[27] 狂い月の子兎(1)
メイは、それきりなにも言わずに、黙々とふたりを案内した。森を抜け、向かう先は、以前とおなじ三位の館。
「ねぇ、メイ」
問いかけても、返答がないことは、すでにわかっている。
[叡魔]に任じられた使い、という絶対的にゆらぐことのない優先事項があるからこそ、[長庚]は、黙々とそれを実行しているにすぎない。
静けさを重んじる、闇の眷属らしい行動だ。
それを、よくしっているフヒトは、かまうことなく言葉を重ねた。
「思いだしたの? きみが【破戒】された理由を」
メイは、やはり、答えない。
それでも、足は止めないまま、首から上を振りむかせて、フヒトをうかがった。
「ユ=イヲンが[長庚]を敵視したのは、[調停者]を害したからなの? きみが暴こうとした、リヴさまの過去って、いったいなに?」
矢継ぎ早に詰問しても、メイは、だんまりを続ける。
あきらめて、フヒトは、森を抜けることに集中した。おもわずこぼれ落ちた、ため息の音が、静寂のなかに目だって響く。
となりを歩むアリスが、フヒトのそでを、ちょいちょいと引っぱった。
「なあ……エマが、俺に用があるって、想像つかないんだけど」
「僕だって、おなじだよ」
めずらしく不安げなアリスの声に、フヒトも、ひそやかに応じた。
フヒトとて、どんな話をされるものかと、内心、冷や汗ものでいる。[叡魔]の考えは、[勇聖]以上にわからない。
正反対のようで、似たモノ同士の学都の王たち。備えたものが同質であるならば、永い時を生きてきただけ、赤の女王が一枚上手となることは当然の帰結だ。
そもそも、三位でもっとも年若いのは、ヒジリである。[勇聖]の代替わりは、[調停者]のそれより遅かったらしい。
そのあたりの『記録』が、どこまで正確かはわからないものの、さすがに誕生順からあやまっているということはないだろう。
逆に考えれば、経験の差をものともせずに並びたつヒジリのカリスマ性には、末恐ろしいものがある。
(でも、それは、あたりまえのことだ)
特別なことでは、ない。フヒトの知識は告げる。[勇聖]とは、そういうものだ、と。
あれは、生まれながらの『王』である。誕生したその瞬間から、つねに、王でありつづけるモノである。
――理によって定められた『言名』の重みを、実感する。
そして、それをあつかったという異端児、イフェン。いっそ、うすら寒くも思えてくる。
(だって、それは……[調停者]だけに、許された【権限】なのに)
ぎり、と歯を食いしばるフヒトは、メイの言葉が、ヒジリの話が、どうしても忘れられない。
リ=ヴェーダが、背負う罪。空白の過去。ユ=イヲンとの関係。
手がかりになる情報は、どんなものでも、欲しかった。




