[13] 変わらざるもの
――リヴ。まだ、つまらないことに迷っているの?
きみは、ほんとうに愚かだね。
きみが迷うなら、なんどだって言ってあげるよ。きみの【権限】が絶対だなんて、そんなのは嘘だ。[破戒者]が存在するかぎりね。
「ユイ……」
古木の幹を撫で、リヴは、いつかその上に座して笑っていた気まぐれな猫の姿を追想する。
ざらりとしたこの感触さえも、変わらない。風にあそぶ葉の一枚さえも、いずれ廻り還るのだ。この地に。この場所に。なにひとつ変わらぬまま。
それは、果たして、生か――。
「あんまり、俺の眷属いじめてくれるなって」
「ヒジリか……」
軽薄な笑みを貼りつけたまま丘をのぼる白の王を見下ろして、リヴは腰を上げた。ひろがった濃紺の袖が、風をはらんでバサリと波打つ。輝く光球のもと、衣の表面を、うっすらと光沢を帯びた地紋が走る。
まぎれもない[調停者]の正装だ。古から受け継がれてきた衣だ。
「俺は、お前がうらやましいよ」
呪わしいほどに揺るぎない、理の紡ぎだした衣だ――。
かすかに眉をよせたヒジリが、ぐしゃぐしゃと後頭部の髪をかき混ぜながら、リヴのとなりに並ぶ。そのまま、言葉を迷うように視線を泳がせて、結局なにも言わないまま大樹の幹に背を預けた。
学都全域を眺望する、小高い丘の上。
なだらかな傾斜はどこまでも、どこまでもつづき、学園の向こうの市街さえも一望できる。東西に割れる、商業区と工業区。その南に、居住区。
『聖魔戦争』の後に組み分けられた、玩具箱のような精密な配置。ユイは、知っていたのだろう。唯一無二の正答は、ひそやかにリヴの首を絞める。代わり映えのしない完成されたセカイ。損なわれさえしない、それは。
「……どこまで、覚えている?」
すべてか――? かすれた問いかけを受けて、ヒジリは、ゆっくりと目を閉じた。[叡魔]のそれよりも一段鮮やかな紅玉が、まぶたの奥に沈む。
「いいや……当て推量で、おおよそわかっちゃいるけど、でも全部じゃない」
「そうか」
「わるいね。俺の存在が、あんたを追いつめてることはしってたんだけど。どうも小細工は苦手なんだ。くされ魔王もわかってんだろうよ。個人的には感謝したっていいんだが、……あんたにとっちゃそうはいかないか」
ヒジリは、かるく息をととのえて、つい、と視線を[調停者]へと送る。
「で、どうすんだ? いつまでも泳がせておくのか?」
リヴは答えない。ただ黙したまま、じっと学都を見渡している。
「リ=ヴェーダ……いつまで変わらずにいるつもりだ?」
痺れを切らしたヒジリが、語調を強める。
「『フヒト』は動いた。学都は、すこしずつ傾きはじめている。なぁ、[調停者]よ。お前の選択が正しかろうが正しかろまいが、明日はくる。誤りにつまずいて立ち止まろうとも、夜明けは残酷に今日の訪れを告げる。――過ぎた時のなかでは、しょせんすべては正答にしかならぬよ」
「……ああ」
「もどらぬ昨日を嘆くより、望む現在をつかもうと奔走する彼らの方が、俺にはよほど健全にみえるがね」
まぶたを下ろしたリヴの視界に、強い決意をにじませた少年の姿と、切実に瞳をゆらした少女の姿とが、代わる代わる浮かんでは消える。
「お前自身が囚われつづけるかぎり、枷は割れぬだろうに――」
「わかっている」
自嘲にゆれる己の声を聞いて、リヴは、より一層かたく、こぶしを握った。
「わかっては、いるんだ――」




