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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[14] 神の瞳(1)

 闇雲に走りぬける。

 流れさる景色のなかに視線を飛ばして、金色の猫っ毛を、探し求める。


 すたれた監査棟を根城にし、特異棟にすらほとんどよりつかないフヒトが、一般校舎のあいだを駆けまわる姿は、とにかく人目を引いた。


 緑青色の長い毛束が、腰の後ろで暴れている。そのうるささに耐えかねて、とうとうフヒトは、髪を束ねる紐を引き抜き、飾りごと放ってしまった。


 地面に触れる前に、『フヒト』から切り離された断片は、はらはらと崩れおちて大気に溶ける。



(いまさら、しきたりがなんだっていうんだ……)



 ばさばさと広がる髪に、思わずフヒトは舌打ちした。いっそ、後ろ髪そのものも切り落としてしまいたいが、あまり一度に身を削る(・・・・)真似はしたくない。


 あちこちの物陰から、もの言いたげな視線がつきささってくる。窓にはりついたモノ。木に身を寄せたモノ。戸口に飛びこんだモノ。遠巻きにしたまま、たくさんの『光の眷属』たちがフヒトを見つめる。


 いまだ煌々と光球は照りつづけ、『闇の眷属』は、きっと姿をみせないだろう。濃密な『影』の余韻を吹きとばすような戸外に、わざわざ好んで出るとは思えない。


 ただひとりの例外・・を除いたら。


 ソウは、どうしているだろうか。アカリには会えたのだろうか。三位の館ですれちがったヒジリは、[守牙]のほかに、だれも連れていなかった。


 彼の王が囲っているのでなければ、アカリは、――かつて『アカリ』であった少年は、どこへいったのだろう。別棟組に振り分けられる理由を失い、ほかの多くの民と同様に……?



「そう、……か。……そうだ。学園に留まっている理由がない……!」



 フヒトは、すぐさま身を返して、校門を目指した。


 アリスの居場所など、見当もつかない。監査棟にもどっている可能性も考えたが、いつもの部屋に少年の姿はなかった。


 当てもないままひとりで探しまわるには、この学都はいくらか広すぎる。それでは間にあわないと、警鐘が高らかに鳴り響いている。


 いまのフヒトには、【参照】ができない。『記録』をたぐれない[史記]というものは、かぎりなく無力で、かぎりなく無価値だ。――けれど。



(かまう、ものか)



 たとえ無力でも、無価値でも、かまわない。学都にとって、誰かにとっての価値など、どうでもいい。「僕は僕でありたい」――それがたとえ、過去の自分自身を否定することだとしても。


 吹きすさぶ風の荒さは、[風織]が片割れを求める心の表れか。それとも、再会の歓喜? 離別の悲哀? 判別はつかない。しかしきっと、ソウは、片割れを追って、居住区へ向かったことだろう。


 もし、彼の協力を取りつけることができたなら、アリスの捜索はずっと楽になる。


 できるかぎり早く、アリスを確保しなければならない。アリスという少年が、どこからきたのか、フヒトはまだしらない。その誕生の理由を、存在の理由を、しらない。


 しかし、アリスが『どういうモノ』であるかは知ってしまった。



――あれは、周辺の理を破壊する。



 知って、しまったのだ。リヴが、なにを考えて、アリスの存在を受け入れたのかはわからない。だが、このままでは取り返しのつかないことになる――と、それだけはわかる。



「リヴさまが……動いて、くだされば……!」



 秩序の番人が重い腰をあげたなら、アリスを抑えることなど、きっと容易いはずなのだ。たとえ、リヴが、[調停者]としては不完全な存在であったとしても。そうでなければ、はじめからアリスを泳がせるはずがない。


 その程度には、フヒトは、リヴという青年を知っている。


 学都を形づくることわりは、彼を追いつめるのだろう。苦しめるのだろう。けれど、それでも、あの方は学都を愛している。大樹に身を寄せ、あの丘から、慈しむようなまなざしでみつめつづけてきたのだから――。



「リヴは、こないよ」



 前触れなく頭上からふってきた声に、フヒトは足を止める。


 およそ子ども2人分の高さをした、校門のわき。学園を囲う壁面の上に腰かけた華奢な影が、草の上に落ちている。



「くるはずがない」



 かすれたハスキーボイスに導かれて、フヒトは、彼女を見上げた。



「ユ=イヲン……?」



 思わず、声がふるえたのは、なぜか。


 壁の上に影をのばす、ゆったりとした黒衣は、彼女の正装だ。たびたび見かけてきた、そのままの姿だ。


 そして、フヒトがみつめる前で、首もとに絡みついていた帯状の布が、するりと地に落ちる。


 草の海に沈んでも、なお『解ける』ことがない、その布は。かつて彼女の右眼を覆っていた。かつて彼女の一部だった。


 ――否。


 はじめから(・・・・・)、彼女にとって異物だった(・・・・・)


 まるで『壁』のように、淡く透きとおりながらも混濁した白眼が、立ちすくむフヒトを容赦なく射抜いていた。

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