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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[22] mad as a March Hare(2)

「ちびすけ!」



 アカリだ。アカリの声がする。すこし高慢な、甲高い少年声。



「決着をつけようよ。ちびすけ。お前がいるかぎり、僕は『アカリ』(ぼく)でいられない。お前が、中途半端に役目を放棄して、もどったせいで!」

「……ワタシにも、譲れぬものがあったのだよ」



 後ろから、声が聞こえる。メイは、まだ追ってきていたのだろう。小競り合う[長庚]と[焔灯]に、アリスは思わず立ち止まった。



「譲れないもの? [叡魔]の意思を無視して、そばを離れる羽目になった狂い兎(マーチヘア)のくせに! またくりかえすの? ――僕は、いやだよ。僕の望みは、彼の方の望み。ヒジリさまの望む場所に、僕の居場所はある。望まれる場所にいたい」



 アカリは激昂していた。じりじりと大気が焦げる。目に見えない熱の海が、すぐそこまで迫っている。



「ワタシがワタシであるために、ワタシはワタシを失った。おなじことを、どれだけ重ねたとしても、ワタシは後悔しない。――エマさまは、望まれない。彼の方の望みに従うだけが、ワタシの生ではないのだよ」



 ハッと振りかえった先で、メイは――悟りきったような、穏やかな瞳をしていた。



「永い生を、お供した。彼の方がなにも望まれぬように、ワタシも、望む明日をもたない。[叡魔]の今日が安らかであること。[叡魔]の昨日が正しく(・・・)あること。ワタシが望むのは、それだけ」



 幼い少女の姿をして、かつて狂い兎と揶揄された[長庚]は、ふわりと微笑んだ。とても少女らしからぬ表情で。


 彼らのやりとりをみつめながら、アリスは、フヒトに連れられてメイに出会った日のことを思いだしていた。



――闇呼びがもどった。


――つまり、生まれ変わったんだな!


――もう、それでもいいよ。


――ちがうならちがうって言えよ……。



 フヒトは、メイのことを、よく知っているようだった。なんて言ってたっけ。十年前……? そうだ、メイは【破戒】(コワ)されたんだっけ。十年前、ユ=イヲンに。



――情報が修復されて、再構成されたんだ。在り方を奪われた[長庚]が、もう一度カタチを得たってこと。人格は組みかわってるけど。



 コワされて……もどって……おなじだけど、別人で……生まれたてでもメイは、このセカイのことをよく知っていた。


 フヒトも疑わないから、そういうもんなんだと思っていた、けれど。



――かつて一度、ワタシは譲った。



 メイが知っていたのは、『自分のあり方』だけじゃない。どうして、過去の[長庚]の心を、行動を、彼女が語れたんだ?



――学園って言うだけあって、本当に子供しかいなんだな。


――そうでもないよ。いまは、光の眷属ばかりだからそうみえるけど、闇の眷属は長命だから。



 闇の眷属。異形の姿を他者にはみせない、見た目では区別がつかない長命種たち。


 永い生(・・・)を、お供(・・)した?


 フヒト……俺だけじゃない。とっくに、この箱庭は狂っていた。とっくに、理は曲がっていた。変わらざるものが変わり、変わるべきものが変わっていない。


 メイは『メイ』だ。なにひとつ失われないままカタチを取り戻した、かつての[長庚]そのものだ――。


 アリスは言葉もなく、幼くはない少女をみつめつづけた。メイが語った一言一言が、ゆっくりと染みわたってくる。無垢な少女の希望ではなく、老成した知恵者の諫言としてきいた言葉の、なんと重たいことだろう。



「うるさい! お前の理想なんて知るか。僕が僕であるために、[長庚](おまえ)がじゃまなんだよ――!」



 ちがう。そうじゃない。そうじゃないんだ!


 ぶわりと広がる熱を感じながら、アリスは言葉にできないもどかしさを噛みしめた。どうしてこうなるんだよ。どうしてわかりあえないんだ。


 いつかのような、生ぬるい火球ではない。光も炎も含まない純粋な熱だけを織り上げて、アカリはメイに迫った。『影』を満たしたところで、あれはきっと防げない。


 メイは避けない。アリスには、はっきりとわかった。もしも防ぐ術があるとしても、メイはきっと、アカリの意思を妨げない。譲れぬ想いをだれよりも理解している彼女だから。



「っやめろぉ――!」



 あとさき考えずに飛びこんだ論争の中心で、おびえたようにアカリが身を引く。目を見開いたメイが、なにかを口にしかける。


 勢いは止まらない。メイを背にかばったアリスの目の前で、景色さえもゆがめる凝縮された熱の塊が、まず霧散した。弾けるようにかき消えた、その先で。


 アカリの像がゆらぐ。橙色の巻き毛をした、気の強いワガママな少年の姿が、ぶぉんと霞む。


 アリスは、そのとき、思わずアカリを敵視した。どうしてわからないんだ、と、自分のことしかみえていない年若い[焔灯]を、憎々しく感じてしまった。


 引き止めるように伸ばした手が、ほんとうはどんなつもりで動いたものなのか、アリス自身もわからない。考える間もなく、とっさに浮いた指先が、アカリの衣服に触れたとたん。


 ――霞みかけていた[焔灯]の身体は、一瞬で崩れさった。


 木の葉や窓ガラス、石畳とおなじように。あっけなく、あまりにもあっけなく、まるでそこだけが切り取られたかのように。


 一握りのノイズを、その場所に遺して。

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