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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
94/115

[18] オネガイ(※)

※軽微な残酷描写を含みます。

「僕はね、もうもたないんだ」



 いつになく晴れやかな顔で、兄が笑う。ユイは理由もなくおそろしくなって、思わず口を滑らせた。



「兄さん?」



 その途端、兄が浮かべた表情の冷たさといったら。いつまでも忘れられない。笑った形のまま凍りついた無表情・・・に、ぞくりとした寒気がおそう。



「フェン……」



 震え声で呼びあらためたユイを、白藍の瞳が、じぃ、と見つめてくる。白い肌をふちどった透けるような金糸の髪は、その日もまた美しく光を反射していた。



「ユイ……『ユ=イヲン』。理から外れた異端の子。僕のオネガイを聞いてくれる?」



 諾、と答えるいとまもなかった。


 兄の手が伸びて、前髪のカーテンをかき分ける。ユイは、とっさに身を引こうとするも、さりげなく頭を固定されてうごけない。


 力が入っているわけでもないのに。そこに兄の手があるというだけで、兄の意思があるというだけで、うごけない。


 もとよりユイに、兄の意識にさからおうなどという考えは毛頭ないのだけれど、それでいてさえも違和感を覚えずにはいられない。……なにかが。なにかが、おかしい。



「うごかないで」



 きっぱりと口にされてしまえば、そのとおりにせねばならない、という義務感にしばられる。


 ドウシテ――問う声は、音にならなかった。


 ただ、目を見開いてかたまるユイの前で、フェンが笑っている。白藍の瞳が、またたくたび。紫黒の両目・・で兄をみつめていたユイは、じわりじわりと己が侵されていく感覚にふるえた。


 ――それでも、拒絶感はわきあがらない。



「僕のコエを聞いて……僕のノゾミを叶えて……『ユ=イヲン』」



 兄が望むならば。


 なにも考えずにうなずいた。考える余地もない。俺のすべてはあなたのもの。さからう理由もない。すべて投げだして、身を任せてしまったのなら、あなたは笑ってくれるのでしょう?


 フェンは、にっこりと満面の笑みをうかべ――。



 白く細い指先が、ユイの視界を埋めつくし、ぼうぜんと見開いたままの瞳をえぐった(・・・・)


 微塵のためらいもなく右眼を挟みこんだ二本の指に、思考がまっさらになる。白い。頭のなかも目の前も。ただ、白くて。白くて。白くて、……アツい?



 最初に感じたのは、熱。


 痛みはない。


 つぎに感じたのは、違和。


 ほどけている。


 ゆっくりと、けれど確実に。


 コワレテイク。



 兄の指先を受け入れた右目が膨大な熱をもって、ユイという存在から切り離され、崩れさっていく。


 ユイには、すぐにわかった。味わったことのない感覚でも、はっきりとわかる。なぜなら、いま兄が行使しているだろう【権限】は、ユイに与えられたものなのだから。


 ――それは、まぎれもない【破戒】だった。


 ユイの一部をコワしながら、フェン自身もまた、崩れていった。僕はもうもたない、と語ったそのとおりに。『逸脱行為』の代償だ――止めなければ、と思うのに、ユイの身体はうごかない。


 兄の望みが、ここにあるのなら、どうしてうごくことができるだろう。



「フェ、ン……、フェン……!」



 兄さん。兄さん。兄さん。

 いかないで。ひとりしないで。


 あなたにいかれてしまったら、俺はこのセカイで、どうして生きればいいの。


 自壊すらも認められないまま、どうして存在していけばいいの。



 ただここに在るだけで、孤独を思いしらされるのに。

 ただここに在るだけで、絶望に打ちひしがれるのに。



 待って。お願い。どうか。


 ひとりにしないで。俺が嫌いでもいいから。俺のことなんか見てなくてもいいから。あなたの目的のついででいい。


 こんなところで終わらないで。


 完成なんてしなくていい。完結なんてしなくていい。したくない。永劫さまよえというのなら、せめてあなたのとなりがいい。俺の寄る辺は、あなただけなのに。



「いやだ――」



 がむしゃらに伸ばした指先は、兄の衣に触れ、――つぎの瞬間、すり抜けた。



「お前はカミサマになるんだよ」



 恍惚とした声だけを遺して、兄が消えてしまう。ユ=イフェンという存在が、無数の粒子に散って、溶けていく。



「意思を欠いた箱庭の神に――[調停者](かれ)にさえも匹敵する絶対者に――[破戒者](おまえ)にはその権利がある――そのうえ[話者](ぼく)を呑みこんでしまえば、例外おまえに敵うモノはなくなる――わかるかい……?」



 わかりたくない。わかってなんかない。

 だから、いかないで。


 俺は。



「お前は、カミサマに、なるんだよ」



 例外おれでいたくなんか、ない――。

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