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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[23] 水面をゆらすもの

 三位の館だ。[叡魔]は不在で、[調停者]が、部屋の中心に座していた。


 リ=ヴェーダは、いずこかに出向いていることが多く、彼とヒジリが出くわすことは、めずらしかった。



「なあ、――ユ=イヲンとは、なにものだ?」

「いまさら、なにを。あれは、例外。それ以外のなにものでもない」

「そーいう、優等生な解答じゃなくてさ。俺は、あんたの考えが聞いてみたいんだよね」



 なにげなく、ふった話題だった。[破戒者]とは、なにものか。友人と目される、この男ならば、どう答えるのだろうと興味がわいた。


 ろくな定義すらもたない『例外』のことだから、ろくな回答は期待していなかった。



「ユイは……あれは、哀れな存在だ」



 淡白な青年の横顔が、おおきくゆがんだ。

 それが、めずらしくて。ヒジリは、いっそう興味をそそられて、話を掘りさげた。



「哀れってタマか? あれが」

「どこにも馴染むことができない。強い望みを持つことができない」

「……おい、リヴェーダ?」

「あまりにも強大な【権限】を持つがゆえに、セカイから多くのものを奪われた」



 あまりにも真剣な声色に、ヒジリは、なにも口を挟めなくなった。



「[破戒者]とは、つまり管理システムのようなものだ。俺とおなじ。この歪な楽園を維持するために生みだされた、自浄作用をもたらす存在。――この地にあるかぎり、決してその支配から逃れられない。[破戒者]は、[破戒者]でありつづける他にない。たとえ、それを望まなくとも」



 言葉をきったリ=ヴェーダが、重く、息を吐いた。

 ほんのすこしだけ、空気がゆるんだ。



「ユイは望めない。望めないがゆえに、自身を変えられない。――俺は、あいつを変えてやれる。けれど、それをしない」

「それはまた、歪な友情ごっこだね」

「まったくだ。あいつが俺に執着しているのは、その願いを成就しえる存在だからに過ぎない。あいつの兄の、身代わりとして」

「兄、……イフェンか」



 ユ=イフェン。前にも後にも例がない、最初の異端児。ヒジリも、その名だけはしっていた。あのいけすかない[叡魔]から、覚えておくがいい、と告げられた。


 ――覚えておくがいい、[話者](あれ)は、『王』でさえも従える。


 苦みを残した、その言葉の経緯まではしらない。しかし、おおかた予想はついた。経験があるからこそ、言えるのだろうと。


 黙したヒジリを置いて、リ=ヴェーダは、ふたたび口をひらいた。



「フェンは、なにを思ってユイを作ったのか。……ただ一石を投じたかっただけなのか。……投じられた一石は、もがくことすら知らずに沈んだ。そして身の振り方もわからぬまま、やつはいたずらに世をかき乱している」



 ダイスをくりかえしてきた、ユ=イヲン。強くいさめることもなく、それを許してきた、リ=ヴェーダ。


 単純な友人というには、すこしばかりはばかりのある、彼らの距離感を思いだす。



「……乱れた世を収めるのが、[調停者](バランサー)の役目だろう?」



 いいや。短い否定を返して、リ=ヴェーダは、首をふった。



「あるべきではないものが、とりこまれ、受け入れられた瞬間に、学都は変質した。いまさら石をとりのぞいたところで、もとの穢れない水面にはもどれまいよ」



 つづけて、リ=ヴェーダは、つぶやいた。



「最初に水を揺らしたのは俺だ。ゆえにこれは、俺の罪」



 ――その真意もまた、ヒジリの知るところではない。

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