[28] 狂い月の子兎(2)
むだだろうと思いながらも、フヒトは、いまいちどメイにたずねた。
「地雷だってわかっていたなら、どうしてきみはそんなことを――」
「エマさま、が」
はじめて得られた応答に、フヒトは、おどろいて言葉を止めた。その途端に、メイが立ちどまる。
ぐっ、となにかを堪えるようなそぶりをして、メイは、ゆっくりと語った。
「ワタシにとっての王は、[叡魔]、ただひとり。ゆるせなかったのだよ。……どうしても」
「え……?」
振りむいた亜麻色の瞳に、影が落ちる。
どこからともなく闇色の霧がわいて、すぐに、頭上から降りそそぐ木漏れ日に打ち消されていく。
「畏れ多くも、あの方を支配せんとしたモノが、いた。それが、どうしても、ゆるせなかったのだよ」
ほとんど消え入るような声で、メイはつぶやいた。
「それ、って……」
[叡魔]を、支配しようとしたモノがいた? だれに、そんなことが可能だというのか。……まさか。
「ワタシに語れることは、なにもない。[叡魔]は、それを、望まない。だから」
「あーもう、まどろっこしいなあ! 直接聞けばいいんだろ? ……怖ぇけど」
割りこんだアリスが、右手の人指し指をのばして、道の先をしめす。
「あそこで」
いつのまにか、目的地は、目前にせまっていた。見覚えのある玄関口が、そこにある。
こくり、とうなずいたメイが、無言で道の横によける。
「メイ。きみは、こないの?」
フヒトの問いに、こんどは、首を横にふって、メイは、さらに一歩下がる。
「……そう」
[叡魔]の望みに、[長庚]は、どこまでも忠実に従う。たとえ狂気の沙汰であったとしても、自らをかえりみることもなく。
絶対的に、[叡魔]の利だけを、優先する。 狂信的な崇拝とは、すこしちがう。言うなれば、盲目的な献身。
――それが、闇の眷属が捧げる忠誠のカタチだ。
苦笑したフヒトは、すぐに気持ちをきりかえて、アリスへと目配せする。ぱちり、と目をまたたかせてから、アリスは、ニッと笑った。
「いくしかない、ってか?」
「そういうことだね」
そうして、フヒトは、ふたたび三位の館の扉を叩いた。
――その先に、求める答えがあると、信じて。




