[1] 震えた天秤が掲げるは、(1)
扉の奥に広がっていたのは、いつかとおなじ、気づまりなお茶会の会場だった。
丸みを帯びた部屋の中心に、ローテーブル。それを挟んで、席は三つ。手前にふたりがけのソファが据えられ、奥には、ひとりがけの肘掛け椅子がひとつ。
他の椅子類はどこかへ片付けたのか、目に入る場所にはなくなっている。
正面の肘掛け椅子。煌びやかとまではいかないものの、細やかな装飾がほどこされたそれは、この部屋のなかで圧倒的な存在感をしめしている。
――もちろん、そこに座す少女の影響が、大きいのだけれど。
エマはそこで、やはり、静かに紅茶を口に運んでいた。優雅な所作は、見かけ上の年齢と不つりあいなほどに、洗練されている。
鮮やかな紅玉は、伏せたまぶたの影に隠れ、ゆるやかに波打つ同色の髪は、椅子を伝って床にまで届いていた。
「[叡魔]。このたびは、お招きいただき――」
堅苦しい口上を述べようとしたフヒトを、紅赤の双眸が射抜く。カチャリ、とかすかな音をたてて、エマは、カップをソーサーに戻した。
「よい。そのまま、座せ」
「……はい」
フヒトは、緊張をおしかくしながら、ソファへと歩み寄った。自然と右側をあけて座り、――それから、だれもとなりには座さないのだと、気づいた。
入室を許されたのは、フヒトひとりだ。
ともに招かれたはずのアリスは、別室で待機させられている、らしい。
三位の館に入ってすぐ、どこからともなくあらわれた[守牙]と[干戈]により、ふたりは別個に案内された。
(アリスは、いまごろ、どうしてるかな……)
おとなしく、していてくれればいいのだが。
よりにもよって、無害な[守牙]ではなく、アリスにつけられたのは、[干戈]だ。安易に刺激されてはたまらない。
生ける爆弾とも呼べる少女は、ヒジリが「置いてきた」と語ったとおりに、この館に留まっていたらしい。
抵抗するアリスを無表情で押しきって、[干戈]は、どこかへ行ってしまった。
さらには、[守牙]の方も、フヒトを部屋に通してすぐ姿を消している。
よりにもよって、エマとふたりきりにされるとは。さすがのフヒトも、これには動揺を隠せずに、冷や汗をかく。
「――さて」
前置きもなにもかも省略したエマの一声に、フヒトは、あわてて姿勢をただした。
エマは、紅茶を手放した指を太もものうえで組むと、鷹揚な口ぶりで告げた。
「[史記]よ。【参照】をしてはもらえぬか」
「参照を……? それは、もちろん構いませんが」
『記録』に不審をいだいているフヒトは、どうしても首をひねってしまう。けれど、断る理由は見当たらなかった。
求められれば差しだす。それが、[史記]の在り様というものだ。読み手は、なにも[調停者]に限られない。
けれど、どうにも腑に落ちない。
――延々と生きつづけている長命種の[叡魔]に、わざわざ参照を望むような記録があるとは、思えないのだ。
いぶかしげに、まゆを寄せたフヒトを、エマは、ニコリともせずに見つめてきた。
「否。参照を行うは、お前自身」
「僕が、ですか?」
予想外の流れに、フヒトは、ギョッと目をみはった。
「妾を鍵に【参照】し、記録を【改変】せよ――」




