[16] 唯異音
兄が、まぶしかった。
生まれおちた瞬間から、孤独で孤独でたまらなくて。孤独という言葉もしらないまま、孤独という冷たさを噛みしめた。
父も母もいない。いたのに、いない。
父も母もしらない。だって、おれが生まれたときには。
――もう、彼らは、消えていた。
「どうして……こうなったんだろうね」
兄は、ときたま、とても暗い瞳をする。
「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……唯異音」
慈しむように撫でながら、憎むような瞳で、おれを見る。
兄の美しい白眼が、暗い闇に染まる瞬間が、大嫌いで。兄の美しい金髪とは、似ても似つかない黒髪が、大嫌いで。
けれど、兄が、会ったこともない母に似た、おれの顔が嫌いだと知ってからは、大嫌いな髪を長くのばして、もっと大嫌いになった顔を、その奥に隠した。
そしたら、フェンは、笑ってくれるから。
フェンが笑えば、おれもうれしい。からっぽなおれの望みは、ぜんぶフェンの望みでうまった。
「お前はね、例外だよ。かわいそうに。だれにも、セカイにすらも望まれずに生まれた、いびつな人工生命。僕の誤算……[調停者]の誤算……いいや、彼ならば、ここまで計算していたのかもしれない……なんて憎い人だろう……」
フェンが笑えばうれしい。フェン泣けばかなしい。フェンの涙は見たことがなかったけれど、フェンは、いつも泣いていた。声もなく涙もなく、その瞳だけで、泣いていた。
おれがいるよ。
おれがいるから。
だから、泣かないで。
だから、おれを見て。
知りもしない両親になんて、興味もない。絶望的な孤独だけをもって生まれおちた、おれに、ただひとり手をさしのべてくれた兄。
「ユイ……僕のかわいいユイ……僕のオネガイを聞いてくれる? なにがあっても、なにをさしおいても、僕のコエを聞いてくれる? 僕のノゾミを、かなえてくれる――?」
あなたにだけ、すべてを託す。
たとえ、あなたが、おれを憎んでも。
「フェンが、のぞむなら」
幼い少女は、少女の殻を破りすてて、ただひとりの兄に、すべてを捧げると誓った。
終わりそこねた物語の、ゆがんだ蛇足を背負った少女は、やがて少女であることさえも否定して、きしむ日常へと身を投げる。
すべては、ただひとりのために。




