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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[17] 未成熟なバランサー

 青藍の髪を風にゆらし、まぶたを下ろしたまま、じっと動かず。その少年は、『学園』の奥に根を下ろす大樹のもとで、まるで眠りについているかのようだった。



「フェン……あれ、なに」



 兄の手を引いて尋ねれば、見ているといいよ、とにべもなくあしらわれる。


 彼に言われたのならばだまるしかなくて、ユイは、おとなしく息をひそめて、木の幹に身体を預ける少年をながめた。


 疲れはて、まるで大樹だけが唯一の寄る辺であるかのように、ぐったりと背を預けていた少年が、ふと目を開ける。


 あらわれたのは、金晴眼。すべてを敵視するかのような鋭いまなざしに、ユイは、思わず目をみはった。


 閉ざされていたときには寝顔のように穏やかであった、あどけない少年の表情が、一瞬にして塗り変わる。黄金の瞳に険をのせて辺りを見まわし、それからわずかに肩の力を抜いて、また、まぶたを下ろす。


 そのとき、ユイには、はっきりと感じられた。手負いの獣のような少年の一挙一動に応じて、周囲の空間がさざめいている。気づかぬのは、本人ばかり。


 となりに並ぶフェンが、ちいさく吹きだした。


 ――なにかが変だ、と直感する。それがなにかもわからぬまま、ユイは、その少年に嫌悪を抱いた。



「ははっ……なんともカワイラシイ[調停者]だ」



 フェンが笑う。



「あーあ。……まったく、あれに僕の終わりを狂わされたかと思うと」



 笑っている。笑って、いるのに、どうして。



「虫唾が走るね」



 フェンは、苦しげなのだろう……?


 どうすればいい。どうしたら、兄は笑うだろうか。こんなイビツな笑みではなくて、心からうれしそうに。心から愉しげに。


 ユイが知る兄の顔は、暗く翳っているか、愉悦にほころんでいるか、どちらかだ。ならば、笑ってくれる方がいい。どんな形でも、喜んでくれる方がいい。


 兄の関心をさらっていった幼き[調停者]を、憎々しげに睨みつけて、ユイはつぶやいた。



「あれ、……コワしていい?」

「だめだよ」



 やんわりと、しかし明確に制止したフェンを、ユイは不満げに見上げる。の視線を無視して、フェンは、昔を懐かしむように語った。



「[調停者]はね、必要なものなんだ。この箱庭の番人として、立ちつづけなければならない。[調停者]があやまることはない。あってはならない。セカイは常に、あれに味方する」

「……よくわからないよ、フェン」

「あれはね。絶対に損なわれてはならないモノだった(・・・)



 また、白眼が暗く煮えたぎる。フェンの視線がとらえるのは、大樹に寄りかかる少年の姿だけ。――気に入らない。全身で兄は語っているのに、その口は必要なのだと説く。手をだすなと暗に告げる。ユイは、わけがわからずに、ただフェンを見つめていた。



「あれは、とても注意深く歩んでいる……一歩一歩に怯えながら、傲慢な虚勢を張り通してきた……いまのところはね。でも、――きっとじきにまちがえる(・・・・・)

「まちがえる? あれは、ただしくない?」

「怯えながら歩んでいるようじゃ、バランサーは務まらない。――[調停者]とは、意思だ。セカイの意思そのものと言ってもいい。異次元の高みに腰を下ろすには、あれは、あまりにも俗物的すぎている」



 ゾクブツテキ、とユイは反復して、首をかしげた。


 兄が語ることはむずかしい。兄から与えられた知識以外になにも持たないユイには、理解が追いつかない。だからせめて、一言一句忘れぬように、刻みつける。



「でも、必要?」

「ないよりはずっとマシだ」

「ふぅん」



 そういうものなのだろうか。けれど、兄が言うのだから、そうなのだろう。



「……でも、お前がいるのなら、あれはなくてもいいかもしれないね」



 ぽつり、と漏らしたフェンに、ユイは、分厚い前髪にさえぎられた奥の両目を丸めた。



「おれ?」

「そうだよ、ちいさな破戒者。お前は例外。このセカイでたったひとりだけ、理に縛られない存在。――お前は、この箱庭のカミサマにだってなれるだろう。お前を縛るモノはなにもないのだから」



 兄の視線が、ようやくもどってくる。ほんのすこし持ち上げられた唇が形づくる笑みに、ユイは、なにも考えずにはしゃいだ。



「フェンは、うれしい? おれが、かみさまになったら、たのしい?」

「ああ。――とても、愉快だろうね」



 兄が笑う。獰猛に目を細めて。口の端だけをつり上げて。瞳の奥には底しれない焰をくすぶらせたまま、心から愉しげに、笑う。



「そっか。……いいよ。フェンが、望むのなら」



 ――俺は、カミサマにだって、なってやろう。

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