表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
65/115

[18] 最初の異端児(1)

 奇妙な気分だった。ちいさな丸卓で向かいあうは、箱庭の王たる男である。


 アルビノカラーの白兎は、悠然とした態度を崩さずにフヒトをうかがっている。降りそそぐ威圧感が、それをよく物語っていた。


 一方アリスのことはといえば、視界に入っているのかどうかさえ怪しい。



 思えば、はじめからそうだった。[勇聖]に限ったことではなく、[叡魔]もまた。


 学都ディーチェを統べる『王』たちは、まるでアリスをないものかのようにあつかう。その存在を知覚しながら、必ずフヒトに問うのだ。ソレはなにものか、と。


 直接アリスに関わろうとはしない。なにか理由でもあるのだろうか。わずらわしさからだろうと、疑いもしなかったが、本当は?



 ちらり、と右隣をうかがったフヒトは、居心地悪そうに足をぶらつかせる少年を見る。なんとなく、むくれたような表情は、とてもなにかを企んでいるようには思えない。


 なにか声をかけようとして迷い、結局なにも言わないまま、フヒトは視点を正面に戻した。


 そのタイミングを見計らったように、ヒジリが口を開く。



「さて」



 クッと口角をあげて、ヒジリが笑う。


 表情といい、状況といい、まるでいつかの三位の館でのエマのようだ。上位者ゆえの余裕をにじませた、楽しげな微笑。それでいて底が見えない。


 これで、手元に紅茶でもあった日には、気詰まりなお茶会の再来というものだろう。



 犬猿の仲というけれど、学都の統治者たちは、根本的なところでよく似ている。対照的な外面と、似通った内面。相入れないようでいて、その実は同族嫌悪でもあったのかもしれない。


 そこで、フヒトは、口に出した瞬間まちがいなく機嫌を損ねられるだろうな、と思考を止めた。



 けれど、あの日とは違う。[調停者]はここにやってこない。誰の意思でもなく、自分自身の望んだ結果として、フヒトはこの席についたのだから。


 深緋のまなざしが、容赦なく射抜いてくる。万物を駆りたてる烈火。燃えさかる焔は、隙あらばフヒトを飲みこまんと、ゆらめきながら機をうかがっている。



「改めて問う。――なにを求める?」

「真実を」



 フヒトは即答した。



[史記](ぼく)が取りこぼした記録があるなら拾いたい。もし記録が誤っているのなら、そこにあてはまるべき過去の真相を知りたい。――それが、僕の望みです」

「それは、リ=ヴェーダのために?」

「いいえ」



 ヒジリの眉が、ぴくり、とあがった。

 かまわずに、フヒトは続ける。



「僕自身のために、です」



 きっぱりと、言いきった答えに迷いはなかった。


 [調停者]のため、ではない。厳密に言うならば、リヴの助けになりたいというフヒト自身のエゴを貫くためだ。


 大げさなため息を吐きだして、ヒジリは天井をあおいだ。



「まったく、たいした忠犬だね」



 あきれたようにつぶやくと、ヒジリは、あらためてフヒトに向きなおった。



「真相が知りたいと言ったな。俺も多くは知らない。ただ、かつてこの部屋は、『最初の異端児』のものだった」

「ユ=イヲンの?」

「違う。――ユ=イフェン、だ」



 イフェン。聞きなれない名を、フヒトは反復する。最初の異端児、と呼ぶからには、ユ=イヲンに先んじた存在なのだろう。けれど、まったく覚えがない。


 そもそも、[破戒者]自体がフヒトよりも歳上なのだから、生まれる前のことなど知るはずがないのだ。本来ならば。


 ただ、[史記]であるがゆえに、そして【自己参照】がおこなえたがゆえに、知識として『記録』上の過去を知っていただけのこと。



 ――つまり、イフェンは『記録』上に存在しない。

 そのような存在を、フヒトは、いや、[史記]は、知らない。


 ふと、記憶の片隅になにか引っかかった。ユ=イフェンという存在は知らない。でも、どこかで、それによく似た名を――。



(……ユ=イヲンだ)



 フヒトは、メイが戻った日のことを思いだした。


 常になく動揺したイカれ猫が、つぶやいた言葉。普段から意味のわからないことばかり喚いているくせに、あのときだけは様子が違った。


 フェン。ユイはたしかにそう言った。存在しちゃいない。俺も、フェンも、あの子も。そう、震えた声で告げたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ