[5] 聖魔を分かつモノ
ことの起こりは、あまりにささいな出来事だった。日常に埋もれた、いさかいの延長。本当に、なにも特別なことなどない、たったふたりの口論だった。
[焔灯]と[長庚]。
いただく王に心酔する、原初の眷属たち。
互いの王を賛美した。唯一にして不変の君と、声高々に謳いあげた。
光の子どもは、感情的に。
闇の子どもは、理性的に。
そぐわぬ主張はぶつかり合い、同調する盟友らを巻きこんで、衝突はまたたく間に激化した。
みながみな、反目していたわけではない。徒党を組んで隣人に牙をむく、未知の遊戯に魅了されただけのこと。
けれど、学都たる以前のDiCeでは、たったそれだけの波紋ですら、鎮める術に欠いていた。
ひとたび、くすぶり出した火種は消えず、いつしかDiCe全域を呑みこむ猛火となった。
もとより、馬の合わぬ『聖』と『魔』のこと。担ぎあげられた王たちは、これぞ好機と、ちいさな匣を奪いあう。
そうして、多種多様の権限が飛びかう混沌とした世が訪れたのが、[史記]の基準で、およそ百年前のできごとである。
DiCeには、死はない。
あるのは、消滅だけ。
カタチを失い、セカイに解け、いつか『再成』するそのときまで、不安定な情報系列のまま巡るのだと言われていた。
――『壁』の裏を。
DiCeには、壁がある。四方をとりまく不可視の境界は、のちに[破戒者]の『ダイス』によって、上下にも存在していることが証明された。
壁は、文字通りの境界である。囲まれた立方体状の区画を、狭いとも広いとも考えたことはない。とにかく、すべてはそのなかで完結した、――たいくつなセカイだった。
そう。
飽いていたのだろうと、エマは追想する。
目新しい変化に飛びつくほどには、若かった。
箱庭を二分する争いは、いよいよ勢いをまし、おおくのモノが消えていった。両陣営ともに消耗を重ね、いよいよ遊戯も大詰めかと、最終兵器の衝突が避けられなくなったとき。
――[調停者]は、重い腰を上げた。
先代のリ=ヴェーダは、なんとも剛毅な人物であった。
またたく間に混乱を収めた手腕もさることながら、とりかえしのつかない事態を招く、ぎりぎりの瀬戸際を見極めた慧眼。
そして、それまでの度を越した戦争ごっこを黙認した器の広さ。
一連を見届けたエマは、戦慄した。
すべては、リ=ヴェーダの手のひらの上。
あれは、本質的に異なるモノだ。箱庭の遊戯において、ただ役割を演じている駒とは、決定的にちがっている。
駒を動かすモノ。
駒のみにあきたらず、箱庭そのものの有り様にさえ、介入を許されたモノ。
――ゆえに、あれは、[調停者]と呼ばれる。
正しさを量る天秤そのものではなく、その所持者として、崇められる。
駒を動かす【権限】を与えられただけの、特別な駒にすぎぬ『王』とは、決して同列に語られてはならない。




