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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[19] Who is Alice?

 おなじような倉庫が立ちならぶ、工業区。代わり映えのしない景色のなかを、アリスは走り抜けていく。



「なんで……俺……」



 荒い息の合間に漏れだす、声。



「うそだ……」



 信じられない。信じたくない。帰るべき場所があるはずだ。ここではないどこかに、俺の居場所があるはずだ。


 アリスは走る。迷路のような道を、脇目も振らずに駆けていく。『壁』をみたいと思った。端にいきたいと思った。学園を抜け、商業区を抜け。走る。迷うこともないままに。走りつづける。


 どこから来たのだろう。この学都に落ちる前、どこでなにをしていたのだろう。



「どうして……!」



 なにも、思いだせないんだ。


 積み上げてきた知識が、ガラガラと崩れ落ちる。有栖來兎は、苦しんでいた。有栖來兎は、悩んでいた。なにに? そもそも。



 ――有栖來兎って、だれだ。



 三位の館、とフヒトが呼ぶ場所で、目の前に現れた少女。初対面のときと、なにも変わらない無感情な瞳で、「あなたはこっち」とフヒトから引き離された。


 押し込められた別室は、まるで牢獄のようで。

 綺麗に整えられた内装に反して、あんまりにも冷たくて、居心地がわるかった。


 フヒトのところにいきたい、と言えば、無言で扉を閉められた。外に出してくれ、と言ったのに、扉はかたく閉ざされたまま。


 ――この部屋は嫌だ。この部屋は気に入らない。


 ひと気のない、しんみりとした一室。もの寂しさは、フヒトと過ごした監査棟にも似ているのに。


 どうしても、この場所は落ちつかない。



(俺は、この部屋を、しっている……?)



 アリスは混乱した。


 見覚えのない部屋。見覚えのない家具。……ホントウに?


 しらないのにしっている。気持ちがわるい。苛立ちまぎれに、装飾品のひとつを床にはたき落とせば、音も立てずに霧散して消えた。


 そういうものなのかと、思っていた。


 常識が通用しないセカイだってことはわかってる。とつぜん"生まれる"くらいなんだから、消えるのだってとつぜんなんだろうと。


 こうして壊れるのだって、彼らが言う"あたりまえ"なんだろうと。


 思っていた。


 戸口のそばに立ち、無表情にアリスを観察していた[干戈]の目が、まるく見開かれて。黒い瞳にうかんだ怯えに、はじめてオカシなことだと知った。


 とたんに、なにもかもが、気持ちわるくなった。



 あたりまえってなんだ。普通ってなんだ。

 なにがオカシイんだ。


 ――俺か? 俺が、オカシイのか?


 ちがう。オカシイのは学都ここだろ。


 だって、あたりまえだ。情報体だとか、権限だとか、言名とか、ありえない。『壁』のなかしか存在しないなんて。そんなの。



――きみは、なにを根拠にそれをとなえるの?



 だって。

 根拠、なんか。


 必要ない? それとも、存在しない?


 はじめから。

 まちがってたのは、俺――?



 ゾッとした。勝手に身体がふるえる。考えちゃいけない。気づいちゃいけない。受け入れればいい。ぜんぶせんぶ、飲み下してしまったら楽になれる。



――アリス。僕はきみを救わない。自分で立って、認めて、選んで。



 フヒトは、どんな目をしていたっけ。どんな顔で俺をみていただろう。



――このセカイは、きみを必要としていない。



 気持ちわるい。気持ちわるい。気持ちわるい。


 庭に面した窓枠は、ガラスのはまった細い木製。金色の髪に黒い瞳をした、自分の顔が映りこむ。そこに、かすかに重なってみえた、儚げな女性の面影に。


 ――強烈な破壊衝動が、湧いた。


 がむしゃらに殴りつければ、窓の一部が粉々に散って崩れさる。もはや、その"壊れ方"に疑問すら抱かずに、アリスは外へ飛びだした。


 ここにいちゃいけない。こんなところにいちゃいけない。帰る場所があるはずなんだ。必要としてくれる場所が。俺を認めてくれる場所が。


 ――どこに、あった?


 『壁』……そうだ、『壁』を越えて。あの向こうには、きっと。

 俺が許される場所が、あるはずだろ?



 だれに出会うことも、止められることもないまま、アリスはセカイの果てをめざす。


 なぜだろう。……哀れだね、と嗤った[破戒者]の声が、耳にこびりついて離れない。



 足を動かすたびまとわりつく"袴"が、走るのに邪魔だなと、思った。

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