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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[12] 風に揺れる大樹

 [調停者]リ=ヴェーダ。真理のもと、呪いじみた重責を背負いつづけた青年は、いま、なにを思うのだろう。


 彼の居場所を、フヒトは、とうに知っていた。

 【参照】に頼らずとも、知っていた。


 ゆえに、フヒトは迷わない。三位の館をとびだし、森をぬけ、一路、学園の裏手をめざす。


 たちならぶ木の幹に、校舎の壁面に、いたるところに、アリスの痕跡をみつける。


 蹴散らされた木の葉は、舞い落ちることなく、解けて消えたのだろう。いつもより、はるかに歩みやすい道のりを、黙々とフヒトは進む。


 ほつれていく。精巧に織り上げられた、芸術品のような理が。そのものに価値など見出せないけれど、それは他でもないリヴが、保ちつづけてきたものだ。守りつづけてきた平衡だ。



(……どうか。どうか、リヴさま)



 なにを願うのか。なにを求めるのか。

 そのような権利が、フヒトにあるのか。


 厳格なる学都の主。



 ――なにものも[調停者]たらぬ。



 しらない。そんなことは、しらない。フヒトにとってのリ=ヴェーダは、彼ひとりだ。



 ――俺は、リ=ヴェーダだ。【宣言】をおこなおうが、おこなわまいが、真理はくつがえらない。



 真理が、彼をおいつめるというのなら。



(僕は――)



 ひらけた視界に、吹き抜ける風。ひときわ大きく枝を広げた古木が座す、草の山。奏でられる葉擦れにまぎれ、かんざしの飾りが揺れて、涼やかな音色をたてた。



「リヴさま!」



 フヒトは叫ぶ。丘の下から。孤高に立ちすくむ青年へ、ただ、声を張り上げる。



「どうか、お力を貸してください……!」



 つかの間の無音。

 風が止む。


 永遠のような時を越えて、ゆっくりとまた、音が舞い降りる。



「真に求められているのは、はたして俺だろうか」



 いつかとおなじ、大樹の根元に身を寄せ、小高い丘から学都全域を眺望していた青年が、ぽつりとつぶやいた。


 フヒトを振りかえることもないまま、おそれつづけた日の訪れを、拒むように。



「あなたが――」



 フヒトはこぶしを握り、ふたたび声を張った。



「あなたが言うんですか、リヴさま。あなたが無価値というのなら、この世のすべては価値をうしなうのに」



 その言葉に、はじめてリヴは振りむいて、薄く笑んだ。


 透けるような自嘲をにじませて。揺れる声は、まるで過去の亡霊を偲ぶように。



「俺は、優しくも賢しくもない。ただ、傲慢なだけだ――」



 頼りなく、風のなかに溶けて消えた。

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