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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
99/115

[23] Who is Crazy?

 声、が。


 出てこない。つまって、からまって、……喉に、指に、……ない。なにも。……空白。無。……掠れて、ノイズ……消える……消え――?


 叫びたいのに叫べない。まっさらになった頭のなかにはなんにも浮かばなくて、ただただ覚めきった感情が横たわって、なにがなんだか。


 ――言葉にならない絶叫が聞こえた。


 ぼうぜんと立ちつくしたまま、うつろに視線を流した先で、青銀色の長髪が、荒れ狂った風に踊っていた。


 つい先ほどまで、アカリという少年が存在していた空間を、その横に立ちつくすアリスを、見開いた瞳に映して。


 とり残された双子の片割れは、啼哭ていこくする。決してだれとも共有することのできない悲哀を抱いて。哭声こくせいを上げる。


 そのとき唐突にアリスは理解した。

 これは、だ。


 喪われた。消えた。砕け散った。不可逆的な損失。二度とはもどらぬ、別離。いま目の前にあるのは、死以外のなにものでもない。


 なんてあっけない。


 なんて。



「うそ、だ」



 こんなの。


 口もとが震えて、まともな言葉が発せられない。風はいよいよ荒れ狂い、ありとあらゆるものを巻き上げる。そのなかで、アリスは、ただただ立ちつくした。この世のすべてが、自分とは無関係のものとしか感じられない。


 “こんなのぜんぶうそだ”


 音という音が消えた。

 感覚という感覚が消えた。


 必死で語りかけるメイの姿も、絶望に狂い落ちるソウの叫びも、なにもかもが遠ざかる。白く白く塗りつぶされていく。うそだ。なにもかもうそだ。ありえない。ありえちゃいけない。こんなの!



「――酷なことをするね」



 すべてが遠く、薄い幕の向こうへと隔てられたセカイで、耳もとに吹きこまれるハスキーボイス。逃げることなど許さないと、残酷にささやかれる言葉に、膝が折れた。


 ノイズが散る。四方八方に走るひび割れ。ぐにゃりと歪みだす空間。イカれた空間にたたずむ、イカれた猫の姿が、ゆらゆらと揺れていた。揺れているのは、セカイか、己か、己の心か。はたまた己の存在か――。



「理に親しく耐性のある特異職とはちがって、モブにすぎない彼らにとって、きみの存在は猛毒なのに」



 どこからともなく現れた混沌の主――ユ=イヲンは、ひとり嗤っていた。その他大勢など知ったことではないとでも言いたげに、アリスだけをその両目オッドアイに映して。



「なに、いって」

「ああ……あれは、もともと[焔灯]だっけ? でも、不安定さじゃあどっこいどっこいだ。若いのに無茶ばかりくりかえして、ひどく劣化していたからね。しかたない」

「し、かた……ない? “しかたない”ってなんだよ!?」

「しょせんあれは換えのきく歯車の一にすぎない。『ソウ』が彼であるのと同様に、『アカリ』があれである必要もない。簡単な話だよ……俺たち(・・・)とはちがう」



 言葉がでない。言いたいことはいくらだってあるのに、そのまま認めちゃいけないとわかっているのに。なにひとつ、でてこない。


 ユ=イヲンの瞳が、紫黒と白藍の両目が、ひややかな侮蔑をこめてアリスをみつめる。



「――そんなことより、アリス。きみに俺を糾弾する権利があるの?」



 アリスは、ぱくぱくと口を開け閉めして、結局なにも言えないまま唇を噛んだ。その様子を、心底おもしろそうに眺め下ろして、ユ=イヲンは、大仰に肩をすくめる。



「ねぇ、アリス。役無し(ナナシ)のアリス。まさか、ほんとうに気づいてないわけじゃないでしょう? それとも、みとめたくないだけかな」

「……ち、がう、俺じゃ……」

「きみ以外の一体ナニが、ことわりを否定するの?」

「俺、そんなつもり……ちが、……うそだ…………っ」



 否定の声は、徐々に頼りなく消えていく。逃げられない状況証拠。その前からわかっていた。気づいていた。だけど、みとめてしまったら。


 ――ごまかせ。ごまかしてしまえ。まだ大丈夫。たかが特異職の一。それも『名持ち』を外されたような役立たずの子どもじゃないか。


 “歯車のひとつが壊れたくらい、セカイにとっちゃ大したことじゃない”


 悪魔のようなささやき。同時に湧き上がる嫌悪感。……ちがう、俺じゃない。俺はそんなこと思わない。


 ――かまうものか。そこにいるのは『例外』だ。否定も受容も許されない部外者カミサマなんだから。気にすることはない。観測者にさえ見つからなければ、



「ちがう!」



 お前はアリス(おれ)じゃない。――わかってるよ、だけど僕はアリス(きみ)だ。――しらない。俺は俺だ。俺以外のなにものでもない。――みとめなよアリス。わかるだろう? 鏡を覗けばその先に、まぎれもないアリス(ぼくら)がいる。――うるさい! お前なんかしらない。だまれ。うせろ。出ていけよ。――ねぇアリス。きみという個を、いままで一体だれが肯定したっていうの?



「ッだけど俺はここにいるんだ!」



 足元にとり残された石畳へ、おもいきり拳を振り下ろす。荒い息を吐きながら、アリスは、砕け散り――文字どおり散逸していく欠片を、目に焼きつけた。いままでなんども目にしてきた光景。崩れて、壊れて、戻らない。あの闊達な少年も、また。



「ほん、とうに……俺、が……?」



 ポツリ、とつぶやいたとたん、アリスは急にすべてが恐ろしくなった。ようやく直視した現実はあまりに冷たい。無数の氷の棘に貫かれるような心地に、身体がふるえあがった。無害な迷い子じゃいられない。――もう、どこにも居場所はない。


 ユ=イヲンが嗤う。高らかに。ありったけの嘲罵をこめて。



「あ、はっ、ははは! そう、そうだよアリス。きみこそが加害者! れっきとした罪人さ」

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