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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
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[7] 結異変

「あれを引きとると申したか」

「おや、めずらしいな。きみから会いにくるとは思わなかった。不満そうだね、[叡魔]」



 くつり、くつり、と黄金の瞳をした絶対者は笑う。ゆらぐことのない確信だけを抱いて、セカイの天秤を任されたバランサーは立ちつづけていた。



「いいや……しかし、あれは、そなたの目指す学都に、なんの益も与えまい。妾には、まるで理解できぬ」



 リ=ヴェーダは、あやまることがない。

 それは、絶対正義にも似た、唯一不偏の真実。


 わかっている。約束された『正しさ』を前に、どんな異論が許されるというのだろう。



「私は、あの『名無し』を、とてもおもしろく思っている。退屈に殺されかかった箱庭を変えてくれるような、そんな予感がするんだ」



 名をもたずして生まれ落ちたモノに、なんと名づけるべきだろうか。心底たのしげに語るリ=ヴェーダを前に、エマは、なにも言えずに黙りこんだ。



「――紹介するよ。結異変ユイフェンだ」



 透けるような薄い金色の髪に、白藍の瞳。いまにも溶けて消えてしまいそうな、淡い少年が、無表情に頭を下げた。


 ミヅキ――[寒月]の特徴は、色合いのほかに見当たらない。薄幸の美少年とも言うべき繊細な造形は、まるでいつぞやの少年――いまは亡き来訪者に生き写しであった。



 芽吹いた種は、崩壊の兆し。


 音もなく、歪みだす。

 すこしずつ、異変は侵食する。


 だれもが、気がつかぬ間に。

 ――静謐なるセカイは、たしかに変質していた。



「なんと。あの名無しに【権限】が?」

「あの子に楔づいた『名』はないけれど、あの子には定められた『役割』があるようだ。名無しの権限、なんておもしろいだろう?」

「リ=ヴェーダ。なんども言うようだがの」

「わかっているよ。――あの子は危険だ。空白のキャンパスのように、周囲の法則を取りこんで、自らを変質させてしまう」



 齢十を数えた、名無しの子。


 リ=ヴェーダの手もとから離れ、特異棟の一室で暮らす少年は、すこしずつ、その全貌を明らかにしようとしていた。


 母である[寒月]を厭い、別次元の高みから周囲のすべてを見下した異端児は、なにを望んでいるのか。


 ――そして、それを認めた[調停者]は、なにを考えているのか。



「真音の発話……それにともなう副次的な変化は、どんな余波を生むのだろうね。とても興味深いが、私に見守る時間は残されていないようだから」



 あの子の行く末を見届ける役目は、つぎの[調停者]に譲ることとしよう。



「お節介ながら、ささやかな『首輪』はかけておいたよ。私も大概、過保護なようだ」

「首輪、とな?」

「約束したんだ。“私の後継に仇なすなかれ。さすれば代わりに、お前に居場所をくれてやろう”――とね」



 そうして、特異職の一、[話者]として。[調停者]の【宣言】を受けた『名無し』の少年は、はじめて存在を認められたのだという。



「きみは、いつまで『エマ』でいるんだい? 私は、もう私であることに飽いているんだ。しかし、私を『リ=ヴェーダ』から解放してくれるモノはいない――。せめて、つぎに『私』となるモノには、たのしみがあるといい。代わり映えのしない安定を乱す、さまざまな波紋があればいい。そう思うんだよ」



 おだやかに笑む、[調停者]たる青年は、やはり駒を超越した――まさしく異次元の存在のように思えた。

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