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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[19] 最初の異端児(2)

 ヒジリが、長い足を組みかえて、ゆったりと息を吐く。かすれた音を聞いて、口もとに手をあてて思想にふけっていたフヒトは、はたと顔をあげた。


 隣で机につっぷしはじめたアリスには目もくれず、紅玉は静かにまたたいていた。ためらうような、少しの間。それからようやく、[勇聖]は口を開いた。



「イフェンは[破戒者](ユ=イヲン)だ」

「あに、……ですか?」



 親子でも、双子でもなく。ヒジリは、兄と明言した。


 学都ディーチェに、来訪者が語るような『血縁』は存在しない。同一の真音を継げば親子。同一の瞬間に生じれば双子。


 では、なにをもってして、『兄弟』というのか?


 そも、学都においてそのような関係性は生じえるのか。無表情をよそおいながら、わずかに眉をひそめたフヒトの変化を、ヒジリは見逃さなかった。



「信じられないならやめるか?」

「いえ、……」

「まあ、無理もない。俺も、キョウダイなんて関係が成りたった事例は他に知らないしね」



 口ごもるフヒトに肩をすくませて、ヒジリは唇をゆがめる。意地悪く小馬鹿にするような持ちあげ方は、この王の十八番だ。


 気にしていてはキリがない。腹の虫をおさえながら、フヒトは黙ってつづきを待つと決めた。


 ――しかし、ここで黙していられないのが、もうひとり。



「兄弟……? ユイに、兄貴がいるのか?」



 がばり、と身を起こしたアリスは、その勢いのまま立ちあがってヒジリへと詰めよった。衝撃で椅子が倒れる。古びた木材が石の床を打って、室内に大きく反響した。


 つづく怒声を予想して、フヒトは、ひそかに身構える。



「いない」



 非礼をとがめるどころかアリスを一瞥さえしないまま、ヒジリは応じた。深緋の瞳がとらえるのは、目前に座するフヒトのみである。


 落ちついているようにも、無関心なようにもみえる、そのまなざし。あるいは、――試されて、いるのか。



「なんでだよ? だって、いま、兄弟がどうって」

「イフェンは存在しない(・・・・・)。仮に、その存在を認めたとしても、過去の話……奴はとっくに消え(・・)ている」



 ヒジリの語り口は、とても淡々としていた。つとめて冷静に、事実をならべたてていくような。


 ――存在しない、という言いまわし。


 ユ=イヲンからも、その言葉を聞いた。[史記]こそが歴史。そう断言することで、記録としてあつかえないモノの存在を、彼女はまとめて否定した。



「アリス、まだ話の途中だよ」



 不満げなアリスに着席をうながすと、フヒトは、慎重に問いかける。



[史記](ぼく)の記録上に存在しないということは、『現在』から【参照】する術がない、いわば失われた情報――そういうことですね」



 言葉をあやまるな。――[勇聖]の瞳は、まだ、フヒトの価値を推しはかっているのだから。


 ヒジリの目もとがやわらぐ。しかし、作り物だ。優しげな仮面を演出しているだけの、空虚な表情。もちろん、そうと見抜かれることさえ計算したうえの。


 ……まったく、性質がわるい。



「すなわち、お前は『過去』に干渉しえる唯一の媒体、というわけだ」



 予想外の切りかえしをうけて、フヒトの表情はこわばった。


 過去への干渉? フヒトに、【改編】に関わる発言をした覚えはない。ただ一般的な、歴代の[史記]に共通する概念をもとに語ったつもりだった。



(そう……とらえるなんて)



 まちがっている、とは言えない。否定できないことが、フヒトにとっては、なにより衝撃的だった。


 過ぎさったできごと。現在にいたる過程。裏づけになりえるのは、たしかに[史記]の記録のみ。たとえそれが不完全であっても、完全な歴史を、他のナニモノも定義できないのだ。


 ――[史記]こそが歴史。ユ=イヲンは、どんな思いで、それを告げたのだろう?


 すくむフヒトを鼻で笑って、ヒジリは話題をきりかえる。



「さて、異端イフェンとは、ナニモノか? なぜ生まれ、なぜ消えたのか?」



 ヒジリはそこで、はじめて隣席に座るアリスの姿を視野に入れた。不躾に観察され、居心地わるげにアリスがたじろぐ。それからまた、フヒトに視線がもどされて、一呼吸。


 そうして放たれたヒジリの言葉に、こんどこそ、フヒトは度肝をぬかれた。



「イフェンは、来訪者と[寒月](かんげつ)のあいだに生まれた(・・・・)、まったく新しい『特異職』だった」

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