「サンタクロース」NGワード

 12月、後数日で第4週を迎えようというこの日、菅沼家の台所は甘い匂いに包まれていた。

 この家の新米主婦明日美が、新米とは思えないほどの手際の良さで伸ばした生地をジンジャーマンやらもみのきやら靴下などの様々な型で抜いている。ダイニングテーブルには既に出来上がったものが粗熱を取るために置かれている。24日のカロルの後、回ってくれた子供たちに、それから25日の燭火礼拝のあとの交わり(集会後の雑談をこう呼ぶ)の茶菓子に供するためだ。

「ホント、教会の人たちって、こういうの忠実マメだよな」

出来上がったクッキーを手で触りながら、この家の主、拓也はしみじみとそう言った。牧師の妻である明日美は、礼拝前日にはスポンジを焼き、当日に飾り付けながらポトラック(持ち寄りの食事会)の料理も作るという。

「ま、ある意味鍛えられるよね」

明日美は、抜き終わった生地をオーブンに入れながらそう言って笑った。

「確かに鍛えられるって感じだよな。

母さんも、最初の何年かは毎年この時期目が血走ってたもんな」

 拓也が教会に通い始めたのは、彼が中学二年の春。きっかけは明日美の父の死だった。同僚だった両親は前夜式(仏式でいう通夜)に参列したのがきっかけで教会に通い始め、入信した。

 そして彼らは初めて、料理を持ち寄って行う食事会のことを知った。男連中はただ食べるだけなので、いろんな人の得意料理が食べられてラッキーだと思っていただけだった。弟の健斗などは、これに釣られて率先して教会生活を始めたと言っても過言ではないと拓也は思っていたのだが、菅沼家唯一女性の母には、たとえ一品とは言え何かを作らねばならないというのがかなり負担だったようだ。

 さずかり婚で拓也と弟の健斗ががほんの小さな内にしか家に居ずずっと働いていた母冴子は、自分の料理に対してコンプレックスを感じていた。他の婦人たちの料理はみな手が込んでいて、自分の料理がみすぼらしく思えるのだ。

 それで母教会(洗礼を受けた教会のこと)では、月に一度の聖餐の度にポトラックが行われていたのだが、毎月毎月何をしたらいいのかと、冴子は唸りまくって父篤志や子供たちに聞きまくる。当然男共から果々しい返事が返ってくる訳もなく、メニューが決まるまでいつもカリカリしていた。

 しかも、12月は世間様まで挙って祝う一大イベントだ。おかずだけではなく、スイーツも一品と言われて、冴子のイライラは頂点に達した。

冴子は、年末で残業の続いている篤志を、

「男の方が腕力あるでしょ」

と、帰るのを待ってまで、シフォンケーキ作りを手伝わせたのである。篤志もまた、一言も言わずに手伝い、結果、冴子の機嫌がすっかり良くなったのを見た時、拓也は父の母操縦術を見た気がした。

 その内、冴子はいつの間にか当たり前のように季節にあわせてメニューを考え持って行くようになった。

 それに、その人の十八番みたいなものがやはりあって、特にこのイベントの時には、各自が『鉄板』を持ち寄るのが暗黙の了解で、逆にこのときには考えなくて良くなったというのもある。だから拓也の覚えている12月4週の朝の母の顔が、不安顔からドヤ顔にすり替わって久しい。


 そうだ鉄板と言えば……

「関屋のおばあちゃんのおはぎ食べたいな」

ぽつりとそう言った拓也に、明日美も頷く。

 関屋のおばあちゃん-関屋ハツ-は母教会の婦人だ。彼女のおはぎはやさしい家庭の味で、どんなにケーキを食べていても、別腹で納まった。しかし、ハツは拓也が神学校在学中に天に凱旋してしまったので、今後任地が運良く母教会になったとしても、二度と味わうことができない。そう思うと、何だか余計に食べたくなってしまうから不思議だ。まさにおふくろの味のようなものだ。いや、教会では信者同士で兄弟・姉妹と呼び合うので、『姉妹の味』と言った方がいいかもしれない。

 そして、そんな記憶に残る『姉妹の味』が他にもたくさんある。拓也は今度は明日美の料理がこの教会の『姉妹の味』になっていくのだなと思った。

それぞれの教会で違うこともありますけど、総じて料理は鍛えられますね。

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