[12] 風に揺れる大樹
[調停者]リ=ヴェーダ。真理のもと、呪いじみた重責を背負いつづけた青年は、いま、なにを思うのだろう。
彼の居場所を、フヒトは、とうに知っていた。
【参照】に頼らずとも、知っていた。
ゆえに、フヒトは迷わない。三位の館をとびだし、森をぬけ、一路、学園の裏手をめざす。
たちならぶ木の幹に、校舎の壁面に、いたるところに、アリスの痕跡をみつける。
蹴散らされた木の葉は、舞い落ちることなく、解けて消えたのだろう。いつもより、はるかに歩みやすい道のりを、黙々とフヒトは進む。
ほつれていく。精巧に織り上げられた、芸術品のような理が。そのものに価値など見出せないけれど、それは他でもないリヴが、保ちつづけてきたものだ。守りつづけてきた平衡だ。
(……どうか。どうか、リヴさま)
なにを願うのか。なにを求めるのか。
そのような権利が、フヒトにあるのか。
厳格なる学都の主。
――なにものも[調停者]たらぬ。
しらない。そんなことは、しらない。フヒトにとってのリ=ヴェーダは、彼ひとりだ。
――俺は、リ=ヴェーダだ。【宣言】をおこなおうが、おこなわまいが、真理はくつがえらない。
真理が、彼をおいつめるというのなら。
(僕は――)
ひらけた視界に、吹き抜ける風。ひときわ大きく枝を広げた古木が座す、草の山。奏でられる葉擦れにまぎれ、かんざしの飾りが揺れて、涼やかな音色をたてた。
「リヴさま!」
フヒトは叫ぶ。丘の下から。孤高に立ちすくむ青年へ、ただ、声を張り上げる。
「どうか、お力を貸してください……!」
つかの間の無音。
風が止む。
永遠のような時を越えて、ゆっくりとまた、音が舞い降りる。
「真に求められているのは、はたして俺だろうか」
いつかとおなじ、大樹の根元に身を寄せ、小高い丘から学都全域を眺望していた青年が、ぽつりとつぶやいた。
フヒトを振りかえることもないまま、おそれつづけた日の訪れを、拒むように。
「あなたが――」
フヒトはこぶしを握り、ふたたび声を張った。
「あなたが言うんですか、リヴさま。あなたが無価値というのなら、この世のすべては価値をうしなうのに」
その言葉に、はじめてリヴは振りむいて、薄く笑んだ。
透けるような自嘲をにじませて。揺れる声は、まるで過去の亡霊を偲ぶように。
「俺は、優しくも賢しくもない。ただ、傲慢なだけだ――」
頼りなく、風のなかに溶けて消えた。




