表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
80/115

[4] 青虫の錯綜(2)

「左様。それこそが『アリス』の影響じゃ」



 エマは、鷹揚にうなずいた。



「あれは、周辺の『理』を破壊する。【改編】に不具合が生じてはたまらぬのでな。念のため、少々隔離させてもらった」



 理の破壊――。

 フヒトの脳裏に、目撃してきた、数々の不可解な現象が浮かぶ。


 ゆらぐ壁。

 爆散した火球。

 存在しない影。

 霧散した落葉。


 あれらは、すべて、アリスの影響?

 モノによって影響の度合いがちがうのは、抵抗力のようなものが存在するからだとすれば?



「[干戈]と[守牙]を利用したのは、影響を受けにくいから……ですか?」



 エマは、無言で笑みを深める。

 それこそが、回答だった。


 けれど、それなら、アリスは、来訪者などではないことになる。ふらりと迷い込んできた精神体とは、まるで性質がことなっている。


 これでは、まるで。

 はじめから、理に組み込まれていたとしか思えない――。


 握りしめた拳が、ひざの上で震える。自分自身の存在におびえ、悩みつづけていた少年の姿。フヒトは、ずっとみてきた。ヘラヘラとした笑みの裏で、迷い、苦しむ、ちいさな存在を。



「しっていたんですか……はじめから。なのに、ずっと、黙認してきたんですか……?」

「リ=ヴェーダの采配じゃからの。あれ(・・)の望みは、なにを差し置いても優先される」



 涼しい顔をして、エマは答えた。


 リ=ヴェーダの采配。そうだ、彼こそが学都の最高権力者だ。彼の意思の介在なくして、『王』の決定は行われない――。


 [調停者]には、強制的に、それを変更させることのできる権限があるのだから。『王』よりも上位の存在として、理に認められているのだから。


 ぐしゃりと顔をゆがめたフヒトを、エマは、顔色ひとつ変えないまま観察しつづける。


 永い時を生きつづけた異形の女王にとって、いまさら心動かされることなど、存在しないのだろう。


 すべては、暇つぶしの余興にすぎない。くり返される安穏な日々と、そこに混ざるほんの少しの刺激。


 フヒトとて、そうだった。悟りきったフリをして、なにもかもどうでもいいことだと、切り捨てていた。


 ――それは、『記録』に囚われたゆえの弊害だ。



「さて。【参照】もあたわぬのであれば、口頭で述べようかの」



 しきり直すように、エマが告げると、空のカップに紅茶が満ちる。手つかずのフヒトのカップも、一瞬で新しいモノに入れ代わった。



「どうして、そこまでして……だって、記録には、僕には、そんな重みはないのに」

「わからぬのか?」

「どうして書き換えを望むんです? 僕自身ならいざしらず、どうして、貴女が」



 記録は、しょせん記録にすぎない。【改編】で書き換えようとも、現在が変わるわけでもない。


 意味などない行為に、いまさら、よりにもよって[叡魔]が執着する意味がわからない。記録の管理者たるフヒト自身であれば、まだ、その正当性を高めようと望む動機もみつかるのに。



「妾は、そう長くはなかろう。充分に生きた。その軌跡を、正しく遺さんと望むのは、おかしなことかえ?」



 めずらしく、若輩者を見守るような優しいまなざしを向けて、齢数百歳の少女は笑んだ。



「軌跡、を?」



 鼻白んだフヒトの全身から、力が抜ける。



「そなたが、真に刻み遺したいと願うモノがみつかったのならば、記録の意義を疑うことなどあるまい」

「……義務ではなく、ですか」

「いずれわかろう」



 紅茶を片手に告げて、エマは、姿勢を崩した。肘掛けにしなだれかかった体勢をとった美少女が、フヒトを覗きこむ。その拍子に、長い柔髪が、滝のように流れおちた。



「楽にするがよい。妾の昔話は、いささか長いゆえの――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ