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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第一話*観測者と来訪者
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[6] 対峙

 混沌のなかをぬけた先、リヴが足をとめた地点は、案の定、フヒトにとって記憶に新しい路地であった。


 つい先ほどまで、この一帯こそが商業区と工業区の境だったのだ。


 学園地区の入口手前に存在していたブロック――アリスと別れた、まさにその場所である。



「思ったより早かったな。もっと沈んでいるものだと思っていたのに」



 変声期の少年のような、ハスキーな高音が耳をうつ。染みこんだ苦手意識か、フヒトの全身が、一斉に拒絶反応をしめした。


 反射的に立ちどまったフヒトの視界に、見覚えのある、ふわふわとした金髪が映りこむ。



「……アリス」



 ユ=イヲンは、たしかにそこにいた。『異分子』たる少年、アリスをともなって。



「やあ、リヴ。どうしたの?」



 先ほどまで、アリス一身に注がれていた[破戒者]の意識が、リヴに流れる。


 その後方にひかえるフヒトのことなど、視界にも入っていないようだった。



 いつも出会い頭に、なにかしら嫌がらせじみた粘着質なからみをみせるだけに、ある程度の被害を覚悟していたフヒトは、肩透かしをくらった。


 気づいていないのか。あるいは、とるに足らないものとしてあつわれたか。おそらく、後者であろう。さいわいと言うべきか、この場において、フヒトの優先順位は最も低いらしい。



 凍りついたまま思考をめぐらせるフヒトを置いて、リヴは、一歩一歩確実にユイに近づいていく。



それ・・はなんだ」

「きみが気にするべきことじゃないよ」



 にこやかに言いはなつ、ユイ。対峙するリヴの表情は、フヒトの位置からはうかがえない。



「ああ。『ダイス』(これ)をもどしにきたんでしょ? いいよ、今日の俺は機嫌がいいんだ」

「そうは見えんがな。ユイ。それが『異分子』だろう」

「……だとしたら?」



 空気が、変わった。


 長いまつげにふちどられた闇色の片眼から、感情が抜けおち、仄暗い光が浮かぶ。

 整いすぎた人形のようなかんばせが、空虚な無をたたえてリヴをとらえる。


 瞬間的に、張りつめた緊張感が漂った。[調停者]と[破戒者]――最高権力者とその例外が、しばし無言で向かいあう。



「やだなあ、リヴ。俺にきみと争う気はないんだ」



 おどけた調子で口火をきったユイは、リヴとの距離を一足でつめると、見下ろす黄金色の双眸をじっとみすえた。


 何の感情も浮かべないまま、ユ=イヲンの口もとだけが、ゆったりとつりあがる。


 ――猟奇的で、アンバランスな笑み。

 リヴの後方から、それを目のあたりにしたフヒトは、全身が総毛だつのを感じた。



「そのままでいいんだよ、リヴ。なにも知る必要なんてないし、知ったところで、意味もないよね? ――きみは、なにもできない。なにも変えられやしない」



 一言一言、謳い刻みつけるように、ユイはゆったりと音をつむいでいく。


 なおも、めだった反応をしめさないリヴの背中を、フヒトは信じられない思いで見つめた。



「ねぇ、フヒト?」

「! っ」



 唐突に闇色の瞳を向けられ、フヒトは、びくり、と身体を揺らした。


 それを面白そうにみつめたユ=イヲンは、こんどこそ顔全体に愉悦の笑みを貼りつけた。



「キミタチはそういうものだ。権限の行使だけ・・を認められた存在。――権限を放棄したきみは一体、ナニモノなんだろうね?」



 前半をフヒトに告げると、後半で改めてリヴに向きなおる。


 静かに答えを要求する強い瞳を受けて、ようやくリヴは口をひらいた。



「俺はリ=ヴェーダだ。【宣言】をおこなおうが、おこなわまいが、真理は覆らない」

「『真理』……ね。きみがそれを言うの」



 自嘲じみた微笑をこぼしたユイは、ふらりと踵をかえす。



「――きみにめんじて引いてあげるよ、リヴ」



 言い終わるやいなや、あたり一面にノイズが拡散しはじめる。


 フヒトは、己がふたたび干渉外に隔離されたことをしった。


 フヒトだけではない。前に立つリヴも、呆然自失状態のアリスも、皆、半透明のあいまいな存在に置きかえられている。



 ――二度めの『ダイス』が、はじまろうとしていた。



 ユイが、一歩一歩足を踏みだすたび、景色がぐにゃりとゆがみ、色という色、形という形が混ざりあう。


 そうして、視覚が完全に役にたたないものとなり果てる寸前。[破戒者]は振りかえると、いまだ混乱状態を脱していない『異分子』に笑いかける。



「じゃあね。アリス。次に会うときは、」



 キット キミヲ コワシテ アゲル。



 情報の濁流にのまれる間際。

 フヒトには、音には乗せられなかったユ=イヲンのささやきが、鮮明に見えていた。

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