表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
89/115

[13] 変わらざるもの

 ――リヴ。まだ、つまらないことに迷っているの?


 きみは、ほんとうに愚かだね。


 きみが迷うなら、なんどだって言ってあげるよ。きみの【権限】が絶対だなんて、そんなのは嘘だ。[破戒者](おれ)が存在するかぎりね。



「ユイ……」



 古木の幹を撫で、リヴは、いつかその上に座して笑っていた気まぐれな猫の姿を追想する。


 ざらりとしたこの感触さえも、変わらない。風にあそぶ葉の一枚さえも、いずれ廻り還るのだ。この地に。この場所に。なにひとつ変わらぬまま。


 それは、果たして、生か――。



「あんまり、俺の眷属(うちのこ)いじめてくれるなって」

「ヒジリか……」



 軽薄な笑みを貼りつけたまま丘をのぼる白の王を見下ろして、リヴは腰を上げた。ひろがった濃紺の袖が、風をはらんでバサリと波打つ。輝く光球のもと、衣の表面を、うっすらと光沢を帯びた地紋が走る。


 まぎれもない[調停者](リ=ヴェーダ)の正装だ。古から受け継がれてきた衣だ。



「俺は、お前がうらやましいよ」



 呪わしいほどに揺るぎない、理の紡ぎだした衣だ――。


 かすかに眉をよせたヒジリが、ぐしゃぐしゃと後頭部の髪をかき混ぜながら、リヴのとなりに並ぶ。そのまま、言葉を迷うように視線を泳がせて、結局なにも言わないまま大樹の幹に背を預けた。


 学都全域を眺望する、小高い丘の上。


 なだらかな傾斜はどこまでも、どこまでもつづき、学園の向こうの市街さえも一望できる。東西に割れる、商業区と工業区。その南に、居住区。


 『聖魔戦争』の後に組み分けられた、玩具箱のような精密な配置。ユイは、知っていたのだろう。唯一無二の正答は、ひそやかにリヴの首を絞める。代わり映えのしない完成されたセカイ。損なわれさえしない、それは。



「……どこまで、覚えている?」



 すべてか――? かすれた問いかけを受けて、ヒジリは、ゆっくりと目を閉じた。[叡魔]のそれよりも一段鮮やかな紅玉が、まぶたの奥に沈む。



「いいや……当て推量で、おおよそわかっちゃいるけど、でも全部じゃない」

「そうか」

「わるいね。俺の存在が、あんたを追いつめてることはしってたんだけど。どうも小細工は苦手なんだ。くされ魔王もわかってんだろうよ。個人的には感謝したっていいんだが、……あんたにとっちゃそうはいかないか」



 ヒジリは、かるく息をととのえて、つい、と視線を[調停者]へと送る。



「で、どうすんだ? いつまでも泳がせておくのか?」



 リヴは答えない。ただ黙したまま、じっと学都を見渡している。



「リ=ヴェーダ……いつまで変わらずにいるつもりだ?」



 痺れを切らしたヒジリが、語調を強める。



「『フヒト』は動いた。学都は、すこしずつ傾きはじめている。なぁ、[調停者]よ。お前の選択が正しかろうが正しかろまいが、明日はくる。誤りにつまずいて立ち止まろうとも、夜明けは残酷に今日の訪れを告げる。――過ぎた時のなかでは、しょせんすべては正答にしかならぬよ」

「……ああ」

「もどらぬ昨日を嘆くより、望む現在をつかもうと奔走する彼らの方が、俺にはよほど健全にみえるがね」



 まぶたを下ろしたリヴの視界に、強い決意をにじませた少年フヒトの姿と、切実に瞳をゆらした少女ユイの姿とが、代わる代わる浮かんでは消える。



「お前自身が囚われつづけるかぎり、枷は割れぬだろうに――」

「わかっている」



 自嘲にゆれる己の声を聞いて、リヴは、より一層かたく、こぶしを握った。



「わかっては、いるんだ――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ