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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[25] エスカピズム

 とり残されたフヒトは、しばらく、ぼうぜんとしたまま突っ立っていた。あまりの怒涛のできごとに、つかの間、頭が考えることを放棄しだしていた。


 きっと、このまますべて投げだしてしまえたら、楽になれる。予定調和は戻るだろう。気づいてしまったすべてを、ていねいにしまい直して、心をそらせたら。


 ――でも、それでは、だめなのだ。


 それができないから、フヒトは、知ることを望み、約束された平穏を投げだした。目を逸らすことが、できないから。まぶたを上げたまま、目をつむりつづけるのは、もうごめんだ。


 逃げられはしない。

 ――アリスのようには。


 まずは、フォローをしなくては。フヒトは、腹をくくって、となりに立つアリスをみた。


 きっと、ショックを受けている。また、逃避しようとする。――そうにちがいない、と思っていた。思いこんでいた。


 勝手に。



「あり、す……」



 だから、フヒトは、面食らったのだ。



「どうしてきみは、笑うの?」



 問う声は、震えていた。

 どうして。なぜ。わからない。理解ができない。いったい。



(僕は、アリスのなにを、理解していた?)



 積み重なった違和感が、目をそらし続けた特異点が、とつぜん甦って、フヒトをさいなませた。


 アリスは、笑っていた。


 顔面をつかった無邪気な大笑いではなく、まるで、ユ=イヲンのような、艶然とした笑みを浮かべていた。


 ――わからない。


 フヒトの視線に気づいたアリスが、ぱちり、と目をまたたかせる。一瞬のできごと。あらためて目をひらいたそのときには、元どおりの、純真無垢な少年ができあがっていた。



「ソウ、だっけ? アカリの兄ちゃんに、伝えてやらないとな」



 へらり、浮かべる笑顔は、いつもとおなじ。



「……フヒト?」



 尋ねる声のトーンも、かしげた首の角度も、距離感も。すべてが、おなじ、なのに。


 一連を見届けてしまったフヒトは、とっさに、声が出せなかった。



「あ、え……」

「なんだよ、ソウってアカリの兄ちゃんなんだろ?」

「いや、双子は双子で、兄弟では、ない……けど」

「でも、つまり心配してたんだろ? あいつ」

「ああ、うん。……まあ、それは」

「だーかーらー」



 歯切れのわるい返答をするフヒトに、アリスは業を煮やして足踏みした。うすい履物で、硬い石床を、だんだんと打ち鳴らす。――顔色ひとつ、変えないまま。


 その様子をみながら、フヒトは、ひとつの仮説を思い浮かべた。

 ひょっとして、アリスは。



(流すのが苦手なんじゃなくて、流せない――?)



 それは、つまり、どういうことなのだろう。


 影響を受けない? アリスは、いままでなんども、痛がったり、まぶしがったりしてきているのに?


 いままでの経験と照らしあわせて、フヒトは、首をひねる。



「もう用事は終わったんだから、帰ろうぜ」

「そう、だね」



 さっさと部屋を飛びだしていってしまったアリスの背中を、フヒトは、ぼんやりとみつめる。


 痛み。まぶしさ。――副次的な影響。流すことのできるもの。

 打撃。光。――直接的な影響。流すことのできないもの。

 影と、その感触。両方にまたがる、境界線上の――。


 消えた熱球。消えた影。消えた木の葉。

 ちらばるピースが、ゆっくりと形をなしていく。



(アリスが、触れたものは――?)



 破壊、されている?


 ぞくり、と寒気がはしる。フヒトは、無意識に身体をかきだいていた。


 ならば、なんどもアリスの手をとった、フヒト自身はなんだというのだ。



「……考えるな」



 まだ、決まったわけじゃない。不穏な想像をうちはらい、フヒトは、アリスを追って戸口をぬけた。

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