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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[15] 神の瞳(2)

「どうして……言いきれる……」

「どうして? ――はは! あはははっ」



 ユ=イヲンは、ぷらぷらと足をゆらしながら、空をふりあおぎ、かすれた笑い声を響かせた。



「だって、彼はとても臆病だもの!」



 ぴたり、と動きを止めたユイは、壁の上から身を乗りだして、色の違う両眼オッドアイでフヒトを見下ろす。


 紫黒の左眼と、月白の右眼。

 どこまでも澄んだ分厚い闇と、まばゆいばかりに濁った薄光。


 勝手に、うしろに引きそうになる足を、必死でフヒトは縫いとめた。落ちつかない、……どころじゃない。いますぐ逃げだしたい。まがまがしいほどに神聖な瞳のなかから、逃れたくてたまらない。



「フヒト。俺がこわい?」



 ユイは、獰猛な獣のように眼を細めて、おびえるフヒトを見据えつづける。


 これが、[破戒者]? ……いいや、ちがう。それだけじゃない。右眼を覆い隠していた布と同様に、右眼そのものも、彼女にとって異物・・だった。



――あれは、あそこにあるべきものじゃなかった。



 かつてのメイが、[長庚]が目にしたという異物は、これか。この瞳か。



――あんなモノはもうヒトじゃない。ただの――。



 ただの。



「ねぇ、フヒト。リヴが、きみよりもずっと俺を知っているように、俺は、きみよりも遥かに彼を知っている」



 ユイは笑う。異端の瞳をさらしながら、異端のモノは、笑いつづける。



「っ……ならば!」



 フヒトは、なけなしの勇気をふりしぼって、声をあげる。



「ならば、教えてください。ユ=イヲン! あなたたちの過去になにがあったのか。リヴさまは、なにを背負い、その事実をなぜ闇に葬りさったのか……!」



 いまのフヒトにできるのは、ただ、声をあげることだけだ。ただ、貪欲に求めることだけだ。



「しりたいの? 救いにもならない遠いできごとを。しったところでなにも変わらない。きみは、わかっているのに。それでも求めるの?」



 ユ=イヲンは、表情を消して、ぽつりとつぶやいた。



「……そう」



 月白の瞳がまたたいて、ぐにゃり、とセカイが曲がりはじめた。


 『ダイス』か、と身構えるも、予想したノイズは湧いてこない。代わりに、深い深い海の底に、沈められていくような、この感覚は。


 しっている。しらないけれど、しっている。



「なにが……?」



 しっているはずなのに、しらない。こんな『記録』は、しらない。こんな【参照】は、しらない。


 これは、【自己参照】では、ない――。



「わけがわからないって顔してるね……教えてあげるよ。それは、俺自身だからだ。[史記](きみ)の記録は[破戒者](おれ)を知りえないけれど、俺自身は俺を知っている」



 まだ、『記録』に沈みきらないフヒトのもとへ、どこか遠くからユ=イヲンの声が届く。



「きみの権限を借りうけた。正規の方法ではなく、根こそぎ奪うように複製して、俺自身の権限とした……その上で、俺自身を【参照】させているんだよ。きみから奪った権限を、きみに貸しつけてね」



 遠ざかる。音が、セカイが、遠ざかる。

 【参照】とは、『記録』とは、こういうものか。


 遠く離れた場所に、意識だけがさらわれていく。波の下深くもぐりながら、まだ、細い糸でつながっている。


 全方位の画像。全方位の音声。感情。思考。気を抜けば丸呑みにされそうな、とんでもない量の情報が、望んでもいないのに差しだされる。


 断ち切らなければ。選ばなければ。

 拒み、求め、探せ――。


 できるはずだろう。なんのために、お前は『フヒト』でいるのだ。


 フヒトは覚悟を決めて、自ら、深度を変える。もっと奥へ。もっと、もっと。簡単に手が届くような場所に、ユ=イヲンが、機密を置くはずがない。



「変わるもの、変わらぬもの。選ぶ権利などない。望む理由などない。それでも、きみは」



 そうして、最奥に横たわった『記録』の束をつかんだとき、ユイの声は、完全に途絶えた。



「おやすみ、フヒト。――悪い夢を」



 奇妙なほどに優しげな声音を、置きのこして。

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