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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
第四話*観測者と『例外』
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[17] 謁見(3)

 書物など、とんでもない。[史記]は、れっきとした記録者だ。あるいは、観測者とでも言えばよいのか。


 【参照】と【改変】。[史記]が有する権限はそれだけだ。フヒトもまた、それをもっている。まして他者に貸し与えるのみならず、自分自身がふるう権限として、もっている。


 時の管理者。

 ――『史実』の裁定者。



(だけど、なら、僕の存在理由は……)



 どこにあるというのだろう。学都ディーチェにおける唯一の記録媒体。過ぎさった時を示す、ただひとつのモノ。絶対的な真実である、という保証がそこにないのなら、誰が記録を求めるというのか。


 ――誰にも求められない記録に、なんの意味があるというのか。


 無価値だ、とフヒトは思う。フヒト自身にとってさえ、その存在は無価値だ。けれど[勇聖]は、価値があるのだと言う。



 それはひとえに、[調停者]の評価によるものだ。


 絶対者たるモノの手もとにあってはじめて、唯一無二の価値を得る。リ=ヴェーダが認める。それだけで、不安定なフヒトの存在意義は満たされる。彼の管理下におかれることによって、『記録』は、その評価を得る。


 フヒトは常に、リヴの庇護下にいた。[史記]が絶対のものとしていられたのは、リヴの存在が、その評価が、大前提としてあったからだ。



 ならば。フヒトは、なにを返せるだろう。

 孤高の絶対者に、いったい、なにを。


 ……報いたいと思った。

 この存在に理由があるというのなら、それを満たしたいと。


 リ=ヴェーダが守りつづけてきたこの地を、変化が襲うというのなら。それをつきとめ、彼の沙汰を助けるのが、フヒトの務めだ。そうありたいと、願う。



 そのためには、どんな糸口でも見落とすわけにはいかない。みっともなくすがりついてでも。


 深々と頭を下げつづけるフヒトに、誰もが言葉を失っていた。アリスさえもが息をのんで、ことの行く末を見守っている。



 ――静寂の場に、笑い声が落ちた。


 のどを震わせたような、低く控えめな声。ヒジリだ。光の眷属を束ねる王は、軽薄さの欠片もない、堅苦しい口上を述べる。



「学都にあるモノとして、か。……ならば、俺は応えねばなるまい」



 うかがうように顔をあげたフヒトを、ゆがんだ深緋の瞳が見下ろした。そのなかに、いたずらな輝きが浮きあがる。



「フィーちゃんの望む答えを、俺は持たない」



 そう告げて、ヒジリは、いまいちど室内へと足を向けた。フヒトとアリスの横を通りすぎ、壁際に置かれた一揃いの椅子へ腰を落ちつける。



「ヒジリさま?」



 一転した態度についていけず、フヒトはぽかんと口を開けて立ちつくした。



 三脚の椅子に囲まれた、ちいさな丸机。およそ絢爛な衣裳をまとう[勇聖]には不似合いの、簡素なテーブルセットだ。


 けれど、ヒジリがそこにいるという事実だけで、途端に場が華やぐ。彼の前では、有象無象の背景など、さしたる意味をもってはいなかった。



 鮮烈な光のような男。ときに味方を鼓舞し、ときに敵方を萎縮させる。つかみどころがなく飄々としていて、まるで遠さを感じさせないのに、圧倒的な隔たりは消えない。


 腕を組み、背もたれに体重をあずけたヒジリは、向かいの二脚をあごで示し、言う。



「座れ。――その上で問うのなら、応じよう。それもまたおれの務めだ」



 ふたり顔を見合わせたフヒトの腕を、アリスが引く。



「よくわかんねーけど、行こうぜ」

「あ、……うん」



 強引に導かれるまま足を踏みだすフヒトの姿を、愉悦にゆがんだヒジリのまなざしが追っていた。威圧感は消えない。


 萎縮しそうになる身体に喝をいれ、一歩一歩、前へ進む。こういうときに限れば、後先を考えないアリスの無鉄砲さが、うらやましく思えもする。



(ここで怯むわけには、いかない)



 ひとりなら、ここまでくることはできなかった。こようとさえ、しなかっただろう。


 ――アリスがいる。ひとりではなにもできない無力な少年に、救われている。


 進むことはおそろしい。けれど、ひとりではないから、きっと立ち止まらずにいられるだろう。


 そうしてフヒトは、アリスとともに対話の席へついた。

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