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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第一話*観測者と来訪者
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[8] 記録の【参照】

 [調停者]に連れられてたどり着いた先で、アリスは、深い眠りについていた。夢見が悪いようで、ときおり不機嫌にうなされる。



(緊張感のないやつ……)



 あれだけの出来事に巻きこまれた後で、まさか眠りこけているとは。あるいは精神的疲労でも溜まっていたのかもしれないが、それにしたって信じがたい。


 無表情でアリスを見おろすフヒトのなかに、あきれが蓄積されていく。


 この来訪者のことを、さして知っているわけでもないが、思えばはじめからマイペースな馬鹿だった。


 フヒトは、すこしでも心配した自分を後悔しはじめた。



「フヒト」

「……そうですね。はじめましょう」



 こちらをうかがうような視線をよこしたリヴに、フヒトは了承の意をこめてうなずいた。



「できるか?」

「ええ。彼をフォーカス対象にすれば、おおよその流れはつかめるでしょう」

「意識の有無は」

「問いません。あくまでも、記憶媒体は[史記](ぼく)です」



 そう。いわば世界そのものを記した書物。『例外』であるユ=イヲンの介入でもなければ、その内容は決して変質しない。


 それゆえに[史記]は、限りなく真実に近い記録としてあつかわれる。



 フヒトは、ソウイウモノだった。ユ=イヲンの言葉を借りるなら、『そういうものであることだけを認められている』モノ。


 自発的な【権限】を持たない[史記]は、『特異』と呼ばれるモノのなかでも、飛びぬけて特殊な存在のひとつと言える。



「どうぞ。【参照】を――リ=ヴェーダ」



 強い意思をたたえた黄金色の瞳を直視して、フヒトは告げた。


 他者に【参照】されること。それが、[史記]本来の在り方であり、存在理由だ。


 たまたま【自己参照領域】を広く持ってしまったがゆえに、自分自身が読み手となることができるフヒトにとっても、それは変わらない。



 『キー』とするアリスのかたわらにひざをついたリヴの意識が、深層に沈むのを待って、フヒトは『記録』の門戸をひらいた。


 ひもとかれた無数の情報が、フヒト自身の意識を侵食していく。



 自らを読み手とする【自己参照】をリヴがとがめるのは、それが危険をともなう行為であるからだ。


 意識を【自己参照領域】に退避させたうえで、必要な情報だけをそちらに流しこんで解析する。


 もし、フォーカス対象を誤って、限度をこえる量の情報が流れこんだとしたら。おそらくフヒトの自意識は、その濁流にのみこまれて崩壊するだろう。



 対して、他者を読み手とする場合には、フヒトが気をつけるべきことはなにもない。


 あるいは、【自己参照】同様に退避させた意識で、サポートすることも可能ではあるけれど。


 膨大な情報の海から何を見いだし、それをどう解釈するかは、いわば読み手の技量次第だった。



「誘導は必要ですか?」

「いや、いい。おそらくこれだろう」



 リ=ヴェーダは、その立場ゆえに、おりに触れて記録を【参照】してきた。たやすく見つけだすであろうことはわかっていたものの、さすがに早い。


 感嘆を隠しえないフヒトの脳内で、おどけたハスキーボイスが再生される。



“やあ、アリス。この世界はお気にめしたかい?”



 まぎれもない、ユ=イヲンのものだった。映像がなくとも、人をくったような笑みを浮かべているであろうことは、想像にかたくない。


 どうやらリヴは、音声だけを抽出して【参照】をおこなうつもりらしい。無駄を嫌う、彼らしい選択だった。


 つづいて、怒りに満ちたアリスの叫び声が響いた。『流し』損ねた衝撃で、わずかに大気がピリリとしびれる。



“ふざけるな、さっさと俺を元の世界に返せ!”



 ――アリスは、帰還を望んでいたのか。


 ひそかに目をみはるフヒトを置いて、会話は続く。



“ああ、気に入っていただけなかったようだ。残念だなあ。ふふ、じゃあいっそ作りかえようか”

“*****!”



 アリスの返答は、うまく聞きとれない。


 『ダイス』の終了直後か、最中か。どちらにしろ、ある程度は記録が乱されていてもおかしくない。ユ=イヲンとは、そういものだ。



“冗談だよ。でもそうだな、君が望むなら”



 乱れた音声の中で、[破戒者]の声だけが、不自然なほどクリアに響いた。あれ・・が規格外であることを、あらためて実感する。


 アリスの声は聞こえない。リヴは迷わず、【参照】対象からその情報を切りすてたようだった。



“あっはは! イカレてる? 俺が? そうかもね。このセカイは大概クレイジーだ”



 高らかに響く笑い声と、困惑した様子のアリス。



“俺はきみがだぁいすきだよ? きみをみていると、なんていうか、そう”



 一瞬の沈黙。そして。



“――虫唾が走る”



 感情が、一瞬で削げおちていた。

 終始笑いまじりであった、ユ=イヲンの声から。


 記録に過ぎないことはわかっていたが、それでもフヒトは恐怖した。


 そこにあったのは、まぎれもない敵意。憎悪にも似た、あまりにも純粋な、悪意だった。



“ああ、彼がくるみたいだ……。思ったより早かったな。もっと沈んでいるものだと思っていたのに”



 聞きおぼえのあるセリフを最後に【参照】は断ちきられ、フヒトの意識は、ふたたび在るべき場所へと還りはじめた。

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