娘「これお父さんのオナホだよね」
その日の私はビールを飲み、のんびりと平穏に満ちた夜を過ごしていた。テレビではスポーツニュースが、世界大会に出場するプロ野球選手たちの、沖縄での練習風景を映している。
「ふむ、我がベイスターズからの出場者はゼロか……世界大会なんて観る価値はないな……」
また今年もベイスターズは最下位なのだろうか、いや、今年こそはやってくれるはずだ。世界大会に誰も出場しなければ、主力選手は全力でシーズンに専念できる。問題はまともな主力選手がいない、ということなのだが、今年こそは成長を遂げる選手が現れるだろう。せめて最下位から脱出して欲しいものだ。
そんなことを考えながらビールをコップに注ぎ、一人の晩酌を嗜んでいると、一人娘である静香がやって来た。
「ねぇ、お父さん……」
「ああ、どうしたんだ?」
静香は随分と暗い表情だ。何か悩みでもあるのだろうか。
「お風呂場に、こんなものがあったんだけど……」
そう言って、ぶよぶよとした長細い物体を取り出した。
「うん? それはなんだい……って! えええぇっ!」
思わず叫び声をあげてしまい、私は慌てて口を押さえた。
「そ、それは、なんだろうなぁ。お、お父さんはそんなもの、し、知らないなぁ」
「嘘だ。お父さんのでしょ」
「し、知らないぞぉ。私はそんな物、知らないったら知らないぞぉ」
静香はぶよぶよとした長細い物をぎゅっと握りつぶす。ああ、ダメなんだよ。そんな握り方したら破れちゃうじゃないか。それは繊細で薄いゴムなんだ。
「これ、本当は昨日見つけたの。友達に見せて、何か聞いたんだ」
「と、友達に見せたぁ!? な、なんでそんなことするんだ!」
「だって、これ何かわからなかったんだもん。凄く恥かいたよ。友達の恵理子ちゃんが、これが何か、教えてくれたの」
その言葉は私の全身から色を奪った。私の中にある「社会的地位」が、ガラガラと音をたてて崩れていく。恵理子ちゃんとは、静香の友達の一人だ。おまけにご近所さんで、親ぐるみの付き合いがある。
「これ、オナホ、って、言うんだよね」
私の体は小刻みに震えていた。机の上のビールもカタカタ揺れているので、恐らくテーブルを揺らすほど震えているのだろう。
「お父さん、不潔だよ。もう一緒にいたくない。私、もう帰らないから」
「ちょ、ちょっと待て!」
見ると静香の横に小さいボストンバッグが置かれている。まさか家出するつもりなのだろうか。家出なんかして、どこか男の家にでも転がりつもりなのだろうか。そんなことは父として許せない。
「どこに行くつもりなんだ。もう夜も遅いんだから、外出なんか許さないぞ!」
「なによ偉そうに! 変態のくせに!」
静香はそう言って、愛用のオナホを投げてきた。私の体にぶよんと命中し、テーブルの上にボヨンボヨンと転がり落ちる。柔らかいゴム性のオナホは、私の体と心にダメージを与えたが、とりあえずオナホのことは無視だ。
「へ、変態とはなんだ! お父さんは変態じゃないぞ!」
「そんなもの持ってる時点で、立派な変態でしょ!」
「い、いや、そんなことはない! これは男だったらみんな持ってるんだよ! お前が知らないだけだ!」
「普通の人は持ってないよ! お父さんが変態だからだ!」
「ち、違うって! お前は中学も高校も女子校だから、知らないだけなんだよ!」
必死に叫ぶと、静香は少し迷ったように黙り込んだ。この大事な一人娘は幼いころから美少女として評判だったので、変な虫がつかないように、私立一貫の女子校に通わせている。今は高校二年生だ。男と接触する機会が少なく、男のメカニズムをあまり知らないのだろう。
「……そうなの? でも、恵理子ちゃんの親は、そんなの持ってないって……」
「お、お前は私が育てたからだよ! 恵理子ちゃんの家はお父さんもお母さんもいるだろう? 独身の男はみんな持ってるんだよ!」
この大事な娘は、私が男手ひとつで育ててきた娘だ。静香が幼い頃に妻が亡くなり、私は家事と仕事の両立に追われることになった。色々苦労することもあったが、静香の笑顔を見ればどんな疲れも吹き飛んだものだ。今は静香の成長、そしてベイスターズがもう一度日本一になること、それを観ることだけが生きがいだ。
「独身の男の人は、みんな、持ってるの?」
「そうなんだよ。持ってるんだぞ。大人はみんな持っている」
たぶん持ってないだろうなぁ、とは思ったが、ここは自信満々に言い切った。
「でも汚いよ。不潔なことは変わらないよ」
「た、確かに不潔と思うかもしれない。だがな、性というのは人類にとって大事なことなんだ。お父さんだって、お母さんと出会ったからこそ、静香が産まれたんだぞ」
「でも、だったら、恋人でも作ればいいじゃん」
静香の言葉は当然だろう。オナホを娘に隠れてこっそり使うぐらいなら、恋人でも作ればいい、と考えるのは女子高生として当たり前だろう。
実のところ、静香には内緒にしているが、肉体関係を持つ女性は三人ほどいる。ただ相手のことを恋人なんて思ってはいない。大人になれば恋人なんて関係は煩わしいだけなのだ。それに例え恋人がいても、オナホを持つ男は持つ。それが男というものだ。
「これは静香にも、何度も言っているが……」
私は静香の瞳をじっと見つめた。この話になれば、静香をこの言葉で言い聞かせると決めている。
「静香が大人になるまで、お父さんは恋人なんか作るつもりはないんだ。お母さんがお父さんの、一生の恋人だ。もしかしたら、静香が大人になっても、その気持ちは変わらないかもしれない」
「だから、そんなの使うの?」
「そうだ。お母さんが恋人だからだ。浮気はしない、と決めているんだ」
静香はちょっと困ったように黙り込んだ。本当に聞き分けが良い子だ。不良になることもなく、素直で真面目な娘に育ってくれた。母がいない、という不自由な家庭においても、不満を口にせず成長してくれた。沢山の我慢を強いられただろう。幼い頃は母親を求めて泣いたこともあったが、誰だってそうだろう。
「でも、汚いよ……。なんだか、嫌だ……」
「い、嫌か、そうだろうな……。わかった、これは捨てよう」
私はオナホを手に取り、迷うことなくゴミ箱に叩き込んだ。伸縮性に優れた柔らかいゴム製は、ぼよん、とゴミ箱の中で三度ほどバウンドしている。
「よし、捨てたぞ。どうだ。もう使わないと約束しよう」
「……本当に?」
「本当だ。お父さんの本当は本当に本当だ」
嘘だった。実はあのオナホ、ストックが押入れの中に三つある。かなり脆い材質なので、ストックを用意しているのだ。そして何より見つかって欲しくないものは、あのオナホを使うための「殻」だ。これだけは静香に見つかるとまずい。
「じゃあ、これはなに? これ、お父さんのパソコンデスクの奥にあったんだけど。いつも何なのかな、って疑問だったの。これはなに?」
静香がそう言って「殻」を取り出した。
「そそそそれは! オ、オナコンじゃないかぁ! 勝手に持ち出したのか!」
「オナコン? やっぱりオナコンなんだ。さっきのオナホ、これで使うんでしょ」
「そ、そんなことない! ち、違う、それはゲームで使うんだ、うん、お父さんの大好きなゲームで使うコントローラーなんだよ」
「嘘だ」
静香はパカっとオナコンを広げる。折りたたみ式になっており、中に先ほど捨てたオナホを格納して使うものだ。それ以外の用途はない。
「これ中が空洞になってるよ。さっきのオナホがピッタリ入るよね」
静香が嫌そうにオナコンの中身を覗きこんでいる。いつの間にか机の上のビールがこぼれていたので、私はとんでもなくガタガタ震えているのだろう。
「中にも外にも、スイッチがついてるじゃん。これなに?」
「そ、それはそうだなぁ、その、あれだ、指を中に入れてな、ブンブン振ったりして使うんだよ。ほら、Wiiのコントローラーみたいなものだよ」
「型番が書いてあったから、検索して調べてみたんだ」
静香は本当に真面目な良い子に育っていた。
「そうしたら、オナコンだってわかった。何に使うのか、ずっとわからなかったんだけど、あれがオナホだって知って、やっとこの正体がわかったの」
もう静香の瞳は悟りきっていた。全てお見通しなのよ、不潔の証拠は全て集めてあるのよ、このオナホ好きのゴミムシが、と、視線で罵られているような気がした。
「そ、そんな……。ああ、ま、まさか、恵理子ちゃんにそのことも言った……?」
「言った」
「お、終わった……。お父さんの社会的信用が、全て、終わった……」
ご近所では「一人娘を育てながら一流企業に勤めるイケメンパパ」として評判なのだ。恵理子ちゃんにオナコンの存在がバレれば、すぐに両親に伝わるだろう。そしてご近所にも伝染するだろう。そして私は「娘に内緒でオナコンを使っているエロ親父」として認識されるだろう。全てが終わっていた。
「お父さん、やっぱり不潔、もう帰らないから。出て行く」
「ちょ、ちょっと待て! 待て! 不潔だから家出って、それは酷いじゃないか! せめてな、せめて『洗濯物を別にする』とか、『お風呂のお湯は同じものを使わない』とか、『ご飯を一緒に食べない』とか、先に踏むべきステップがあるだろ! それが進化したら『家出』になるのが普通だ! お前のポケモンは博士が最初にミュウツーをくれるのか!」
「そんなの私の勝手だよ。オナコンなんか使うお父さんとは一緒にいたくないの」
「た、頼むよ! お父さんはお前の成長だけが楽しみなんだ!」
「何が楽しみよ。隠れてオナコンで楽しんでいたくせに」
「そ、それはさぁ、人生のオマケみたいなもんだよぉ! 悲しい男のサガなんだよぉ! わかってくれ! いや、わかってくれなくてもいい! せめて家出はやめよう! なっ! やめよう!」
これだけ静香に情けなく頭を下げるのは、人生で初めてのことだった。これほどやるせない気分はない。まさか娘に「オナコン」のことで、情けない姿を見せる日が来るとは。
「嫌だよ。そんな汚らしいお父さん、見たくなかった」
静香は失望したかのように、涙目で私を見つめている。見たこともない冷たい目だ。少し純粋培養し過ぎたのかもしれない。だからこそ不潔な私が許せないのだろう。
こんな時に妻がいてくれれば、何かフォローしてくれるのかもしれないが、どうすればいいのかわからなかった。静香に納得してもらうための言い訳はないだろうか。私は必死に言葉を飛ばした。
「そ、そうだ。違う、静香は勘違いをしている。誤解だ。不潔じゃないんだ」
「なにが誤解なの?」
「お父さんは、オナコンをゲームのために使っているんだ。さっきのオナホとは関係ないんだぞ」
「そんなはずないよ。ゲームって、どうせエッチなゲームでしょ。お父さんのパソコンにゲームなんて、野球のゲームとソリティアしか入ってないじゃん」
「そ、そうだ! や、野球だ! 野球で使ってるんだよ!」
静香の目が訝しげに歪んだ。
「どうやってオナコンを野球ゲームに使うの」
私は必死に脳を回転させていた。私は一流企業の重役にまで上り詰めた男だ。どんな状況も自慢の処世術でしのいできた。確かにオナコンもオナホも、変態的な行為のためだけに存在する。静香の言う通り、エッチなゲームにしか使わない。
「そ、それはな、ほ、ほら、オナコン、長いからバットみたいだろう? 野球にはバットだ。そ、それを振ってな、操作して楽しんでいるんだよ。リアルだなぁ、最近の野球ゲームは、そこまでリアルなんだなぁ」
「嘘だ」
「嘘じゃない、本当だ。お父さんの本当は本当に本当だ」
静香はオナコンを掴み、私に突きつけながら言った。
「じゃあ、やってみせて。どう使うのか実演して」
とんでもない言葉だ。実演なんかできるはずがない。そもそも私は、実の娘の前で男性器を勃起させるような、変態の父親ではない。そんな性衝動を覚えたこともない。
「も、もう遅いから、ゲームする気分じゃないなぁ……」
「実演して。そうじゃなきゃ、もう家に帰らない」
「い、家出なんか許さないぞ!」
「変態のくせに偉そうなこと言わないでよ!」
「お父さんのことを変態呼ばわりするなんて、そんな娘に育てた覚えはないぞ!」
「こっちだって変態に育てられた覚えはないよ!」
これはまずい。ちょっと叱ってみたが、静香はそれで黙りそうにない。
私はオナコンを受け取り、じっとそれを見つめた。私の目にはオナコンが三つに分身しているように見えるので、恐らくそれほど体が震えているのだろう。
「い、いいだろう。実演してやろう。不潔な行為じゃないと理解してくれれば、家出はしないな?」
「うん、しない。やってみせて」
「よ、よし、お父さんやっちゃうぞ。お父さんがオナコンを使って健全なゲームをプレイしているところを見せちゃうぞ。もう見せて見せて見せまくっちゃうぞ」
私は娘を連れて自分の部屋に向かった。オナコンをUSB接続して、パソコンを起動させる。趣味の18禁な動画やゲームは隠しフォルダの奥に保存しており、念のためパスワードロックもかけている。静香が横にいても見つかることはないだろう。
「よ、よし、それじゃあ、野球ゲームをプレイするぞ。これは前年度の選手データが保存された最新版なんだぞ。グラフィックも凄くリアルなんだ。我がベイスターズがビックリするほど弱い」
「弱いのはいつものことでしょ」
「そんなことはないぞ。静香が産まれた頃に、一度だけ黄金時代がきたんだ。当時はマシンガン打線と呼ばれ、ヒットを打ち出すと止まらないチームだったんだぞ。そして岩瀬や藤川以上の威圧感を持つ、最強のクローザーもいたんだぞ」
「また嘘ばっかり」
「う、嘘じゃない! ラミレスやマートンを超えるような最強外国人助っ人もいたんだ!」
「いいから早くプレイしてよ」
私は野球ゲームを起動し、急いでキー操作を変更する。
オナコンにはいくつかのボタンがあり、それぞれがキーボードのひとつのキーに対応している。オナホを入れる空洞の中には、四方向にボタンがあり、中に異物が入ると圧迫されてスイッチが押される仕組みだ。上が「W」、下が「X」、右が「D」、左が「A」だ。
つまりエッチなゲームは、その内部のスイッチに反応して、様々な変化を見せる仕組みになっている。その変化の詳細は、まだ女子高生の静香には説明できない。
「よ、よし、それじゃベイスターズ対カープの、エキシビジョンマッチをするぞ。お父さんは去年のカープに恨みがあるからな。横浜という格下相手にエースを登板させて勝ち星を稼ぎやがって……。お父さんのオナコンでマエケンをフルボッコにしてやるぞ」
この野球ゲームはキーボードの「K」でスイング、「L」でバントだ。それをオナコンに対応するために変更し、オナコンの中に右指をねじ込む。
「さぁこい! マエケンこい! うおりゃああぁ!」
マエケンのスライダーに合わせて、オナコンをバットのように振り回す。それと同時に、指先でオナコンのボタンをカチッと押してみる。
「ねぇ、お父さん、まるで打てないけど」
「さ、さすがマエケンだな……。そうそう打たせてくれないな……。うお、何という速球だ! まるでタイミングが合わない!」
オナコンを指に装着して、バットみたいに振り、それと同時に指先でスイッチを操作する。これは私が想像していた以上の無理ゲーだった。そもそも野球にオナコンなんか必要ない。横に置かれているゲームパッドが「あれ? いつもあっしを使うのにオナコンで野球ですかい?」と呟いているかのようだ。
「ダメだ……。三者連続三振……マエケンは打てないな……」
「ねぇ、お父さん、もういいよ」
「も、もういいとはなんだ! うちのエースはハマの番長だぞ! いや、ここは来年に期待するエース候補、国吉の登板だ!」
オナコンを指にはめて、ワインドアップで大きく振りかぶりながらスイッチを押す。
「どうだ! フォークボール! あぁ、梵に打たれた!」
あたふたとキーボードの十字キーを操作し、守備陣を動かしてみるが、セカンドである石川の横を抜けてライト前までボールが転がっていく。オナコンを持ちながらキーボードの十字キーを操作、これは無理があった。オナコンが邪魔すぎる。まるでいらない。
「ねぇ、もういいってば。やっぱりエッチなことに使うんでしょ」
「ち、違うよぉ。おかしいなぁ。今日はビールを飲んだからかなぁ。調子が出ないなぁ」
「そもそもさ、その外側についているボタンは押さないの?」
「えっ? いや、こ、これはフィニッシュボタンだから……」
オナコンの外部にはひとつだけ目立つボタンが設置されている。一応「エンターキー」に該当するのだが、主な目的は「フィニッシュ」だ。エッチなゲームでフィニッシュ、それが何を意味するのか、女子高生である静香には説明できない。
「フィニッシュ? 何がフィニッシュなの?」
「い、いや、こ、これを押すとタイムして選手交代できるんだ」
「タイム? フィニッシュじゃないじゃん」
「や、野球用語だよ。タイムのことをフィニッシュって言うんだ。フィニッシュすると賢者タイムになる。うお、自分で言ってみたら嘘ではないことに驚きだ」
静香はじっと冷たい目で私を睨んだ。
「お父さん、嘘ばっかり。やっぱり不潔だ。もう家出する」
「や、やめよう! 家出だけはやめよう! お父さんを一人にしないでくれよ! お父さんはお前の成長が、本当に楽しみなんだぞ!」
卑怯かと思ったが、私は泣き落とすことにした。というか、この場をやり過ごす手段が、泣き落としだけしか思いつかなかった。
「お前が産まれてすぐ母さんが亡くなって……お父さんはどれだけ悲しみ、どれだけお前を大事に育てようと思ったか! 母さんの分までお前に愛情を注ぎ、不自由ないように育ててきたんだよぉ。お前がいなくなったら、お父さんはどうやって生きればいいんだ……。なっ、頼むから、もうオナコンのことは忘れて、家出なんかしないでくれ……」
静香は少し迷ったように口をつぐみ、小さく息を吐いた。
「はぁ、わかったよ。でも、これから洗濯物は別にしてね」
「ああ……わかった」
「お風呂も私が入った後にして。残り湯も捨てるから」
「うん、そうしよう……」
「あと、私の服も下着も触らないで。自分で干して畳むから。むしろ見ないで」
何ともやるせない気分だった。世の父親である同僚たちから、いつか娘がそんなことを言い出す、と聞かされていたが、言われてみると実に悲しいものだった。
「それも、わかったよ……そうしよう……」
「あと、そのオナコン、何に使うのか見せて」
一番恐れていた言葉が飛び出した。
「そ、それだけはできない! それだけは絶対にやめよう!」
「だって気持ち悪いもん、エッチなのはアンインストールして」
「な、何てことを言う……あ、いや、わかった。消すよ。消すから見なくてもいいじゃないか」
「ソフトを確認して、消すところも見せて。そうじゃないと気持ち悪い」
もう涙が出そうだった。私の目には静香が八人に分身して見えるので、体がそれだけ震えて目元も泳いでいるのだろう。
「そ、それはできないよ……」
「じゃあ、家出する」
「それも止めてくれよぉ!」
「はぁ、いい? お父さん、選んで」
静香は冷酷に言い放った。
「今、ここでオナコンのソフトを見せれば家出しない。見せないなら家出して二度とお父さんに会わない。どっちか選んで」
どちらも最悪だった。家出だけはして欲しくない。可愛い大事な一人娘なのだ。門限は18時にしている。本当に大事に育てているのだ。でもオナコンのソフトは見せたくない。見せれば私が完全に終わる。
「お、お前はまだ早い……エッチなゲームは、年齢的に見ちゃダメなんだ……」
「そんなの関係ない。お父さんが不潔かどうか確かめるためだから」
「そ、そんな、ああ、どうすればいいんだ……」
私は心の中で、亡き妻を呼んでいた。ここに妻がいればうまくフォローしてくれただろうか、いや、静香と一緒に私を責めるような気もする。もう何もかも終わっていたのだ。オナホが見つかった時点で、私はもう理想の父親になれず、ご近所様からも「変態」として見られる運命だったのだ。
「……わかった……」
私は野球ゲームを終了させ、隠しフォルダからエッチなフォルダを呼び出した。
愛する娘が家出して、変な男が寄ってきて、不良なビッチになるくらいであれば、変態の父としての烙印を押されよう、そのほうがマシだ、きっとこれが一番正しいんだ、そう信じた。
「静香、ひとつお願いがある。エッチなゲームのことは、深く追及しないでくれ」
「それって、どういうこと?」
「世の中には色々な趣味があるんだ。お前の友達だってジャニーズが好きな子もいれば、渋い俳優が好きな子もいるだろう。それと同じだ」
「よくわかんないけど、早く開いて」
私は震える手で、隠しフォルダを開いた。ファイル名も画像も、念のために偽装してある。私は「猫20120906」というファイルをゆっくり開いた。
「静香よ、これだ。これがオナコンのソフトなんだ。ただな! これだけは言っておくが、お父さんはロリコンじゃないんだ!」
ゲームが起動すると、明るいBGMが流れ、制服姿の二次元の女の子が登場してくる。この女の子に、ユーザーの趣味によって色々な衣装を着せることができる。
「いいか! これは、趣味なんだ! ロリコンじゃない! 信じてくれ!」
このゲームは起動すると、自分がコスプレした女の子が画面に登場してくる。喋らせるセリフや性格までカスタマイズすることができる。
『ご主人様ぁ、今日もエッチな調教をお願いしますぅ☆』
画面上では、私の趣味によってカスタマイズされた、二次元の女の子が頭を下げている。私の個人的な趣味によって、ロリ顔に設定され、そのくせ巨乳で、セーラー服を着用し、短いスカートを履き、ガーダーベルトを装着し、ピンヒールを履いて、頭にはネコミミをつけて、その上から亀甲縛りされており、右手には鋭利なくさり鎌、左手には巨大な冷凍マグロのぬいぐるみを持っている。
「お、お父さん、ロリコンで、とんでもない変態じゃん!」
「違うんだよぉ! お父さんはセーラー服にガーダーベルトって組み合わせが好きで、後はなんとなく自分でも気づかなかった趣味が……ああ、待ってくれ! 静香、どこに行くんだ!」
「こんな変態と一緒にいたくない! 死んじゃえ!」
「ま、待ってくれよ! 約束が違うじゃないかぁ! 見せたら家出しないって言ったじゃないかぁ!」
「もう来ないで! 顔も見たくない! 不潔! 死ね!」
静香は私の手を振り払い、荷物を持って家を飛び出して行った。私は何度も引きとめたが、股間に強力な蹴りをぶちこまれ、自転車に乗ってどこかに行ってしまう静香をただ見つめることしかできなかった。
「し、静香ぁ! く、くそぅ、空手なんか習わせるんじゃなかった!」
静香は女友達の家で泊まるだろう。せめてそう信じるしかなかった。カレシができたとは聞いていない。私はため息を吐きながら部屋に戻り、じっとオナコンを見つめた。
「はぁ、とりあえずオナシャスでもするか……」
とりあえずオナシャスだ。娘に嫌われても、世間様からの評判が下がっても、何時だってオナシャスは側にいる。オナシャスだけが側にいる。オナシャスはどんな時も全てを忘れさせてくれる。さぁ、レッツオナシャスタイムだ!
(おしまい)