[6] やがて芽吹く落とし胤は
その子供が現れたのは、のちに聖魔戦争と名づけられた壮大な遊戯が終結してから、20年ほどが経ったころであった。
見なれぬ異国風の服装に、フワフワとした猫ッ毛。薔薇色に染まる頬は美しく、長いまつげに縁取られた黒い瞳は聡明さを映した。
「お初にお目にかかります、[叡魔]」
子供といえども、十分に成熟した精神をもった『来訪者』は、三年前にはすでに、この学都に迷いこんでいたのだという。
「おそらく、お会いすることは、これが最後になりましょう。彼女が讃える、美しく聡明な女王に拝謁できたこと、光栄に存じます」
いつ消えるともしれない不安定な身で、少年は笑っていた。
定着度、という指針がある。どのような隙間をぬってか、あるいは壁をぬけてか。具体的なルーツはしれぬものの、『外』から迷いこんでくる異物は、一定数存在する。
けれど、異物は異物にすぎず、この箱庭での役割をもたぬ『来訪者』は、セカイとの結びつきが非常に希薄だ。
定着度の低い彼らは、カタチを得るまで、存在を安定させるまで、長い時間をかける。あるいは、それを待たずして消滅してしまう。
自我を保ったまま、つかの間であれど、姿形を手にした少年は、よほどの運に恵まれたのか。あるいは、なにか他の要因――たとえば[寒月]に見染められ、情を交わしたことに、救われたのか。
「そなた、ミヅキに会うたそうじゃの」
少年の眼が、わずかに細まる。
「あれも、哀れなモノじゃ。満たされることも、理解されることもない。情も欲も、妾には備わらぬ。せめてもうひとり、[寒月]がいたのなら、ああも報われぬ生にはならずに済んだろうに」
「……ええ」
「わかっておろうな。ミヅキにとって、そなたは正しく唯一であろうが、それはそなたの望む唯一のカタチではあるまい」
「それでも、私は。限られた短い時に、彼女とめぐり逢えた――その事実を、素直に感謝したいのです」
少年らしからぬ口ぶりで語っていた来訪者は、そのとき、はじめて見目相応の幼い笑みを咲かせた。
「なにも遺せず散りゆくのは、いささか寂しいでしょう?」
エマが、かの来訪者と言葉を交わしたのは、言葉どおり、その一度きりとなった。
寂しがり屋の少年が遺した種が芽吹くのは、それから遠くない未来のこと。




