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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[21] mad as a March Hare(1)

 ぼんやりとした視界のなかに、ぱたぱたと走り寄ってくる小柄な影が映った。亜麻色の髪が二房、身体の上下にあわせて揺れている。



「メイ……?」



 幼い[長庚]は、しかとアリスを見つめ、言った。



「『学園』にもどって」



 迷いのない口ぶりに、アリスは目をみひらいた。

 メイは、硬い表情でくりかえす。



「もどって、迷い子(アリス)。いますぐに」

「でも、俺……っエマに言われてきたのか? それとも[干戈](あのこ)に?」



 思い浮かぶのは、つめたい埃かぶった部屋。無表情に立ちつくす少女と、その主たる『赤の女王』が笑う様。



「……いやだ」



 あの部屋は、いやだ。あの場所は、いやだ。なにもかもが気に入らない。消しきれず染みついた過去の痕跡が、の残滓が、無言でを責めるから――。



「アリス!」



 メイは叫ぶ。



「だめ。これ以上は、もう、アレが許さない――」



 はたと少年が我にかえったときには、遅かった。


 座りこんでいた石畳は、丸く穿たれたように消え失せて。境界面には、いつかの『ダイス』で見たような黒いノイズがくすぶっている。とどまることなく、じわりじわりと広がっていく虚ろな円に、アリスは震えた。



「うそだ……ちがう、俺、……俺じゃない。俺が望んでなんか――!」



 壊したいわけじゃない。消してしまいたいわけじゃない。そんな願いは、俺の――俺のなかに、ほんとうになかったか?


 どこまでいっても異物でしかないこのセカイで、いっそ『あたりまえ』が砕け散ってしまったら、それ以外も受け入れられるんじゃないかって……ほんとうは。


 受け入れて、ほしかった。

 どんな形でも、どんな俺でもかまわないから。



「ちがう、そうじゃない……俺は俺を失くしたくないだけで、ほかのなにかを失くしたいわけじゃ……」



 このセカイのあたりまえを、憎く思ったことがないわけじゃない。だけど、フヒトが言うから。たったひとり受け入れてくれた少年が、大切そうに語るから――そんなの、否定できるわけがないじゃないか!


 フヒトの慈しむセカイに、俺が含まれていないとしても。


 気づいてた。このセカイの理を認めることは、『アリス』をイラナイモノだと認めることだ。フヒトが、メイが、リヴが、なによりも大切に抱いているものは、『アリス』という存在を否定するものだ。


 なにが箱庭を狂わせているのか、そんなの考えるまでもない。だけど言えるわけがない。認められるわけがない。



――きみは例外おれに届かない。例外おれはきみを救わない。



 ユ=イヲンは言った。役無し(ナナシ)の『アリス』を見下して。



――哀れだね。



 すべてを見通したような目をして。


 カワイソウな猫は嗤う。それでもきみよりかはマシだと言いたげに。理に認められた『例外』は、理に背反する『異物』を、嗤う――。



「うるさい――!」



 荒れに荒れた心のまま、アリスは、工業区を逃げだした。


 認められない現実に目を閉ざして、なんどもくりかえしてきた逃避を、また重ねる。気づくな。忘れろ。なにもかも。


 どうしてここまで、だれにも会っていないのかなんて。走ってきた道筋が、いまどうなっているのかなんて。考えるな。


 無数にただよう意識の欠片から、都合のいい『真実』を引っぱりだして、まるごと置きかえる。


 それでいい。まだ大丈夫。まだ、致命的なエラーはでてないんだから。いいさ、観測者にさえ気どられなければ、ぜんぶなかったこと(・・・・・・)にできる――。

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