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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[9] 不完全な絶対者

 たまらず席をたったフヒトは、勢いのまま声を張る。



「まってください……! つまり、どういう、ことですか? 最終的に、一体、なにが!?」

「落ちつくがよい。[史記]」



 さめた紅茶をすすって、エマは、ぽつりとつぶやいた。



「あのとき、正確に『なに』が起きたのか、語れるモノはおるまいよ」



 琥珀色の液面に映る瞳が、自嘲じみた形にゆがむ。



「妾にすら、わからぬのじゃ」



 なんの偶然か。[勇聖]の代替わりと重なるように、学都を築き、統べつづけた主――[調停者]もまた、その姿を消した。


 千載一遇のチャンスを、まちのぞみつづけたイフェンが逃すはずもない。


 リ=ヴェーダの崩御を知るなり三位の館に飛びこんできた異端児は、状況をみてとるなり、すぐさま行動を起こした。


 願うは、唯一の[寒月]――ミヅキの消滅。


 [話者]は、執拗に真音を発話し、[叡魔]を支配下に置いた。その上で母を呼びよせ、本懐を遂げようとした、そのときに[勇聖]が帰還する。


 次代の『ヒジリ』は迷いなくイフェンに対抗し、[寒月]は、消滅と存続、ふたつの【命令】を同時に受けて、おおきく乱されることになった。


 ――そこまでは、エマにも、そしてイフェンにとっても、予想の範囲内であった。



「継承が終わるはずがない、とイフェンは申したのじゃ。……まさしく、そのとおり。あの場に、リ=ヴェーダが現れるはずはなかった。現れてはならなかった」



 しかし、リ=ヴェーダは、現れた。


 混沌のさなかに生まれおち、まるで状況をたしかめるように、周囲を見渡し――迷った末に(・・・・・)、その権限を行使した。



「わかるかの。[調停者]でありながら、あれは[調停者]ではない。まことの[調停者]たるモノを識らぬお主には、たやすく呑みくだせることではあるまいが」

「どういう、ことですか……。リヴさまは、……いえ、リヴさま以外の何者が、[調停者]たるというのです?」

「何者も[調停者]たらぬ。リ=ヴェーダのほかにリ=ヴェーダはなく、しかし、そのリ=ヴェーダさえも、まことの意味でリ=ヴェーダとは言いがたい」



 エマの迫力に、フヒトは、なにも言葉をはさめずに、口をつぐむ。


 ――何者も[調停者]たらぬ。


 信じつづけてきた、孤高の真実が、ゆらぐ。絶対性をうしなった正義は、分銅をなくした天秤は、いかにして立ちつづけてきたのだろう。


 リヴさまは、どんな思いで。



「最終的にどうなったのか、と申したの。[寒月]は消えたのか。存続したのか。――否。いずれも満たされず、ミヅキは分かたれた。背反する【命令】の衝突と、未熟な[調停者]による力任せの介入と。決定打を与えたものがなにかはわからぬ。ただ、傷つき劣化しきった状態で、[寒月]はふたつに分断された。事が終わったときには、『ミヅキ』は消え、ふたりの[寒月]が、来訪者をしのぐほどに不安定な状態で、しかし存続していた」



 イフェンの顔は絶望に染まり、幼きリ=ヴェーダもまた、顔色を変える。だれもが予期せぬ幕引き。



「それが、のちに、ユ=イヲンのとなる[寒月]たちじゃ」



 わずかな時を、おぼれるように惹かれあった[寒月]たちが、最期に遺した子。


 そうして、唯一無二の例外――理にとりこまれた第二の異端児は、生まれおちた。



「妾が思うに、リ=ヴェーダ――今代の[調停者]は、きしむセカイに無理やりひきずり出されてしまった。あまりに早く目覚めさせられたために、連綿とつながる絶対者の系譜から、なかば外れてしまったのではないかの」

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