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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第五話*観測者とハカイシャ
79/115

[3] 青虫の錯綜(1)

 しばらくの間、おこなっていなかったとはいえ、【自己参照】は、フヒトにとって特別な行為ではない。


 他者を『鍵』とし、膨大な『記録』のなかから、望むものを絞りだす。その作業領域を、自己の内部に取るだけのこと。


 ただし、【改編】となると話は別だ。前例もなく、フヒト自身も用いたことのない、未知の権限である。


 直感的に理解してはいる。【自己参照】を前提とした記録の更新――リ=ヴェーダが懸念した、[史記]の領分を超えかねない権限だと。



(でも、やるしかない)



 ここでフヒトが拒絶したところで、[叡魔]には、それを強制する権利がある。


 いずれの眷属であれ、『王』の支配下にあることには変わりない。直接戴くヒジリほどの拘束力はなくとも、特異職ひとり従わせることくらい、造作もないはずだ。


 腹をくくったフヒトは、目をつぶり、ゆっくりと意識を沈めていく。エマの気配を探り、つながりを保ちながら、すこしずつ、すこしずつ、深くへと。


 ――扉。


 そう、扉だ。記録へつながる、おおきな扉。堅牢な両開きの大扉は、錠もないのにしっかりと閉ざされている。


 色のない空間に、扉だけが尊大に座す。


 広々とした、壁のない大広間。その中心に、古びた扉がある。いつか、ユ=イヲンが[破戒]した、その扉だ。


 このたった一枚が、フヒトという個と、記録の海を、隔てている。


 強健なる想像を。押し流されてしまわぬように。


 自己という定義を組みあげてさえいれば、記録に直接干渉したところで、もとのカタチを見失わずにいられる。


 長居することは好ましくないが、畏れ多くも[叡魔]を鍵とするのだ。おそろしく長寿な彼女の生となれば、その情報量は膨大なものとなるだろう。慎重さに越したことはない。


 あやまれば、破綻するのはフヒト自身。


 フヒトは、意識のなかで呼吸を整えて、【参照領域】を隔てる扉へと手をのばした。触れる。『壁』のように感触のない、境界に。


 まずは、[叡魔]から預けられた情報を手がかりに、奥から記録を引きだして――。



 パチリ、と目を開いたフヒトは、呆然とつぶやく。



「さ、んしょう……できない?」



 感じたのは、拒絶。いまだかつてない感覚にとまどううちに、あっというまに【領域】外へと弾きとばされた。


 なにが起こったのか理解できないフヒトは、あっけにとられたまま、揺れる紅茶のカップを見下ろした。



「やはりな」



 見上げた先で、[叡魔]は、ひとり納得したようにうなずいていた。



「わかって、らしたんですか?」

「推測にすぎぬがの」



 エマは、無表情に、動揺するフヒトをながめつづける。



「記録は、そなたの根元。それを疑うモノに、【参照】などできまい」

「記録を、疑う……」



 心あたりは、痛いほどにあった。


 『記録』の精密性を疑い、自己の定義に惑う[史記]は、――もはや[史記]たることができないのだろうか。


 つまりは。



「僕は、[史記]の定義から、外れてしまった……?」

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